第8話 ドラゴンと焼きリンゴ

「……やめてくれ!! この子に手を出さないでくれ……!!」




 お父さん。




「知るかよ!! こちとら将来が懸かってんだ……住民皆殺しで、一生食っていけるだけの金が手に入る!!」

「そんな……!」




 家に押し入ってきた悪い人達との間に、立ち塞がってくれた。




「こんなこと、国王陛下が許すはずがない……!」

「証拠も一緒に燃やしちまえば、いくらあいつであっても気付くはずないだろうさ……!!!」




 腰が引けて動けなかったけど、それでも私は頑張って立った。






 ここで立たないと、お父さんが託してくれたもの、無駄になってしまうと、強く思って――





「おらぁ!!!」




        「……!!!」





 逃げる時に一瞬だけ、後ろを振り向いた。お父さんはずっと仁王立ちをして、私を庇ってくれていた。




 その顔が、首が、胴体と切り離されて地面に落ちようとしていて――








「はぁ、はぁ、はぁ……!!!」




 逃げるといったってどこに? 遠くに親戚がいるわけでもない。



 でも逃げなくちゃ。突然家を荒らし回って森を燃やしたような、あんな奴らに殺されるのだけはごめんだ。






「……あ、ああ……」




「い、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だああああああ!!!」






 住んでいる村を見下ろせる高台までやってきた。ここは誰にも話していない、私の秘密の場所。だから悪い人達も追ってこれないと思って。




 でもそこに来たのは間違いだった。村を見下ろせるから、馬鹿みたいによく見える。




 火の手が次々に上がっていき、それに飲み込まれる私の故郷。






「お父さん……! お母さん……! 皆、皆、皆ぁ……!!!」




「ううううううっ……わああああああああん……!!!」








 ああ、こんなにも鮮明に思い出せる。あの日から5年も経つのに忘れられない。




 その後にあった翡翠色の瞳――ルーファウス様との素敵な出会いで、どれだけ上書きしても、這い出てくる悪夢。




 肉体にも染みついているそれが、こんなにも物語っているじゃないか。故郷を、『流星の森』を燃やしたのは自分ではないと。






 私は何もやっていない。誰かが私のせいにしようとしている。私は故郷を失った被害者だ。




 辛い経験をしたのに、にも関わらず、誰も共感してくれる人がいないのはどうして?




 私はこれまで何をしてきた? 聖女しての仕事だろう。婚約者としての振る舞いだろう。




 それのどこに私を咎める要素があるんだ? あれこれ考えても納得がいかないんだ。咎める要素があるのなら、できる範囲でそれを正そう。




 だから誰か教えてくれよ。誰でもいいんだ。男でも女でも子供でも老人でもいい。言葉にしてわかりやすく――








「はっ……?」








 びゅうっと意識が戻ってきて、はっと目が覚めた。私はベッドで寝ていた。




 私は戦闘の途中で意識が途切れてしまった。だから誰かが運んできたんだ。





「ジェイド……?」





 ただ一人それができる者の名を呼び、私は周囲を見回す。



 すぐに発見できた。私が眠っていた隣で、ジェイドは――赤ちゃん服を着たドラゴンはすやすやと寝息を立てている。





「んあ……起きたか、サリア。全くヒヤヒヤしたぞ……」






 私がじっと彼を見ていると、もぞもぞと起き出した。起き上がってからうーんと伸びをした後、お尻で動いて私の方を振り向く。






「……助けてくれたの? ジェイド」

「ああ、その通りだ。全くあの人間……おれ様の手下に手出しするとは。思い返しても苛立ってくるわ」




「さて、おれ様はもう腹が空いてたまらん。ついてはサリア、先に話していたリンゴを作れ」





 ジェイドは私の身体をぱんぱん叩きながら、上目遣いで懇願してくる。





「うん……焼きリンゴだね? でも材料……結局買えてないなあ。リンゴも戦闘で落としちゃっただろうし……」

「それなら、町の人間達が献上してくれたぞ。机の上に置いてある」

「えっ本当に? それに、献上してくれたって……」




 言いながら私は、ジェイドの指示通りテーブルまで向かう。






「……この量を? くれたの?」






 テーブルの上は、リンゴが飛び出る程入った木箱と、紙に包まれたバターと、袋に入った砂糖が占領していた。




 いや、テーブルどころの話じゃなかった。その下も、洗面台も、部屋を隔てる通路も、埋め尽くすように置いてあった。教会に出る扉や窓の前には、そのものが見えなくなる程高く積まれている。






「……月の光が窓から入ってこないから、どうりで暗いわけだ……」




 壁掛けランタンに魔法で火を点けながら、恐る恐るジェイドを見る。彼は依然としてベッドの上で座ったまま、私が焼きリンゴを作るのを楽しみに待っていた。




「ねえ……これ全部脅して貰ってきたの?」

「おれ様は偉大なるドラゴンだぞ? このぐらい献上されて当然だ。寧ろ咄嗟にそれをしなかった、町の人間共が腑抜けている」

「あっ……はい」





 そうだった……赤ちゃんみたいな見た目だけどこの子はドラゴンだった……






 うん……持ってきてしまったものは仕方ないか……





「……いいジェイド、人間はね、食べ物を無駄にはできない生物なの。だからちゃんと食べてよ」

「食うことならお手の物だ。おれ様は今腹が減って仕方がないんだ。何個でも食うぞ」

「もう……あっ、でもそうだ」




 少しばかり閃いた。ジェイドの力が戻ってきていると言うのなら……




「力をもっとつける訓練だと思ってさ、手伝いしてよ」

「む? おれ様に仕事を手伝わせるとは……見上げた態度だ」

「違うよ、役割分担。人間は効率化の為なら、ドラゴンにだってお仕事を頼めるのです」

「はは……そうか」




「お前はやはり優れた人間だ。手下にしてよかった」









 リンゴの芯を繰り抜き、空いた穴にバターと砂糖を入れる。




 それをジェイドに渡して、彼が操る炎で焼いてもらおうって寸法。実を言うとかまどまで歩けるスペースがなかったので、これしか作れる方法がなかった。




 そんな裏事情はさておき、ジェイドは手から炎を出して、ぽんぽんとリンゴを焼いてくれる。うんうん、ドラゴンと言ったら炎だよね。勘で託したけど案外できている。






「よっと! ははは、流石はおれ様だ! たくさんリンゴが焼けるぞ! はぐっ!」

「ちょっ、今火を通していないのに食べたでしょ」

「火を通しても美味いということは、火を通さなくとも美味いということだ! 案外いけるぞ!」

「私は火を通した方が好きかな~」




 ジェイドは焼いたリンゴをすぐに食べ、数分程度で腹に収めてしまう。たまに今のように生で食べることもあった。




「しかしこんなに食べるとなるとあれだね、シナモンも買ってくればよかったね」

「何だそれは!? 食べ物なのだろうが、どんな見た目なのか想像がつかないぞ!?」

「シナモンはねー、食べ物の中でも『調味料』って呼ばれる物。それをかければピリリとスパイスが効いて美味しくなるんだよー」

「おお……おおおおお~~~!」




 話を聞いているジェイドは、リンゴを焼くのも忘れて目を輝かせている。あっ、釘は刺しておかないとだめだね。




「買うにしても今度のお休みの時です。あと6日待ってください。続けて買い物に行くと人間は倒れてしまいます」

「む、ぐぬぬ……おれ様一人で取りに行きたいが、形がわからないから無理だぞ!」

「わからないなら諦めてください。はぁ……」






 焼きリンゴを作り始めて、どれぐらい時間が経っただろうか……もう長い間こうしている気がする。




 時間を忘れてしまう程に……ジェイドといる時間が楽しいのかな、私。





「ねえジェイド、ここに焼きリンゴの『たね』を置いておくから、私がお風呂に行っている間に焼いておいてよ」

「何ぃ!? おれ様から離れるというのか!?」

「人間には必要な行為なんですー。『手下』の体臭がひどいと、主であるジェイドも臭いって思われてしまうよ?」

「そ、それは大変だ! 行ってこい! だがなるべく急ぐように!」




 よっし、このドラゴンの扱いがわかってきたぞ。




「では行ってきまーす」

「おれ様はお前の為に、たくさんリンゴを焼いておくからなー!」








 この短時間で、なんとか扉を塞いでいたリンゴ達は消費できた。それでも開けるのに苦労したけど。



 あんなに食べたのにまだ食べるつもりでいるのだから、ドラゴンの食欲恐るべし。これで主要な食料が形のあるものだったら、財政破綻しちゃうよもう。







 ……あれ、そういえば。疲れが極まっていたから気付かなかったけど……



 ジェイドの喋り方、赤ちゃん言葉から変わっていたような?




 それにこの時間って、司祭様が教会内を歩いているのを結構見かけるけど……



 今日はどうして誰も見かけなくて、静かなんだろう。






 ……明日の仕事が熾烈になる前兆

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