第2話 たくあん作戦

 毎朝、幼馴染に起こしてもらえるんだろ?


 友人にそう言われたことがある。しかし、我が幼馴染たる入道にゅうどうのぞみはそんなに甘くはなく、というか当たり前だが起こされない。


 起こしてくれと頼んでも、自分で起きろと冷たく言われるだけだろう。


 幼馴染とはいえ勝手に部屋に入ってこない。


 基本的に登校は共にするが、玄関で座って準備ができるのを待ってるくらいだ。


 だからリビングで朝食をとってる姿を見ておどろいた。


「え? なんでいんの?」

「お前を起こしに来たんだ」


 希はことなげもなく箸でたくあんをつまむ。


「じゃあ飯食う前に起こせよ」

「自分で起きろ」

「お前言ってることおかしいからな。というかなんで、うちで飯食ってんのさ」


 俺は希の対面の椅子に座った。食卓には焼き鮭、みそ汁、たくあんにご飯。思わず今日の朝ごはんは日本だな、と言いたくなるラインナップだ。


「とある筋からしゅんの起床時間が、最近遅めだと聞いてな。遅刻しそうものなら、叩き起こそうと。朝食はおばさんのご厚意だ」

「とある筋って、それ母さんだろ」

「希ちゃんからたくあん貰っちゃった~」と母さんがキッチンから声を出した。「朝ごはんはそのお礼~」


 うちの食卓ではあまり漬物は出ないが、入道家においてたくあんはマストである。なのでたくあんの消費量が激しく、市販品を買うのではなく家で自作していた。それをよく傾木かしぎ家に差し入れてくる。


 これがうまいのである。


 俺は箸でたくあんをつまんで適当に頷きかけるが、「朝ごはん食ってこなかったのか?」と希に聞いた。


「食べてきたが?」

「第二次朝食なの? 太るぜ」

「一食増えた程度では太らんさ」


 白米を頬張る希は、健啖家であり食いしん坊キャラだ。そのくせ手足はすらりと細く、腹部も引き締まっている。あえて胸部のことを言うまいが、およそ贅肉とは無縁の体をしていた。食った物はどこへ消えていくのかと不思議に思うばかりだ。


 テーブルの下で脚を小突かれる。


「いたい」と痛くもないのに口に出てしまう。

「じろじろと人の体を見るな」


 希が目をほそめた時は、怒ってますよアピールだ。言ってしまえば、素行の悪い犬を躾けるために叱るのと同じだ。


 俺は死戦から逃げるように味噌汁をすすると、心地よい塩味が舌を撫でる。


「うまいな、この味噌汁」


 ぽつりと零れ落ちた呟きに、希は肩をピクリと動かし目を逸らす。その反応はまさしく希のうれしいという感情表現なのだが、なぜだだろうと疑問に思うと、すぐさまキッチンの声が答えをもたらす。


「その味噌汁は希ちゃんが作ったのよ~」


 ああ、なるほど。俺は希の横顔を見る。してやられたか。


 恐ろしい策略だ。


 まずはたくあんというデコイを使うことで傾木家に侵入。おそらく母さんの朝食作りの流れに乗り、味噌汁を調理した。そしてしれっと食事をすることで起きてきた俺の目を逸らす。あえて自分が作ったことを口に出さず、素知らぬ顔でやり過ごすことで、間抜けな俺はまんまと望みの一言を引きずり出されたのだ。


 苦々しい敗北感が心を満たす。やれやれ。完敗だよ。


 それはそれとして、たくあんと味噌汁はうまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る