少女と大剣と、彼女の望み。
@chauchau
第1話
「今日に死ぬか。明日を苦しむか」
あー……。死んだな、これは。
死ぬにしたって、もう少しマシな最期を迎えられないものか。
「……聞いてる?」
私とクソ魔剣の出会いは、いつ思い出しても反吐の出るものでしかなかった。
※※※
「シケてるわね。今日日この程度の財宝しか隠し持ってないとか、山賊のくせに人生舐めてんの?」
「か、かって……いいやが、って……」
「あ?」
「なんでも、ないです……」
「そうよね。そうでしょうとも、いい? 悪いのはどっち? 山道を歩いていただけで襲われたか弱き美少女? それとも、そんな美少女を襲おうとしたムサい山賊? 聞くまでもないわよね」
他人の命を奪おうとして、自分の命だけは助けてくださいなんて話が通るほどこの世は優しくはない。そんな優しくない世界で命を助けてあげようというのだから私ほど優しく可憐で心優しく美少女がどこに居るだろうか。
「襲いかかってきた山賊を返り討ちにするだけならともかく、アジトまで案内させ残りの山賊を全滅させてから金目の物を奪おうとしているんだから十二分に君も悪党だと思うがね」
「たたき折るわよ」
「これは失礼」
一言も二言もうるさい声が、背中から聞こえてくる。
今日も今日とて、このクソな魔剣は。
「……独り言をぶつぶつ言う、へんな女に負けるなんてゲポっ!?」
実に鬱陶しい。
「動けない相手の顎を蹴り上げるのは如何なものかと」
「うるっさいわね、殺されてないだけで土下座して頭を地面にめり込ませてありがとうございますと崇め奉るべきほどの優しさなのよ」
身長に合わない大剣を背負って山道を歩くというのは想像以上に骨が折れる。それが口うるさくやかましい魔剣だとすれば苦労は倍じゃ済まされない。放り捨ててしまいたいが、そうもできない理由は単純明快に、私がこの魔剣に呪われているからだ。
三年前、ちょっとした仕事の途中でドジを踏んで死にかけた私の前にこの魔剣は現れた。剣を偶然見つけたという意味じゃない。本当に、その場に、その瞬間に出現したんだ。生きるか死ぬかと問われて、死にたいですと答えれないほどに私はこの世界を諦めている。柄を握ってしまったのが運の尽き。おかげで窮地を脱出できたといえば聞こえはいいが、呪われているので装備を外せませんと後出しで言われた時の絶望といったらありゃしない。
「君がどう生きるかは君次第だ。だがね、君が常日頃から言うように本当に優しさを持ち合わせているというのであれば少しはボクの願いを叶える素振りを見せてくれてもいいのではないだろうか」
「生きるか死ぬかとあんたは聞いてきたけれど、願いを叶えろとは聞いてこなかった。それだけの話で、それが全ての話よ」
「あの時は……あれがかっこいいと思っていたんだ」
「じゃあ、あの時の自分を恨むことね」
「と、言いながらも実は」
「は?」
「儚い夢を見たかったんだ……」
「剣のくせに人の夢を語るんじゃないわよ」
「何度も言わせないでおくれ」
「ボクは元々人間なんだ」
耳にたこができるほど聞いた台詞。本当かどうかを調べる気にもならない台詞。大切なことは、他の奴のために行動するかを考えることよりも明日の私を生きること。
山賊から奪った金は、少なくはないが多くはない。明日の私は生き残っても、来月の私には届かない。くそったれな世界で、人の命は安いくせに高いのだ。
「だいたいどれだけの神殿を訪ねてもあんたに呪いはかかってないって言われているじゃない」
それどころか装備が外せない呪いすらかかってないと言われる。あまつさえ、こいつの声は私にしか聞こえないとくれば頭のおかしい女だと気味悪がられる始末。
「今生の神官達はそろって腕が落ちたとみえる」
「そのせいでどんどん私が入れる街が減っているし」
「それは、馬鹿にされたことに怒った君が神官を殴り飛ばしたからだろう?」
「人の心を殴っておいて自分は頬も殴られないと思ってるほうが悪いのよ」
「これをボクだけのせいにされるのは理不尽というものか」
「はっ! この程度が理不尽なものですか」
「それは……同意だね」
「ともかく!」
山賊から奪った、もとい、頂戴した宝石袋を振る。ジャラジャラと鳴る音は、私が好きな数少ない音のひとつだ。
「今日は久しぶりにちゃんとした飯にありつけるってものよ」
※※※
「んで!!」
背後から音がする。ガシャガシャと鳴る音は、私が嫌いな数多くの音の一つだ。
「こうなるのよぉおお!!」
「君が無銭飲食をして、なおかつ、店主を殴り飛ばしたからだね」
「違うわよ! 消えたの! 私の金が! 払う気はあったってぇの!!」
「誠心誠意の気持ちをこめてそれを説明すれば良かったと思うよ」
「脂ベッタベタの手で私の腕を掴みやがったのよ! しかも胸を見てた! 話して碌な結果になるわけがないじゃない!」
「いつの時代もえん罪とは恐ろしい」
「そもそもどうして私の金が消えるのよ! このクソ剣!! あたしの金をどこへやった!!」
「残念ながらボクにそんな技が使えない。消えたというのであれば君がどこかで落としたか。それとも悲しいかなスリの技に溺れたか」
「どっちもあり得ないわよ! 私を誰だと思っているのよ!」
「あり得ないことはあり得ない。などと話している暇は……ないようだね」
「ああ、くっそぉぉ!!」
善良なか弱き美少女ひとりを捕まえるのに兵士が十人以上とは暇な街もあったもんじゃない。店主を殴り飛ばして、街から逃げ出すときに兵士を三人ほど更に殴っただけの私のどこに罪があるというのか。そんなことをしている暇があれば世の中に蔓延る巨悪と戦っていろ!
「矢が来るよ」
「ちぃぃッ!!」
背後から飛んでくる無数の矢。
身の丈に合わない大剣を、背負った大剣を、すぐさまに抜けるはずがない。そんな常識なんてこのクソ剣には通じない。
柄を握る。
斬る。斬ると望んだ。誰が。私が。
私が斬ると望んだんだ。
「だらっしゃぁぁぁあ!!」
斬ると望んだものを斬る。
このクソ剣に備わった唯一役に立つ能力。
背負った大剣を抜けないという常識を斬り捨てて、向かってくる矢の軌道を斬り捨てる。軌道という道を失った矢は、泣きじゃくる迷子のように明後日のほうへと飛んでいく。
「矢の軌道だけ……か。向かってくる敵ごと斬らないのは君の良いところで悪いところだ」
「ぜはァ……!!」
息を吐く。吐いてしまう。
震える身体を殴って黙らせる。揺れる視界に蓋をして鉛のように重い足を前に伸ばす。
「彼らも斬ってしまえばもう逃げずに済むと思うよ」
「う”っ! るざぃぃい!!」
一振り。
たった一振りで体力が空になる。
身の丈に合わない大剣を振ったからじゃない。この魔剣が私に合いすぎているから。望む以上を叶えようとするから、私の全てを吸い取ろうとする。ああ、くっそ。ムカつく。私は、私以外の勝手が大嫌い。私が望んだものを斬れ。私が望んだものだけを斬ればいい。道具は黙って働いてこそ道具だろうが!
矢が突如方向性を失った光景に兵士たちの足が止まったこの好機を逃しはしない。足が震えようと、視界が歪もうと、痛みに肺が縮んでいこうとも。逃げ切ってしまえば私の勝ちだ。
「あ……っ! が! はっ! はっ! ……ごほっ!!」
「君はまた明日を苦しむわけだ」
「ざ……まあ……!」
「君がどう生きるかは君次第だ。だがね、斬ってしまえば終わる話だっただろうに」
「……あんたは私をどうしたい、のよ」
「さて。道具とは使われてこそ道具といえようか。あまりに非道はともあれ、身を守るために剣を振るのは至極当然のことだろう」
「何度も言わせんじゃないわよ」
「私は私のやりたいことしかやらないのよ」
耳にたこができるほど聞かせた台詞。納得していないと分かってやる気にもならない台詞。大切なことは、他の奴のために行動するかを考えることよりも明日の私が笑うこと。
「それでもね。道具としては持ち主の安否を心配したいと思うんだよ」
「よく言うわ……」
「嘘は言っていない」
本当のことも言っていないだけ。
それを言ってあげるほど優しくはない。それを理解されると分かって言っているこいつの根性の無さをどうこうしてやるつもりもない。
「……はぁぁ……!」
「もう少し休憩しておいたほうがいいよ」
「真夜中の山んなかでいつまでも倒れているものですか」
「そのためのボクだろう」
「そのたびにぶっ倒れるわよ」
ごめんなさいと言えば救ってくれる世界はどれだけ甘い夢だろう。
そうじゃないから歩くのだ。私は私の足だけで歩くのだ。
そうだ。
私は私の足で歩くんだ。誰だって、自分の足で歩くのが正解なんだ。背負われて歩いている気になっているなんざ我慢ならない。歩かない奴が、歩けなくなった奴が生きていることは我慢ならない。
「とっとと……あんたの呪いを解いてやるわよ」
「その気になってくれたのは嬉しいけどね」
「あんたが外せないって呪いだけね」
「……もう少し優しさを見せてくれてもいいと思うんだ」
どこのどいつか知らないが。
私はあんたの思い通りには歩かない。くそったれに生きてやる。私の人生は私だけのものだ。あんたのものにはしてやらない。どいつの人生も、そいつだけのものなんだ。クソみたいな理不尽も、味わったのなら噛み砕け。飲み込んで明日を歩くんだ。
「私は……っ」
私は世界を愛さない。
こんな世界を愛するはずがない。私は、いつだって。
「「私のやりたいことしかやらないのよ」」
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