第18話

ファーストキス…… だったんだよなアレが。


帰宅してベッドに寝転がり天井を見つめながら昼間の芽衣の様子を思い返してみた。

「私のキ…… 」そう言いかけて目を反らした時の真っ赤になったアイツの顔を。 アイツもずっと意識していたんだな お互いにあの時のことを口に出したことが無かったから、それまで同様にどこか家族のような身近さでやって来れたけど、なんだか急に照れ臭くなって来た。

ふと考えた。 芽衣はアレ以降、誰かとキスしたことあんのかなぁ? 中学の時には少しの期間だけど俺にも彼女が居たし、アイツにも彼氏が居た。俺は結局その彼女とは手を繋ぐぐらいしかせずに別れてしまったけど、もしかしてアイツはそれ以上のことも? アイツ付き合ってた時は彼氏の話ばっかりしてきたもんな、相当好きだったのかなぁ? ちっくしょう!何だよ自分だけ。

勝手に想像をしてるだけなのにだんだんと腹が立ってきた俺は枕を放り投げて落ちてくるところを右手を伸ばして思いきり殴りつけた。枕は無回転で浮き上がりさらに落ちてくるところ今度は左手で、イメージではサッカーのリフティングのように何度も何度もそれを繰り返すはずだったけど、その左手の2発目はあっさりと急所を外し擦っただけで力を入れた肩が抜けそうになった。


「痛つつつつ…… 」


「おい」


左手を庇いつつ顔を歪めて振り向くと部屋の入口に凌が俺に対するもはやデフォルトである軽蔑の表情で立っていた。

確かにさっきから軽蔑されても仕方の無い事しかしてないんだが。


「これ」


よく考えるとコイツとの会話の中で未だ三文字以上の言葉を引き出せていない気がする。


凌が「これ」と言って突き出したプリントは学校からのお知らせのようだった。


「なんだよ、ん? …… 三者面談? だったら光彦先生か母ちゃんに渡してこいよ、俺は関係ないだろ」


「お前が来い」


「はあ?」二文字が六文字になった所でコイツの言いたいことは分からない。


「だからなんで俺なんだよ? こういうのは普通親が行くもんだろよ」


「父さんは私のことなんか無関心だから、それに、お…… お母さんも忙しそうだし、お前部活もしてないしどうせ暇だろ? お前が来い」


光彦先生が無関心? 言われてみると二人が会話しているのを聞いた事が無い。コイツが極端に無口だから単純に会話が少ないだけだと思っていたけど。


「けどやっぱり俺が行ったって訳分かんねえし、どうせ後から学校から連絡行くぞ?」


「もういい」 諦めたのか別の手を思い付いたのか凌はそう言い捨てて自分の部屋へ戻って行った。


それにしても光彦先生が凌に無関心と言うのはどういうことだろう? 優しいだけが取り柄のような人なのに。頼りなさはいなめないけど、それでも赴任して来たばかりなのに俺たちの学校でも光彦先生の国語の授業は面白いととても評判が良かった。

着任時こそ、その風体から生徒の誰もが全く相手にしていなかったが、教科書を一切開かずに進めて行く授業のやり方は生徒たちには好評だった。それにそんな型外れな授業でも今のところ特進クラスのカリキュラムでさえ十分カバーしており苦情などは出ていない。

凌の母さんは凌が6歳の時に病気で死んじゃったそうで、それ以来光彦先生と婆ちゃんと3人で暮らしてきたと母ちゃんから聞いた。婆ちゃんも悪い人じゃ無さそうだから、まあ年頃の女子特有の父親に対する嫌悪感みたいなものなんだろうと俺はあまり深くは考えずにそのプリントをリビングに居る母ちゃんに渡した。


「え? 三者面談? 行くわよ決まってるじゃない」


「けどアイツ母ちゃんも忙しいから無理だって諦めてたぞ」


「そう、凌ちゃんが…… 」


「ただいまー 」


「ワォーン」


「分かったわ、光彦さんみっちゃん帰ってきたから後で相談してみる」


その夜は話はそれで終わった。母ちゃんと光彦先生がどんな話をしたのかは分からないけど、それから何日か経っても凌から文句を言われることも無かったからもう俺の出る幕では無いだろう。

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