第41話

「申し訳ない。君達を放置してしまって。っと、まずは自己紹介からさせてもらいますか。私はこの研究所の所長を務めている湯川と申します。以後、よろしくお願いします」


「湯川所長の部下の小林です。よろしくお願いします」


 先ほどまでの興奮した姿と打って変わって、いかにも出来る人!といった態度で自己紹介をした。それでも先ほどまでの醜態が脳から離れることはなさそうだが。流石にその姿にアウラさん達も困惑していた。


「先程ダンジョン協会の本部に連絡を取り、こちらの状況を伝えておきました。遅くても明日の昼頃までには今回の件の責任者がこちらに来ることになるでしょう」


 相変わらずフットワークの軽い組織だと思った。いや、その行動力の高さが、今の『ダンジョン協会』の地位を確立するのに役に立ったのだろう。


「あの…申し訳ないのですが、私たちは何の権限も持たない一兵士です。そのようなお偉方との交渉をする能力もなければ、権限もないのですが?」


「その事はこちらも重々承知しています。具体的な交渉ごとに関しては、10日後に予定されている君達エルフとの会談で行うことになるでしょう。ですので、君達にはエルフという種族に関して事前に色々と教えて頂きたいということです。我々人間からすれば何てことのない仕草でも、エルフにとって相手をひどく侮辱するような意味合いを持つ物もあるかもしれませんからね。交渉を円滑に進めるための事前準備と思って頂ければ幸いです」


 10日後の会談というのは、俺達が別れる直前に取り決められたものだ。場所は俺達が夜営をした所。当然その場所を知っているのは俺達のみである。客人と言うべき『エルフ』達に道案内をさせることは無いだろうから、必然的に俺か剣持さんがその場所までの案内をさせられることになる。と、言うことは当然、交渉をする『ダンジョン協会』のお偉方、下手をすれば外交官と行動を共にするということでもある。


 仮にではあるが道案内を1人にのみ任せるということになれば、常識的に考えて階級と実力の高い剣持さんがその役目を任されることになるだろう。そうなれば万々歳だ。余計なストレスを負うことを避けることが出来るのだから。だが、普通に考えれば俺と剣持さん両者に道案内をさせることになるだろう。憂鬱だ。すでにちょっとだけ、ストレスでお腹が痛くなってきた気がする。


「それまでは自由時間…と言いたいところではありますが、よろしければアウラさん、そしてライラさん。私の研究に協力してはいただけませんか?」


「ち、ちょっと、湯川所長!流石にそれは……」


 思わず止めに入る藤原さん。よくぞ言ってくれたと思っているのだろう、喜色の表情を浮かべる小林さん。そんな対照的な反応を示す2人を前に、どちらの味方をすればよいのか反応に困っている眉間にしわを寄せた剣持さん。多分自分も似たような表情をしているんだろうな漠然と考えていると、藤原さんのけん制も何のその湯川所長が言葉を続けた。


「無論、最高級の待遇でお迎えしよう!薬物投与もしなければ機械実験も行わない。ましてや改造なんてもってのほかだ!ただちょっとばかし、爪の欠片であったり口内粘膜であったり細胞を採取させてもらったり、少量で構わないが血液の採取もさせてもらいたい。もちろん髪の毛も頂きたいな。出来れば毛根鞘から頂きたいが、どうしても無理だというのならこちらもそれなり配慮をしよう。いや、やはり欲しいな。よし、それは研究の途中で交渉事とさせてもらうことにしよう。それにCT検査、MRI検査もしたいな。体の構造をより詳しく知ることが出来るはずだ。見た目は人間と大差が無いように見えるが、耳の構造のように明らかに人間と違う箇所も見つかるかもしれないからな。しかし、エルフにとってX線であったり、強力な磁場が身体に害を及ぼす可能性も否定できな以上、こういった検査は控えた方が良いのではないのか?いや、決めつけるのは良くないな。案外人間以上に丈夫な可能性だって否定できないのだからな。なにせ檀上君の話だと、エルフと言う種族は我ら人間よりも遥かに長い寿命を持つと聞いている。ならば人間以上に高い抗体を持っていてもおかしくはないはずだ。しかしその丈夫さと言うのはどこから来るものなのだ?エルフは生まれつき高い魔法適性を持つと言っていたな。丈夫な体を作るには高い魔法適性だとでもいうのか?そうであるなら我ら人間には難しいのかもしれないな。なにせ魔法の適性を持つ探索者は数が少ないと聞いている。しかし細胞がそれに関係していたとすればどうなる?エルフの細胞を採取し、研究をすれば我ら人間もエルフのように高い魔法適性だけでなく、寿命を延ばすような特効薬を開発することも出来るのではないか?だとすれば…」


「すみません、所長はこうなってしまうと中々戻ってくることが出来なくなってしまいますので、私が話を引き継がせてもらいます。研究に協力していただく以上、こちらもそれなりの待遇をする用意があります。まぁ、具体的に言うと金銭面であったり食事の面とかですが…」


 エルフ達が金銭と言う言葉にもそうだが、それ以上に食事と言う言葉に強く興味を轢かれていたように見えたのは気のせいではないだろう。ちなみに『エルフ』の興味が我々の食事に向いていることを話したのは俺だ。この研究施設ではそれなりの数の人が働いており、この研究所の職員のみが利用できる食堂ではダンジョンの外と変わらないほどのクオリティの食事が提供されるようになっている。つまり俺の提供した情報をうまく活用したという事だ。


「コホン。それが貴方方人間との懸け橋の一助になるのならその話を受けることも吝かではありません。ちなみに…そう、一応、聞いておきますが、その金銭と言うのは如何ほどのものなのでしょうか?」


「大体ですが、この辺りの金額を予定しています」


 そう言って小林さんが叩いた電卓には結構な桁の金額がはじき出されていた。やはり『ダンジョン協会』は金がある。いや、湯川所長が優秀であるからそれだけの予算が与えられているのだろう。日本の通貨の基準の知らないアウラさんが俺にこの金額はどれほどのものかと聞いてきたので「俺のあげたカップのラーメン数千個分ぐらい」と答えたところ、目を輝かせていた。やはり行き着く先は食い物なのか。


「この金額で出来れば口内粘膜や細胞、髪の毛と血液を少量でも構わないので頂きたいと思います。それ以上の検査などを依頼することになれば、さらに多くの報酬を支払いたいと思いますが…」


「分かりました。引き受けましょう!」

「ましょう!」


 言葉を重ねるように、アウラさんとライラさんが若干食い気味に言葉を返す。小林さんも小躍りでもしそうなほど上機嫌な様子であった。これぞwin-winな関係か。

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