第167話 夕景



夕方5時

この時間の空からは目が離せない


少しずつ白く滲み始める空

だんだんぼやけてくる太陽の輪郭

次第にオレンジがかっていく青

柔らかくも強い光が西の空を染め上げ

キミの頬も真っ赤に染まる


年季の入ったのビルの屋上

錆びた柵の綻びから出した足をぶらぶらさせて

僕たちはずっと空のショーを見ている


コンクリートはあちこち剥げているし

下の階の窓は風でガタガタとうるさい

階段の踊り場は清潔感なんて微塵もなくて

非常口の灯りはパチパチと点滅を繰り返す

そんなどうしようもないビルの屋上が

僕たちの居場所だった


何をするでもなく屋上に座り

おしりや太ももが煤まみれになるのも構わず

ただここにいる僕たちは

ここにいたい訳でもなんでもなくて

結局は帰る場所なんてないから

とりあえずここに存在している


そんな僕たちが唯一自分たちの意志で見つめたのが

この夕方の空だった

なぜか二人して示し合わせたように

飽きもせずに反対側の空を眺めて

その時間だけ僕たちは

きっと自由でいられたんだ


やがて日は静かに静かに暮れてゆく

あんなにも眩しかった空は

しっとりとした群青色に沈む

僕たちは黙って手を繋いで

ここじゃない場所への階段を降りた

もうあたりは暗い


夕方5時

この時間の空からは目が離せない


キラキラ輝くキミの目も

真っ赤に染まったほっぺたも

殺風景な屋上から見る壮大な景色も

何もかもひっくるめて

その全てが僕自身だった

空の赤に溶けてしまいたかった

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