第3話 エリカとニートの会話
アメリカのとある場所にて……。
一見二十代前半に見える日本人女性と四十代半ばに見える中年の男が外に設置されたカフェの相席で向かい合って座っている。
「いや、驚いたよ。まさか君が桜花女子大学に通う学生さんだったとは」
「どうも。それにしてもなんで関係者でもない貴方が傾聴の場にいたんですか?」
発表会の時に偶然いた人物をエリカは知っていた。
そしてどうやら向こうもエリカのことを知っていた。
そんな偶然に驚く二人だったが、驚いたのは発表会の後偶然息抜きに寄ったカフェでバッタリ遭遇した事だ。
発表から一番近い場所で交通の便も良いので、特段不思議なことではないのだが……いつもなら。
「今はニートだからだ!」
「…………」
ニートは嫌いと言わんばかりの目で見つめるエリカに男は苦笑い。
「嘘だよ。君がさっき発表会の時に話していた女の子がいるだろ? あの子は私の娘と知り合いで今も日常的に連絡を取り合う仲なんだよ。去年ホームステイに日本の我が家に来た時にね、私ともそこで面識ができた。どうせ新しい仕事でこっちに来るなら気分転換兼ねて来てみないか? と誘われてな。だから完全な部外者ではないぞ? アイリスも相変わらず頭が良く優等生してるみたいで安心したよ」
「そうだったんですか」
「それより少し話をいいか」
「はい」
エリカが答えると男が今度の就職先の事とそこでする仕事の話を始める。
その仕事をエリカに手伝って欲しいと言うのが男の言い分だ。
――。
――――。
「紅君は今一人で大分落ち込んでいると思います」
「…………そうみたいだな」
身内を通してリアルタイムで情報収集をしている男は頷いた。
まさかその身内が……蓮見と美紀の二人と知り合いだったと知った時は言葉も出ないぐらいに驚いたほどだ。
「最後は一人で乗り越えないといけない壁(テスト)。それに私に依存し過ぎてる所も最近あったから別に構わない……ですけど貴方の狙いは一体なんなんですか?」
「案外厳しいんだな。ゲームの中ではもっとベタ惚れのように見えたが?」
ふむっ、一瞬言葉が詰まったな。
やはり強がっているだけか……娘みたいでなんか可愛い一面もあるのだな。
「当然です。好きな人に飴ばかり与えても意味はありません。本当に好きだから都合のいい女だけにはなりたくないんです。里美たちがいなくなって寂しいです……って連絡来ましたけど私は都合のいい女にだけはなりたくないんです。過度な依存は人間としてよくありませんから」
同じことを二度、それも強調して告げたエリカに男は鼻で笑った。
不器用だが本人は駆け引きのつもりだろうか、と。
それとは別に特別な理由もあって今は強がっているようにも見えると。
まぁ……実を言うと……アメリカに来てとある日本人大学生の噂を聞いており見当は付くのだが。
天は才能と美貌を与えた……それと引き換えに……いやなんでもない。
「返事はしてあげないのか?」
「ただ寂しいから誰かの変わりで私に甘えたいだけの連絡なら返事をする気はありません」
「案外頑固なんだな……。さっきの質問の回答だがそろそろテストも終わる。そのタイミングで仕掛けてみようと思う。ちなみに君はどうするかね? 私に助力するか、しないか」
強い孤独を感じているのは彼だけではなく目の前の女の子も同じかもしれない。
依存……それは誰に言った言葉なのか。
それに発表の時から見ててわかるがどこか元気がないのは……水が足りていないからか?
取り繕った笑みはとても素敵だがいつも見ていた笑みとはやはりどこか違うように見える……。
「報酬はちゃんと出すさ」
俺は何を言ってるんだ……。
だけどいつも彼と一緒に見ていたからこそ見てて放っておけない。
彼が立ち上がるその日を誰よりも待ち望んでいるのは、お世話になった社長でも神災教のプレイヤーや観戦者でもギルドのメンバーでもなく、――間違いなく彼女だろう。だったらまぁ……いいか。個人的にこの子には恩がある。そして今日の発表を聞いてわかった。彼の原典を密かに根強く支えていたのは彼女の行動力と膨大な知識量だったのだと。
名門女大学が誇る天才。論文発表会を通して本名がわかってここに来るまでに調べたら大学のHPにびっしりとプロフィールが紹介されていた。学部の主席学生それがエリカ。そんな彼女でも欲しい者は中々手に入らない世界とは……やはり世界は誰かに都合よくできていないらしい。
だけどお互いに今欲しい者が同じなら協力も悪くないかもしれない。
「……紅君」
「んっ?」
「報酬は紅君が欲しいです」
無茶振りである。
「お、おう……お金じゃなくて?」
お、落ち着け。
彼女はお金に貪欲なはずだ……きっとなにかの聞き間違いのはず……。
「紅君!」
「お金は?」
「紅君!!!」
どこか熱が入るエリカ。
「わ、わかった。なんとかします……お会いできる程度で良ければ」
「絶対ですか?」
「……はい」
「アメリカに連れて来れますか?」
「えっ? リアルに会いたい感じ?」
「それ以外になにがあるんですか!」
「で、ですよね……」
そんなに色々と不足してるなら返事ぐらい返してあげろよ……。
お互いのために……。
どうりで会った時からどこかとげとげしいと思ったよ。
例えるなら水不足で葉っぱが落ちる寸前ってところか?
「なら手伝います」
「よ、よろしく……」
姉妹校の大学にそのまま三ヶ月留学する勉学の天才少女に思わず押されてしまった男はあれだけ執着があったお金を要求してこなかった時点でこの条件を受け入れ失敗すれば夜寝首をかかれるかもしれないと本気で思った。
故に――今度は失敗できないと……自分に言い聞かせる。
女ってやっぱりこえー。嫁さんといいこの子といい……。
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