NeoTokyo “Zero-One” Lovers ~傷心男に恋の予感~
朝倉春彦
第1話
「おー、遅かったじゃないか」
「最後のお客、やたらと注文が多くてね。気づいたらこんな時間になってた」
2103年のネオトーキョー…"身なりの良い"男が入っていったのは、馴染みのレトロバー。
煌びやかな都会の中心部で、ヘアスタイリストとして働く彼とその仲間の隠れ家だ。
男は店に入ると、声をかけてきた"チャラそうな"男の隣…昔からの"定位置"である席に腰かける。
「どうだ?最近買った車の調子は」
「最高だよ。だけど、税金が高いな。俺のはガスだけで動くやつだし、安全装置無いし」
「だろうな、中古だろ?何時の時代の骨董品だ?あれ…100年位前?」
「もっとだよ。1994年だったか…爺さんですら見た事ないって」
「ひゃ~、随分と思い切った事するなぁ、タカ!そのうち壊れるぜ?イタリア製だろ?」
馴染みの友人にタカと呼ばれた男は、優し気な薄笑いを浮かべて肩を竦めて見せると、向かい側で何も喋らずにコップを磨き続けていたマスターに注文を入れた。
「ブレンドで」
「何時ものね」
恐らく言わなくとも伝わるであろう注文…
かれこれ10年近く…高校時代から通い続けているバーなのだ。
タカは注文を終えて溜息を1つつくと、隣に座った友人の方に体を向ける。
「で、お前は何時からココにいるんだ?」
「1時間前からかな。誰も来ねぇもんだから、今日は外したと思ってたんだぜ」
「そうか。ルミもアキも来てないのか」
「あぁ、アイツらも最近、男が出来たって言ってたしな」
「そうだった。…お前はどうなんだ?ヤス。相変わらずあのAI娘か?」
「おう。今は"寝てる"けどもな。そうだ、マイの相手になってくれないか?」
「リラが?あぁ、良いよ。ちょっと待っててくれ」
タカとヤスは会話しながら、互いに懐からタブレット端末を取り出して操作し始める。
手慣れた手つき…電源を入れて、スッスッと指を動かす事3回で、画面には3Dで作成されたアバターモデルが映り込んだ。
タカ好みの、水色のボブカットが印象的な、スレンダーな若い女…
"Hello!タカ! お仕事が終わったのかしら?"
彼女は、耳障りの良い声で語りかけてくる。
タカは頷くと、タブレットの画面を店内に向け、インカメラで店内を映し出した。
"あら、もうそこに居るの?入ってどれくらい?"
「今さっき来たばかりだよ。で、ヤスのとこの子の相手になって欲しいそうだ」
"リラは貴方と話したいのだけど。今日だって貴方と行ってみたい場所を幾つか見つけて…"
「それは、帰ってからでも話せるだろう?相手になってやりなよ。暇してるって」
"Yes sir!My master!"
簡単なやり取りの後、男はテーブル備え付けのホルダーにタブレットを装着する。
ヤスも同様に、タブレットをホルダーにくっ付けると、タカのタブレットと対面するように位置を調整した。
別に、タブレット越しにAI達が好きに位置を調整出来る機構が備わっているのだが…くっ付けてから暫くは"神経が伝わらない"らしい。
"Hello!マイ!元気してた?"
"Hello!リラ!えぇ、なんとかね。最近は余計なバグ情報が多くて"
"あぁ、分かる!酷いよね、検索してもそれしか引っ掛からない時って無い?"
"あるある!……"
AI同士が問題なく会話を始めたのを見たタカ達は、席を5つ程ズラして座り直す。
あの話し方は"情報共有モード"…彼らが茶々を入れると、AIの思考にバグが生じやすい。
ここ20年位で急速に進化を見せた"個人専用AIbot"の技術だが、こういった辺りは、まだ前時代的と言えた。
「ああなるってことは、あのAI娘は"外"に出てないのか?」
「あぁ、家でずっと話してるよ。ただ、相手が俺だろ?そういうことさ」
「なるほどね。データが偏るわけだ」
「それはお互い様だろ?」
「俺のは元業務用だからね。俺や会社の連中の仕事データも入ってるし、ちゃんと外の情報網とも繋がってる」
「そりゃ、お高く忠誠的なAIになるわけだ。早々居ないぜ。そんな高級AI使ってるの」
2人はAI同士の会話に暫く耳を傾けて会話していたが、やがてコップに手を伸ばした。
クイっと、マスターが入れてくれた"紛い物の"コーヒーで喉を潤す。
人工的に作られた苦味…タカは何時ものように顔を顰めて、その味の余韻に浸る。
「それにしても、お前のAI娘って言い方も治らないもんだな」
「仕方がないだろ?ずっと仕事でしか使ってこなかったんだし。リラは大勢の中の1つさ」
「知ってるよ。でも、あの子を"創って"もう1年経たないか?何か変わったりとかは?」
「無いね。元々、寂しさ紛れに作った様なものだし、実際少しは満たされた気がするけど」
「どうせ、去年のあの女が忘れられないとか言い出すんだろ?何回目だ?」
「さぁね」
タカは久しぶりの"恋愛話"にウンザリした様な顔を浮かべた。
去年、付き合っていた女に酷い振られ方をした事…そして、その気持ちを埋める為にリラを創り出した事…リラを創り出しても、結局は、AIを"道具"としか見ていない、"大昔"の価値観を変えられずにいたことを、ヤスはようく知っている。
「ま、最初よりは大分マシになったよな。扱いも何もかも」
「そりゃあ、慣れるさ」
"情報共有"をしていたAI達…彼女達が入ったタブレットホルダーがゆっくりとタカとヤスの方に振り向いた。
"Hey!…"
"マス……"
「1年使ってみて、タカから見たリラちゃんはどうなのよ?」
何の悪気も無しに尋ねたヤス、AIの女性陣がその言葉を聞いて口を閉じる。
タカとヤスは、AI達が自分達の方を向いた事に気づいていない。
タカは、ヤスの問いに苦笑いを浮かべ、両手を左右に広げて言った。
「全然、どうせ0と1の集合体だと思ってしまう。俺はAIを人モドキとも見れないな」
間の悪いタイミングで告げられた一言。
そこで、ようやくヤスが"振り向いていた"AI達に気づいて顔を引きつらせる。
「あ…タカ…すまん」
絞り出すようにヤスが言った直後、タカのタブレットから警告音が鳴り響く。
"FATAL ACCESS ERROR"…タブレット端末から、リラの存在が消えてしまった。
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