第9話 クールとマッチョ

「うわ出た!また女子高生で発作起こしてる!でも早く着替えないとと遅刻しちゃうよ!はいアリサ!シャキッとする!」


「う……あ………」



 更衣室に怯える俺を、ルルップは引っ張ってくれようとしたが、さすがに今回はいつもと訳が違う。そこにいるのはただの女子高生ではない。普段は公開するはずのないひらりとした下着姿を、安心して隠そうとしない、着替え途中の女子高生なのだ。この部屋の中では自分以外のそれを、じかに見ることになるのだ。「今は自分も女子高生なんだからいいじゃないか。本当は見たいくせに。」欲深い本心が脳裏にちらついたと思えば、それに対抗するかのように、良心がズキズキと痛み出す。だが授業の開始は近く、急がなければならないのも事実。俺は一体どうすればいいのだ!


 

 そうしてぐずぐずしていると、体操服に着替えた人魚が更衣室から姿を現した。友人と一緒に出てきた彼女は、号泣していた。



「えーん、『旬烈』のチケット外れたよー。ライブ行きたかったよー」



 すると彼女の涙は青い宝石となって、俺の足元に転がってきた。それを俺は左手で拾い上げる。



「……………これだ!」


「アリサ?どうしたの?」


「ルルップ、目つぶってて」


「何で!?」


「いいから!お願い!」



 ルルップが目を閉じたことを確認すると、俺は宝石をそっと握り、手首の内側を上にしながら、ゆっくり前に差し出した。そして、呪文を唱える。



「バルス!」



 青白い光が解き放たれ、辺り一面を激しく照らす。宝石から伸びた幾筋の光線が、俺の両目を鋭く刺した。



「目が、目があぁ~!」



 こうして目を終わらせた俺は、何とか更衣室に入れるようになった。周囲の女子高生から発せられる音声に、じんじんと胸をざわつかせながらも、手探りで着替えを終える。それからルルップに手をとってもらい、闘技場の真ん中の、生徒が集まる場所に到着する。何とかチャイムまでに間に合った。



 授業前で、まだ喋り声が飛び交う中、知らない声が2つ、俺たちのところへ近づいて来た。



「やあ、ルルップ。君も剣術の授業に来たんだね」


「や~ん、ルルップちゃんじゃな~い♡高等部入学おめでと♡」


「ミツキさん!アイリンさん!」



 どうやらルルップの知り合いらしい。初対面の女子高生は少し怖くもあるのだが、ルルップと親しい人だとしたら、素直に仲良くなりたいと思う。こうして交流を広げていくことが、女子高生克服の道へとつながるはずだ。



「こ、こんにちわはははっははっ」



 しかし、当然知らない女子高生相手に、まともな挨拶をすることはできない。たとえ目が終わってて、姿が見えなくとも。



「何だ何だ!?なぜ急に笑い出すんだ!?」


「ごめんミツキさん……こういう子なの………」


「あら、このコ目が終わっちゃってるじゃない。私の魔法で治しましょ」



 アイリンさんだと思われる声が、「エミーエ」という呪文を唱える。すると閉じられた俺のまぶたが、じんわりと温かくなって、終わっていたはずの暗い視界に、だんだんと光が差してくる。そうして健康に開けた視界の、大部分を埋め尽くしていたのは、やたらとマッチョな笑顔だった。



「どわぁぁっっ!!!」


「あらっ。カワイイおめめじゃない♡大切にしなきゃダメよ?」


「アリサ!紹介するね!こっちの王子様みたいなイケメンお姉さんがミツキ先輩。そっちのムキムキマッチョなプリティーレディがアイリン先輩。中等部の頃からお世話になってるの」


「ミツキ・ド・ジャスミーナ。高等部2年で属性は騎士だ。よろしく」


「アイリン・サンダーボルトよ♡私も高等部2年で、属性は魔法戦士。ルルップちゃんの新しいお友達に会えて、チョー嬉しい♡これからヨロピクね♡」


「アリサ・シンデレラ―ナです………よ、よ、よろしくお願いしまーまーまーまー♪」



 ミツキさんは、中性的な顔を持つクールな女子高生で、あまり動かない表情が少し冷たくも感じるが、決して高圧的だとか、親しみを持てないというわけではなく、頼れる先輩であることが一目で分かった。アイリンさんは大きな体躯に筋肉が盛り盛りで、圧倒的なパワーを持っているのが明らかな一方、動きは繊細かつ可愛らしくて、とても愛嬌のある女子高生だった。



「何故急に歌いだすんだ!?!?」


「ごめんなさい!!ミツキさん!!こういう子なんです!!!」


「アイリンさんは目を治してくれて、本当にありがとうございまーまーまーまー♪」


「いいのよぉ♡それよりあなた、かわいいしおもしろいわねぇ♡今度ウチの部屋でクッキー作るから食べに来ない?あら、先生来たみたいだわ。この話はまた今度ね♡」



キーン、コーン、カーン、コーン



 チャイムが鳴り、5限「剣術」の体験授業が始まった。汗をかきながら走ってきた先生は、長い袋の中に大量の竹刀を背負っていた。生徒が集まる場所の前に堂々と立つと、やたら大きな声で話を始めた。



「お前たち!お前たちは伸びしろだ!私はアチーナ・マッシューで、お前たちは伸びしろだ!ペアを組め!竹刀を持て!そしたら2人で打ち合って、自分の伸びしろを確かめろ!私に伸びしろを見せてくれ!それが最初の授業だ!さぁ始めよう!」



 伸びしろたちは皆、ペアを組み始めた。俺、アリサ伸びしろは、女子高生の知らない伸びしろとペアを組めるはずがなかったので、ルルップ伸びしろと組もうと思い、話しかけた。



「ルルップ伸びしろ!俺とペア組まない?」



しかし意外にもルルップは、申し訳なさそうに断った。



「ごめんね。アリサ。私とは組まないほうがいいかな………てか私、実は見学なの」



 そう言ってルルップは、闘技場の端の方へ去って行ってしまった。体操服にパーカーの、フードの付いたオレンジの背中は、寂しそうなだけでなく、自分に腹を立てているようだった。少なくとも俺の目には、そう映った。

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