第一章 賢者、転生する

第1話 賢者、転生する

 ここは……どこだ……。




 視界がボヤける……なんだ……何があった。確か僕は……攻略に命をかけていた奈落の最下層まで突入して……そこから……あ、ヤバい……!


「おぎゃあぁぁぁ!」

「ようやく泣いてくれたー! もう死んじゃうのかと思ったよー!」


 無理やり声を出さされた!

 いきなり首元を叩くとか普通じゃないぞ! そこで見ている人がいるのなら助けてくれよって……アレ、この人達って誰なんだろう。


 よくよく考えてみれば……持ち上げられているよな。いや、確かにずっとダンジョンに籠っていたから軽いだろうけどさ。こんな背の低い女性が持ち上げられるほどの重さでは無かったはずだ。


 ……いや、そうか。そういえばそうだった。

 成功……したんだな。転生が……だけど、しっかり記憶まで引き継げるとは思っていなかった。多少の記憶の欠落はあれど大体が残っているのなら……完全に大成功って言えるだろうな。最初こそ、頭が上手く回らなかったけど思考が安定してきた。


 今いるのは……分娩室、なのかな。

 この人達は……誰だろう……。普通に考えれば転生した僕の両親だけど何故か多くいるし。僕を抱えているのは……えっと、金髪ロングの女性だよな。それに瞳がエメラルドグリーンなのも……もしかしてここって、ヨーロッパかどこかなのか……?


 いや、微かながら魔力は感じる。

 つまり、元いた世界での……いや、元いた異世界というべきか。その中で転生する事に成功したと見ていいだろう。ステータスは出せないが……それもスキルがリセットされたからかな。ステータスボードとかいう魔道具が無ければ普通は見れなかったはずだし。


 それにこの体……魔力量が多いな。

 その点で言えば転生体は大当たりかな。僕を抱きかかえる女性の魔力量も多いし、少し離れた場所に腰かける男性から発せられる威圧感はそれなりのものだ。執事らしき人も笑顔を浮かべながら警戒しているし手練に見える。


 それで僕が生まれた場所だけど……麻にしては頑丈そうな服だ。そして彩色も施されている当たりハズレでは無いか。窓から薄ら見える景色も畑や木ばかり。そこら辺を加味すると……田舎町の裕福な家庭は確定だろうな。産婆らしき女性が二人もいるあたり支払いも良さそうだ。


 それで……親と見られる二人には十字架類の宗教じみた物は持っていない。そこからして宗教が一番、土地に染み付いていないクーベル王国当たりが可能性として高そうだ。だとしたら、僕の宿敵とも言える国で転生してしまった事になるが……まぁ、王がゴミなだけで国民として生きる分にはマシな方か。


 それに強い人達の近くで生まれたという事は戦闘訓練もそれなりに積めるという事でもある。総合的に見れば……確実に良い場所で生まれたって言えるだろうな。


「ま、また静かになった! 誰か! 誰か私のアルフを助けてあげて!」

「お! ぎゃ! ぎゃ!」

「奥様! それ以上叩いてしまってはアルフ坊が死んでしまいますよ!」

「わ、分かったわ! それなら!」


 痛いの後に優しい温かさが包んできた。

 ふむ、これが飴と鞭と言うやつですか。確かにこれ程までに美しい女性に叩かれたとあれば少しも悪い気がしないな。……いや、それでも痛いものは痛いから喜べはしないけどさ。


「よかった! 回復ヒールが効いてくれた!」

「おぎゃあ!」


 ふつ、その歳で回復魔法とは……。

 僕の母親はどうやら魔法の扱いに長けるらしい。普通は聖職と呼ばれる職業にならなければ回復魔法や光魔法は扱えないはずなのだが……ますます、ここに生まれてよかったと思えるよ。


 仕方が無い、少しは泣いてやるか。

 この綺麗な母親の笑顔を消すわけにはいかないからね。それで他の人がいなくなったら訓練の開始だ。泣いたらあやすだろうし、そこで都合良く寝たようにしてやれば……って、あ、これヤバイかも……。


「おぎゃあぁぁぁ……」

「おやすみ、アルフ」








 ◇◇◇








 ふむ、一生の不覚なり。

 まさか、女性の腕の中があそこまで柔らかいとは思ってもいなかったぞ。あれだけの心地良さであればアルフの父が落とされたのも簡単に納得が行く。両親揃って美しいともなれば僕も将来的には綺麗な人として成長していくのだろう。


 と、冗談は程々にしようか。

 起きたタイミングが絶好の好機だったからな。部屋は薄暗く月光が室内を照らすだけ。他に人がいる気配も無い。ましてや、転生前の記憶や魔力操作のコツも理解している。……つまり、ここからトーマの、いや、アルフの転生生活が始まるのだ。


 まず何をするのか、それは簡単。

 魔力を無理やり放出し続ける。魔法を発動させるとかではなくて単純にMPをゼロにし続けるんだ。文献とかで読んだが魔力というものはゼロにすればする程、または近付けば近付く程に限界値というものが高くなるらしい。


 限界値っていうのは誰にでも与えられている上限みたいなものだ。例えばステータスと呼ばれる、その人の物理的、魔法的な攻撃力や防御力だったり、運の良さ、後は体力と称されるHPと魔力と称されるMPが分かったりする。それに加えてその数値がどれだけ高くなりやすいかを表す才能値も生まれる前に定められるんだ。


 元の僕なら物理面が弱いし強くならない代わりに魔法に関して比類無き才能があったっけ。そして成長期……この世界で言うと十五歳までの間がステータスの伸びやすい時期とも言われている。加えて限界値が伸びる最後の期間でもあるらしい。


 だから、大きくなるまでに魔力を切らす努力をし続ける。魔法の知識が残っているのだから魔法をより使えるようにした方がいいからな。命の危機とかもありはするけど……そこら辺は死んだ時に考えればいいさ。魔力が少なかったら魔法の知識があってもあまり意味は無いし。


 だって、僕の目的はあの奈落の攻略だ。

 これくらい普通にこなせなければ確実に攻略できないダンジョンだと考えていい。故に生まれてすぐだが死ぬ気で努力を続ける。……と、小便を漏らしてしまったな。なるほど、これが生理的現象なのか。気分も悪くて泣きそうだ。


おぎゃだがおぎゃぎゃそれを我慢しぎゃぎゃてこそ努力!」


 ああ、気分が悪くなってきた……。

 でも、これなら都合良く意識を失えそうだ。魔法の知識バンザイ……何もしなくても怒られない赤ちゃんの体バンザイ……。

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