第23話 【燃ゆる怒りと燃える女】

 主賓の一人であるコルネリアの悲鳴を聞き付け、駆け付けた警備隊が数名。彼らが見たのは少年だった。




 何故か、そこからが、




 誰もが彼を人間の少年だと思うことにした。






「うぐえあああああああ~~~!!!!! いだいっ、いだいっ、いでえええええよぉぉぉぉぉ~~~!!!!!」

「ひいーっ!!! 化け物だ!!!」




「どぅあ~れが、どぅあ~れが化け物だってぇ~~~!?!?!? あだじはカワイイコルちゃんダヨォ!!!!!」

「えっ……こ、コルネリア様……!?」





 まさか目の前にいる、地を這いずりながらも悶え苦しむ、が、次期マクシミリアン国王の妃だとは誰もが思うまい。



 もう全身は黒く焼け落ちており、辛うじて人間と認識できる肉が残っているだけである。声帯も焦げてしまっているので、老婆よりもしわがれた声しか出すことができない。





「怯むな!! これはコルネリア様に変身した魔物だ!! こんな恐ろしい見た目の存在がコルネリア様なわけがない!!」

「テメエ覚えてろあとでルゥ゛ぐんに言っでギロチン送りダァァァァァ~~~~!!!!」





 警備隊の兵士は皆コルネリアに気を取られていた。それもそのはず、彼女の悲鳴を聞き付けてやってきたのだから。




 しかし彼らは夢中だったので忘れていた。真の脅威は目の前にいることを。






「う゛っ……!」




「――さて、サリアよ。これからオレ様は行かないといけない場所がある。少し時間を貰おうか」





 槍を持って鎧を着た兵士、しかしその者の前では拳と裸に変わりない。




 爪は易々と鉄を突き破り、心臓まで届いて直接潰した。





「ひいいいいいいいっ!!! 来るなああああああ……!!!」

「――おや、これは見たことのない兵器だな。オレ様が眠っている間にこんなものが」





 隣に立っていた別の男が、その者に向けたのは筒であった。中では火が渦巻き、それを動力に人間が目視できない速度で、鉄の塊が一気に放たれる。






 近接戦なら必ず殺せると謳われていたその兵器、だがここにきてそれが嘘だということが露呈する。






「ええ゛っ!!! そ、そんなショットガンが……!!!」



「……近頃の人間は、己の力を使わない兵器に頼るようになったのか。凋落も頷ける所だな」





 その者は右腕を眼前に持っていき、軽く魔力の膜を作っただけで、弾を全て防ぎ切ったのだ。左腕では未だ従者を支えながら、余裕綽々の態度で。





「あああああっ、あああああああーーーーー!!!」



「テメエら何してんだ逃げるんじゃねーーーーー!!! コルちゃんをだずげろぉぉぉ゛っ!!!」






 残った警備隊は全て、その者から逃れようと、目に入った穴に向かって一目散に逃げた。それはガラスが割れた窓であった。風を切って物体が落ちていく音がしたが、屋敷に回り始めた炎はそれを飲み込んでいく。




 燃えていた女も彼らを追って飛び出していく。腕は体重を支えることができず、壁を這うように移動するのが、今の彼女の精一杯であった。






「……もしかするとオレ様が何もしなくとも、勝手に死んでいくのか? それはだな……」




「オレ様が受けた仕打ちに対する報いを、何も受けずに貴様等は勝ち逃げするというのか? 『竜帝』の一柱たるオレ様から? 『竜帝』に挑むということは、世界の理そのものに挑むということ」




「そうした結果何も起こらない等という……都合のいい妄想は終わりにしてもらおう」








「……っ!? うわあああああああ魔物だあああああああ!!!!!」






 広間を出た出入り口付近で、ぼとぼとと何かが落ちる音を聞いた来賓がいた。彼は付近に漂うが強くなってきたので、自己保身に走り本国へ帰ろうとしていたのだ。




 その道を塞ぐのは燃えた女。奇妙なことに結構な高所から落ちたにも関わらず、肉体に一切の損傷が見られない。つまり身体が燃える苦しみに耐え兼ねたとしても、それに屈するのはということだ。






「うげっ、いでえ、いでえよおおおおお~~~!!! ガラスが刺さっていでえよおおおおお~~~~~~~!!!!!」

「ぎゃあああああああ何でこっちに来るんだあああああああ!!!」






 燃える女はしわがれた嗚咽を吐きながら、パーティが行われていた広間に、大勢の靴で汚れた床を這いずって入ってきた。これまた奇妙なことに、彼女を燃やしている炎は料理が置いてあるテーブルクロスに引火せず、それなのに誰にも消すことができない威圧感を漂わせている。




 かつて女が道を開けろと一声かけると、誰もが彼女の為に道を開けた。しかし今は何も言っていないが、誰もが彼女の道を塞がない。






「う゛っ……うう゛っ……ま、まだ吐き気が収まらないんだが……?」

「ひいいいいいっ!!! ルーファウス様、離れてください!!!」

「えっ何せおどあ……ぎええええええええええ゛ーーーーーーーっ!!!」





 主賓であるルーファウスは、彼女を視界に収めた瞬間、まだ込み上げてきた嘔吐物を、絶叫と共に周囲に撒き散らした。燃える女の肉体にそれが付着したが、お構いなしに彼女は近付く。





「ねえ゛ルゥ゛ぐんぎいでぇ!!! サーアがね、サーアがね、ひどいの!!!!! ゴルじゃんのこといぢめるんだよぉぉぉぉぉ゛!!!」



「うがあああああ知らない!!! 知らない知らない知らない、こんな知り合いなんて僕は知らないぞーーーーー!!! うっぐ!!!」





 またしても嘔吐するルーファウス。この会食で食べた分はほとんど吐き出してしまった。




 そして現在体調を崩していたのは、彼に限った話ではない。来賓の大半が体調不良を訴え、屋敷の応接室で治療を受けていた所だ。全ては刻一刻と強くなっていく、邪な気配がそうさせている――







「「「ぐっ……!!!」」」





 その瞬間、事切れたように気絶した者は十三名いた。彼らはこれから起こる惨劇を目の当たりにしなくてもいいことを、幸運な者達であったとも解釈できよう。




 いや、やはり彼らは不運だったな。その者に巡り会えるなんてこと、一生を捧げてもやってこない機会だ。せめて目の当たりにしてから倒れた方が、のではないか?








「ああ……料理がこんなにも散らばってしまった。だがしかし、当然の最期だったと言えよう」



「この料理は美味ではなかった。サリアと共に食べた焼きリンゴにあった、幸福から来る旨味が込められていなかった。料理人は誰かに対しての思いを込めずに作ったのだろうな」








 その少年が来た途端、広間には帳が落ち切った。そう感じた者は総じて動くことができず、彼の一挙一動を見守る石像に甘んじることしかできない。一瞬でも動いてみせたら、怒りを買うのではないかと思うと、心臓すらも動かしたくなくなる。






 しかし世界というのは広いもので、彼がやってきた意味を理解できない者も少数存在しており――





「なんでよぉぉぉ゛~~~!!! ルゥ゛くん!!! ゴルじゃんがわからないの!!! カワイぐでざいぎょーのゴルじゃんだよぉぉぉぉ!!!!!」

「だから来るなあああああ!!! 喋るなあああああ!!! あああああっ、ぬわあああああああ……!!!」






 黄金の男の方は、少年がじりじりと迫ってくるのを見て、恐怖に震え上がっている。せっかく両親から授かった美貌も涙と鼻水と汗が台無しにしていた。




 燃える女は依然として自分を中心にして話を進めようとしていたが――





「う゛っ!!!!!!!!!!」

「……!!!」





 無邪気な子供が蟻を踏み潰すように。少年はいとも当たり前のように、燃える女の





 言葉を紡ごうとする者がとうとういなくなり、少年は男と対峙する。少年の方が身長が低かったが、威圧感は比べ物にならない。比較してはならない。






「……もはや言葉は不要だな。貴様はオレ様が何もしなくとも、死んでいきそうな者の筆頭だが……この女のようにそれはさせんぞ」

「あっ……あぎゃあああああ……!!!」





「――ほぎゃあああああーー!!! おぎゃーーー!!! 許して、許して許して許して許してっ、何でもするからぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」






 男はあらゆる痛みを覚悟した。燃やされる? 凍る? 焼け落ちる? 肉体を斬られる?




 だがどの痛みも訪れない。男が叫び散らかすのを止めると、少年はすたすたと歩いて自分の前から立ち去ろうとしていた。






(……な、なんだこの小僧? そ、そうか僕の迫力にビビって逃げたんだなそうだな!!!)



(よし!!! 背中を向けている今がチャンス!!! 不意打ちをかまして首を取ってやる――)





(あ……あれ!? 剣が!? 剣がないぞ!? 僕にしか扱うことをのに……!?)






 そこで初めて正面を向いた男は、二つ気付く。彼が自分の剣を取っていったことと――




 自分が先程婚約破棄をしたが、彼の背中におぶられていたことに。

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