第39話

「…エルフとの邂逅。そして交流ですか。にわかには信じがたい話ですが…」


「いやいや、嘘や冗談を言うなら、もっとそれっぽい話を作りますよ」


「そうでしょうね。ですがこの件に関しては、私の管轄の範囲を明らかに逸脱しています。とりあえず衆目を集めてしまっては事ですので、そのエルフの方々をこの研究施設内に招き入れることにしましょう。話はこちらで通しておきますので、寮の裏口から入って来て下さい」


 研究施設の正面入り口は一般人でも自由に出入りできるのでかなりの賑わいを見せている。そんな場所に『エルフ』が来てしまえば面倒事は避けられないだろう。そのため、わざわざ人気のない『寮の裏口』と指定してきたのだろう。


「分かりました。多分、4・5時間もすれば到着すると思いますので、よろしくお願いします」


 そう言って通信を切り、なんとか話が通ったことに安堵した表情を見せる剣持さんと、我関せずといった表情の2人のエルフと向き合った。…当事者なんだから、もっとなんか反応しろよと思わなくもない。


「と、言うことで、一応は話を通すことは出来ました。藤原さんは責任感の強い方で、信頼のおける方です。とりあえず、後のことは彼に任せておけば多分、大丈夫でしょう。それよりも問題となるのは…」


「彼女達の恰好の方ですか。顔はタオルなんかで隠すことが出来るでしょうが、彼女らの衣服は俺達の日本の物と明らかに様相が違いますからね。そこから彼女らの正体がバレることは無いでしょうが、万が一、いや、億が一の可能性でも消しておきたいところですよね。檀上さん、何か良い案はありませんか?」


「俺の用意した物資の中にフード付きの外装があります。それを着てもらえれば大丈夫でしょう。ただし1着しか用意していないので、もう1人の方をどうすればよいか…」


「あの…我々の姿を衆目にさらすことが、それほどの不都合があるのでしょうか?人間達の世界では、エルフとはそのような危険で恐ろしい存在と周知されているのでしょうか?」


 少しだけ不安そうな表情で俺に問うてきた。恐ろしい存在か…むしろそちらの方が楽だったかもしれないな。『エルフ』の姿を見た人々が逃げ出し、道を開けてくれるだろうからな。俺の予想では、『エルフ』の存在を見た人々は、その姿に魅了され少しでもお近づきになりたいと思うはずだ。物理的にも、交友関係的にも、だ。


「不都合があると言えばありますが、それは悪い意味ではなく良い意味だと思いますよ。貴方達エルフと言う存在は俺達のいた世界では空想上の存在ですからね。きっと歓迎されることでしょう。っと、そうだ!藤原さんに頼んで、兄弟子にフード付きの外装を届けてもらうことにしましょう!兄弟子なら、匂いを頼りに俺のところまで来るのは簡単でしょうからね」


 今回の場合、最大の問題になりうるのは俺達と身を隠すコートを持ってきてくれる人が上手く合流出来なかった場合であろう。その点、鼻の効くハヤテ君なら、俺の匂いも当然覚えているだろうから研究施設にある程度近づけば、問題なく俺の元までやってきてくれるはずだ。


「匂いでこちらの位置を正確に割り出すのですか?余程の腕利きの探索者みたいですね、その兄弟子と言う人は」


「腕利きかどうか分かりませんが、多分大丈夫でしょう。高い機動力も有していますし、何よりもエルフという存在の情報を他者に絶対に漏らさないという絶対的な信頼感もありますからね」


 人ではなく犬である。すぐに訂正しようかと思ったが、剣持さんをびっくりさせたいといういたずら心が芽生えてしまい、そのことをあえて指摘しなかった。藤原さんに連絡を取り、ハヤテ君に身を隠せるほどの外装を持ってきてもらうことにした。






「良お~~しよしよしよし」


 力いっぱい撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める兄弟子。兄弟子の背中には大きな布が紐によって縛り付けられていた。その布を広げてみると、ご注文の品である頭の先から足の先まですっぽり覆い隠せるほどの大きな外装であった。


 これなら『エルフ』達の姿を隠すことが出来る。まぁ、こんな大きな外装を着ていればパッと見は不審者であるが、『エルフ』達の正体を見られることに比べれば大した問題でもないはずだ。満足した気持ちでいると、艶やかな声が聞こえた。


「ダンジョウさん、この子可愛いですね!何という名前なんですか?」


「よしよし、いい子いい子」


 どうやら彼女らは持ってきた外装よりも兄弟子のほうに興味津々なようだ。若干ではあるが剣持さんが兄弟子を羨ましげに見ているほど兄弟子はチヤホヤされていた。もしかしたら、弓取さん達もこんな待遇で迎えられているのかな…そんなことを思った。

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