門番とのやり取りで怪しまれる

※※※


「人の気配は……、とりあえず大丈夫」


 目的である人工物から1キロ位の辺り、かなりの上空でホバリングしながら、ミークは一旦左目の黒茶色から普段の紅い目に戻し、そしてスコープの望遠機能を用い、人工物の近くに見つけた小さな茂みの辺りに人影がないか、慎重に調べていた。


 そして茂み辺りには人の気配が無い事を確認出来たでの、一気にその茂みの傍まで飛んで行き、そして出来るだけ音を出さない様、そっとホバリングして地面に降り立ち茂みの中に身を潜めた。


「ふう」と一息ついた後、急に何処かをキッと睨み、怒り口調で話し出す。


「おいこらAI。さっきわざと捕まったでしょ」


 ーーやはり分かりましたかーー


「分からいでか! あんたが言語解析位で失念とかする訳ないでしょ! てかAIなのに失念っておかしいでしょ!」


 ーー心拍数が急上昇していますーー


「怒ってるからに決まってるでしょ! てかそんな情報今要らん! 普段心拍数とか言わない癖に! 全く、どうせ初の異世界人だから色々調べたかったんでしょ? だから密着させたんでしょ? てかそれだって左目のスキャンでも充分出来るじゃん!」


 ーー左目は右目同色にしていたので、スキャン機能が低下していました。よってあれが最適解と判断しました。それはともかく何故お怒りで?ーー


「私へ事前に相談もなく勝手にやったからでしょ! 万が一私に何かあったらどうすんの!」


 ーーそれは問題御座いません。私が護りますーー


「……AIの癖に何カッコいい事言ってんの」


 少し呆れながらも、普段どおりのAIの無骨な言い回しが少し可笑しかったミークはフッと呆れる様に笑みが溢れる。そのお陰で怒りは収まった。同時に、AIが発した、その何気ない言葉が胸に刺さる。


「護る、か。私は望仁を護れなかったんだよな」


 今更思い出しても仕方がない。後悔は先に立たない。それより何より、あの壊滅状態だった地球で生き残り続けたとしても、輝かしい未来があったとは到底思えない。それでも、つい自身の不甲斐なさを嘆いてしまったミーク。


 ふう、と一息吐いて気を取り直し、改めてAIに確認する。


「で? 何か分かった?」


 ーーあの男達に直に触れ、骨格や内臓等身体の組織を確認したところ、基本的にはほぼ地球の人類と同じでした。だた、1つだけ地球人と違う点が確認出来ましたーー


「違う点、とは?」


 ーー地球には存在しなかった未知の元素を、極少量ながらあの男達が体内に有している事が判明しました。そしてそれは、当左腕のエネルギー源と同じ物質の可能性大。整合性99.9999%ーー


「それ、多分魔素ってヤツだろうね。地球には存在無い、この世界にしかない元素だと思って良いよ。どうやらそれ使って魔法とか使えるんだって」


 ーーマソ? マホウ? 承知しました。この未確認元素を今後はマソ、魔素と呼び、その元素を使用する事をマホウ、魔法……、登録しましたーー


「ていうか人の身体の中に魔素とやらが入ってるんだ。それで魔法が使える、と言う事なのかな。て事は……、ねえ、私の身体の中に魔素はある?」


 ーー御座いません。0%、健康体です……。いえ、正確に言えば左腕にのみ、エネルギー充填時魔素を含有し続けていますーー


「成る程。私の身体の中には魔素ってのは無いけど、左腕のこの機械の腕にはエネルギーとして存在している、と。で、さっきの男達は魔法とか使ってる感じしなかったけど、魔素ってのは持ってんだ……。もしかして私も、この左腕を使って魔法使えたりするのかな?」


 ーー分かりません。その問いに答えるには、魔素や魔法について詳細を調べる必要がありますーー


 ふむ、成る程。と独り頷くミーク。


 ……じゃあこの世界の人達は全員、魔素を身体の中に持っているのかな? 魔法を使えるかどうかは別にして。そもそも魔法ってどんなんだろ? 昔読んだ事のあるファンタジーな小説みたいな感じ? 火や氷を何もないところから出したり、岩を動かしたり風を作ったり、そしてそれを使って敵を攻撃したりする、みたいな? この世界の魔法もそういうのかな?


 確かに詳細を調べないとさっぱり分からない、と思ったミークは、機会があれば是非調べようと心に決めた。


「だって魔法って何だか神秘的じゃん?」


 出来たらどういう物なのか見てみたい。可能なら自分も使ってみたい。初めてこの世界に来たのが楽しく思えたミーク。


 とにかくそろそろ人工物まで行ってみようと、そっと茂みから立ち上がる。


「あ。左目を右目と同じ色にしとかないと。きっと中には人がいるだろうからね」


 ミークがそう呟くと、AIが了解、と返事してすぐ、さっきまでの通り左目もミークの右目同様、黒茶色の瞳に変わった。


 その人工物はレンガを積み上げて出来た大きな壁だった。ミークが隠れていた茂みの近くには、先程ミークが歩いていた、土を押し固めただけの舗装道路の続きがあり、その先はアーチ型の入口になっていた。


 遠くからスコープで確認していたのでこの形状は分かっていた。きっと中には人がいる。事前にスコープで中を確認する事は可能だったが、ミークは敢えてそれをしなかった。折角人に会えるのに、事前に分かってしまうとつまらないと考えたからだ。


 勿論先程の男達の様にいきなり攻撃を仕掛けてくる可能性もある。だが、そうなった時は戦うか逃げれば良い。


「……この世界の人達の武器とか全部知ってる訳じゃないけどね」


 誰かに言い訳するかの様に独り呟きながら、ミークは歩を進める。


 壁の高さは15m程、アーチの高さは5m程。その入り口には皮の鎧を着た門番らしき2人の男が槍を持って立っていた。


 そのうちの1人がミークを見つけた。だが、何やらぼーっとしている。不思議に思ったもう1人が声をかける。


「……? おい、どうした?」


「あれ……」


 と、惚けた感じで指さした先のミークを見て、もう1人もハッと息を飲む。2人はミークの美貌に見惚れてしまっていただけだった。


 そんな事を露程も知らないミークは、初めての普通の異世界人を目の前にして、ワクワクと緊張が入り混じりながらも、ちゃんとコミニュケーションを取ろうとゴホン、と咳払いをしてから門番2人に近づき声をかける。


「あ、あの~、えーっと……、ちょっと良いですか?」


「「……」」


「? あ、あの~?」


「ハッ! す、すまない! ど、どうされた?」


 1人が漸く慌てて返事をする。首を傾げながらもミークは「ここ来たの初めてでして。ここは何処ですか?」と質問する。


「……こんな辺鄙なところに1人で来たのかい?」


 もう1人が驚いた様子で聞くと「えーと、そうです」と気まずそうに答えるミーク。


 その様子を見て門番2人は互いに顔を見合わせ、1人が入り口の中に入って直ぐ出てきたと思うと、ドッジボール位の水晶の玉を持ってきた。


「お嬢さん。この水晶玉に手を当てて貰えるかな?」


 少し緊張した面持ちとなった門番にそう言われ、ミークは不思議そうな顔をしながら「分かりました」と答え素直に応じ右手を当てる。


 すると水晶玉はほんのり白く光り出す。それを門番2人は食い入る様に覗き込むも、少しして、「大丈夫。犯罪者登録は無い様だ」と1人が呟いた。


「見た目麗しいお嬢さん、どうやってここまでやって来た? その姿からして冒険者みたいだけども。一体どんな用事で?」


「君みたいな美しい女性が1人でこんなとこに来るなんて、ある意味異常事態だよ」


 2人から容姿を褒められちょっと恥ずかしくなりつつも、一方でどう答えるべきか悩み押し黙ってしまうミーク。


「そ、そんなんで犯罪歴とか分かるんですね」


 はぐらかす様に門番に話しかけるミークだが、2人は尚の事訝しがる。


「……この水晶玉を知らない? 町から町へ移動する際は必ず確認するから、知ってて当たり前の筈なんだが」


 1人がそう言うと、もう1人が明らかに警戒心を顕にしながら槍を構え、刃先をミークに突き立てる。


「君は何者だ?」


「お、おいちょっと待てよ! 水晶が反応しなかったんだ。別段問題無いだろう? それに冒険者なら色々事情があっても詮索しないのが暗黙のルールじゃないか」


 もう1人が慌てて諫めると、やや不満気な顔をしながらも槍を収める。それを見て諌めた門番とミークは同時にふぅ、と息を吐く。


「君、世間の常識とかに疎いみたいだから、俺もうすぐ仕事上がるし、この町を案内しながら色々教えてあげるよ」


 そう言ってニカっと笑う1人の門番。もう1人が「あ! おい! ずるいぞ!」と怒り出すも、


「そもそも無駄に警戒して槍を突き立てたのに、謝罪さえしないその不遜な態度で、女性をエスコート出来るとでも思ってるのか?」


 言われた門番は無言で睨みつけるも、「こうやって縁を逃さないようにするんだぞ」としてやったりの顔で言い返す。


「あ、あのー……」


「ああ、ごめん。俺はリケル。君の名前は?」


「あ、えーと。大島美玖、です」


「オオシマミク? えらく長くて変わった名前だな」


 長い? 日本人の名前でも短い方だと思うけど。と、ミークは思いつつも、それじゃあ、と「じゃあ、ミーク、と呼んで下さい」と訂正した。


 ……もう、私をミークと呼んでた望仁は居ない。大島美玖が長いなら、この世界ではミークと名乗ろう。


 ミークはそう決め、これからは大島美玖を名乗るのを止める事にした。

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