第14話.迎撃観測記録
観測された敵影は七。
聳え立つ塔から目映い白光の矢が飛ぶ。
続けざまに放たれる光の矢に残らず撃ち抜かれ、荒野に落下していくそれは、このところ出現数が増えてきた有翼の魔物だ。
五本の塔を等間隔に備えた白亜のサルザリア大壁の上、記録用紙を風に煽られながら果てなく広がるかのような魔境の荒野を睨み、対魔境軍白炎師団長バルドの側近、副師団長アルサスは「今日も、ですか」と一言漏らした。
「副師団長殿、このところ毎日こうですよ」
「ええ、記録は確認しています。だからこそ気になるんです」
「気になる、というと……?」
アルサスの指示で大壁上に配備した観測兵は何故自分たちが配備されたのかいまいち分かっていないようだった。嘆息、アルサスは砂塵に霞む荒野を睨む。
「以前の観測記録は定期記録しかありませんでしたから、正確な数は分かりませんが、私の予想が正しければ、最近は魔物の襲来数が以前より増えている」
「増えて、いると……」
「また、その中に見られる有翼の魔物の数は跳ね上がっていると考えていいでしょう」
光の矢の発射音――見ればまた、落下していく黒い影が複数。アルサスは肩を竦めた。
「監視塔の迎撃力は非常に高い。それは飛行する魔物相手に最も発揮されると言っても過言ではありません」
風にはためく観測記録を捲る。南海に喩えられる青い目を細めて、彼は溜め息をついた。
「魔境だってそれは承知のはず。それをわざわざ増やしてくるのですから、魔境側の意図が感じられます。何を考えているのやら……」
観測兵は未だよく分からない、といった呆け顔をしていたが、アルサスが「ありがとう、それではこれで。観測を続けてください」と身を翻したのへ慌てて「はっ!」と敬礼して見送った。
(……あからさますぎて怪しい。魔王め、何を考えているのやら)
魔境側を《外壁》として《内壁》と呼称される側に備えられた階段を下りながらアルサスは思案する。そうは言っても明確な答えが出ないことは分かりきっていた。
魔境の意図を捉えるには、人類には魔境そのものに対する知識が少なすぎる。
魔王についても、そう呼ばれる強大な魔物がいるということしか分かっていないのだ。魔境に王政が敷かれているのか、はたまた単なる称号なだけなのか、それすらも人類には分からない。
(ララ・シズベット。本当に魔境に逃れたのであれば、実に小賢しい娘ですね……)
魔力の残滓を捉える探知機を持たせた兵たちの調査により、ララ・シズベットが魔境へ向けて西の城塞山脈を登っていたことが分かった。
途中で魔物の群に遭遇したため、そこで調査は打ち切りとなったが、ララ・シズベットは魔境に向かったと考えてもいいだろう、というのがサルザリアの見解だ。
生きていれば、の話ではあるが。
そうしてすぐに調査記録をまとめ、ララ・シズベットの手配書を書き換えるか否かを議会に掛けたのが一月前。
人の手の及ぶ範囲へ逃げていれば、サルザリア大壁の秘密をどの程度知ったのか吐かせ、
しかし、魔境に逃れ、万に一つも無いと思われるが魔物側に立っていた場合、魔物として処断してしまった方が早い。
サルザリアの内側に囲い込まれ、サルザリア大壁を『サルザリア聖教国』だと信じ込まされている少女たちにその姿を見られるわけにはいかないのだ。
対魔境防衛戦線は、聖教国の姿を信じ切っている少女たちがいなければ成り立たない
監視塔に設置する呪物――『監視塔の聖女』は何百年も前、サルザリア大壁建設時に大陸中の国家が星術師を集めて生み出した人類の戦略兵器。
魔境と人類の領土とを隔てるこの大壁に設置された対魔物の固定砲台だ。
そしてそれを作り出すには、疑うことなく
だから、サルザリアの真実を知る者は
「はぁ……些か疲れましたね……」
アルサスは溜め息を漏らし、
――――――
「ただいま戻りました、バルド師団長」
「観測記録はどうだった、アルサス」
「魔物の襲来数の増加傾向、有翼の奴らの割合の増加、ね……」
「はい。何らかの意図が働いているように感じました」
「ふむ……」
バルドは癒えてきた火傷痕を指でなぞりながら低く唸る。この聡明な側近の疑問や懸念がいつも正しいことは長年の付き合いでよく分かっていた。
「……魔境側も、この云百年の膠着状態に嫌気がさしてきたのかもしれんな」
「…………」
「そろそろ我々人類も、打って出るときなのかもしれん」
「!! 師団長、それは……」
「――痺れを切らしているのはこちらも同じだ」
大陸の南の大地をほとんど呑み込んでいる魔境。バルドは壁に貼られた地図を睨み付け、挑戦的に笑った。
「次の議題が決まった。アルサス、召集を掛けろ。明日の午前中だ」
「――はっ、各方面へ通達します」
アルサスが素早く駆け出していくのを見送ってからバルドは窓の外を見た。監視塔から光の矢が飛んでいる。
「魔王――その首を獲るのはこの俺だ」
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