THE STORY OF『Beginning』〜半月夜の雷鳴〜

EP13『半月夜の雷鳴』上ノ編

       今から五年前。


 太陽が容赦なく照りつける炎天下。

海面が空の青に反射し、波が砂浜へ流れる。


焼けた砂浜の上には、上半身の肌をさらけ出した青髪の男が、腕立て伏せの構えをとった状態で停止している。

筋肉が浮き出る美しい裸体からは、吹き出した汗が滝の様に流れ落ちる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


荒々しい息遣いから、男の苦痛が伝わってくる様である。

そして男は心の中で秒読みをする。


(五十六……五十七……五十八……五十九……)


刹那、海岸に獣の雄叫びの様な音が響いた。


「ろくじゅぅぅううううう……!!!」


青髪の男は空に向かって叫びながら、焼けた砂の上にダイブした。


「あっちぃいいいいいいい……!!!」


しかし、灼熱の砂浜ゆえに肌を焦がし、思わず瞬時に飛び起きると、勢いよく海を目掛けて駆け出した。



「なにやってんだ?あいつ……。」


そう呟いたのは青髪の男と同様、半裸の姿で顎髭あごひげを生やした体格の良い男だ。

その隣には、オレンジ色の髪をした男が座り、海の中にダイブする青髪の男を指差して笑う。


「ぎゃははははは!あいつ、また『合左衛門がっさえもん』先生にどやされるぞ!」


オレンジ頭の男は、白のタンクトップに、他の者と同様の短パンを着用している。



     「瀬田せだぁぁあああ!!!」


するとその時、彼らの背後から突如姿を現したスキンヘッドの男が、海にダイブした『セダ』に言い放つ。


「こっらぁ!瀬田せだぁ!お主は勝手に何をやっとるんじゃあ!」


白髭を生やしたふんどし姿の男の怒号に反応し、セダは海面から勢いよく飛び上がる。


「だからセダじゃ無くて瀬田せただって言ってんだろ!もうボケが進んでんのかジジィ!」


「教師に向かってジジィとはなんじゃ!こんの愚か者がぁ!」


いがみ合う彼らを傍観する二人は、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。


「『ダン』、お前も混ざってきたらどうだ?」


「馬鹿野郎。合左衛門先生に反抗したところで何の得も生まれやしねぇよ。ただでさえハードな特訓メニューが更に過酷になるだけだ。」


「確かに……。」


「それになぁ『イブキ』……、これを乗り越えれば、お楽しみが待ってるかもしれんぞ?」


「ん?」



その時、何かが二人の間を勢いよく通過した。

二人は遅れて反応すると、そこには伸びきったセダの姿があった。

ダンとイブキは目を細めてセダを見つめる。


「あーあ。派手にやられたなぁ。」


「大丈夫かぁ?先宮寺せんぐうじ。」


二人の呼びかけに対し、セダは倒れたまま右手を伸ばし、握った拳の親指だけを突き出した。




 森林に覆われた一軒の古びた旅館。

玄関には女将おかみと思わしき老婆が立っている。


「おかえりなさいまし。『波動士』の皆様。」


女将の前には合左衛門ひきいる三人の生徒の姿があった。

皆はそれぞれタンクトップに短パンと、猛暑をしのぐ為の格好に、大きなリュックを背負って立ち尽くしている。


すると女将は合左衛門に向けて語りかける。


「『支那柳しなやなぎ』様、お連れ様が既に到着済みです。先に部屋へ案内させて頂きました。」


かたじけない。」


合左衛門が会釈をすると、セダの隣に並ぶダンがイブキにアイコンタクトを送った。


「ん?」


イブキはダンの行動の意図が読み取れず、思わず問うた。

ダンはイブキの耳元に接近し、ささやいた。


「『京子きょうこ』ちゃんに会えるぞ。」


「……!?」


イブキはあからさまに頬を赤め、目を大きく開いた。



 案内された部屋の扉を女将が開ける。

四人が泊まるには申し分ない広さの和室が視界に飛び込んできた。


「ごゆるりとお過ごし下さいまし。」


女将に釣られ、四人は会釈する。

すると合左衛門は、女将のあとに続いて歩き始めた。


わしは隣の部屋じゃ。あまり騒がしくするでないぞ?」


威厳のある言葉に自ずと三人の背筋が伸びる。

彼の姿を、彼が部屋に入るまで見届けた。

扉が閉まると、三人は目を合わせ、静かに拳を握りしめた。


「……よしっ!」


セダの言葉が合図となり、三人は部屋の中へと駆け出した。

背中に担いでいたリュックを無造作に投げつけると、目の前に広がるたたみの上に転げ回る。


「っだぁぁあああ!やっと気が休まるぜぇ。」


セダは大の字になって天井を見上げた。

後に続き、ダンとイブキが寝転がる。


「一番の至福の時だなぁ。」


「そりゃ大袈裟だろ!」



その時、部屋の扉が開く音がした。

三人は寝転んだまま同じ方向に首を曲げると、その中で一番、扉側に近いイブキが目を大きく見開いた。


「きょっ……!?」



「なぁんだぁ。思ったより元気そうじゃん。」


気の抜ける様な可愛らしい声の主は、イブキの瞳に輝いて映った。


「京子ちゃん……!」


茶色いボブヘアーの女は、灰色の制服に身を包んでいた。


「『王沢おうさわ イブキ』!私の顔になんかついてる?」


「あっ……いや、そう言うわけじゃなくて。」


イブキは顔を赤らめ、京子から視線を逸らす。

するとダンは起き上がり、彼女に語りかける。


「京子ちゃん一人か?」


「『ゆうちゃん』なら、先にお風呂入り行ったよ!」


その言葉に反応し、セダが跳ねる飛び魚の様に起き上がった。


「なんだとぉ!?俺たちはやっとの思いで宿に着いたってのに!」


瀬田せたくんも入ってきたら?ゆうちゃんも楽しみに待ってると思うよ!」


京子が渾名あだなで呼ぶ者に対し、セダは嫌悪感を滲み出しながらそっぽを向いた。




 大広間に用意された豪華な懐石料理。

浴衣姿のセダを先頭に、同じ物を召したダンとイブキが入室する。


「あ?」


突如セダは、眉間にしわを寄せながら、ある人物を睨み付けた。

それは席に座る黒い長髪の男であった。


「なんだい?セダ……僕の顔に何か付いてるのかな?」


浴衣姿のその男はセダを挑発する様に言った。


「おう『影道かげみち』……てめぇの顔にウンコでも付けてやろうか?」


次の瞬間、セダの頭部に強い衝撃が加わった。


「あいたぁっ……!」


咄嗟に振り返ると、拳骨を振り下ろしたあとの合左衛門が立っていた。


「馬鹿者っ!飯時めしどきに汚い話をするでない!」


「あっはははははは!」


影道はセダを指差し大笑いした。

それに釣られ、合左衛門の隣に並ぶ京子を含め他の生徒たちも笑みを見せた。


セダは京子を指指して言い放つ。


「『鮎河あゆかわ』!お前は笑うな!」


「ごめんごめん!二人とも仲良いなぁと思ってつい……」


「「どこがだよ!」」


セダと影道は声を揃えて京子を睨んだ。

しかし次の瞬間、二人の頭上に隕石の様なかたまりが落下した。


「ぶへっ!」


「おがっ!」


それは合左衛門による両手の拳骨であった。


「やかましい!罰として今日の見回りはお主ら二人じゃ!」


「「はぁ……!?」」


再び揃った二人の声に、京子は口元を押さえて微笑んだ。



 

 夜空に無数の星が散らばっている。

半分に欠けた月は、暗い森を照らしている。

地面には、草履ぞうりで歩いた跡が残っている。

歩いていたのはセダと影道の二人だ。

セダは両手を後頭部に回し、ぶっきらぼうな態度で歩く。

影道はそんなセダから少し距離を置き、俯きながら歩いている。


ふとセダが呟いた。


「なんでお前なんかと見回りなんだよ。」


それに対し影道が返す。


「それはこっちの台詞だ。君が僕を巻き込んだんだろ。」


「お前がガン飛ばしてきやがったからだろ。」


「そんな覚えはないね。暑さで頭がおかしくなったんじゃないのかい?」


その言葉に対し、セダは鋭い眼光を影道に飛ばした。


「だいたい……鮎河はかく、なんでお前が『特進クラス』なんだよ。」


嫌味を込めて言い放った言葉に、影道は堂々とした態度で返した。


「文句があるなら合左衛門先生に言ってくれないかな。それか、君自身がもっと努力して上がってきたらどうだい?」


影道の反論には何も言い返す言葉が無かった。

ゆえにセダは奥歯を強く噛み締め、込み上げる怒りを何とか抑え込もうと試みる。

やがて二人は決別する様に背を向け合った。


「俺ぁこっちを見回る。着いてくんじゃねぇぞハゲみち。」


「言われなくとも。くれぐれも愚鶹霧グルムには気をつけなよ……。」


影道は京子の口調を真似て言い放った。

セダは親指を突き立てた右手を下に向け、二人はそれぞれ別々の夜道の中へと消えていった。




 雲の隙間から顔を覗かせる半月は、それを見上げる合左衛門を照らす。

海岸に立ち尽くす合左衛門は、背後から忍び寄る影に反応し、ゆっくりと振り返った。


「……お主は……」


その視線の先には浴衣姿の京子が立っていた。


「鮎河か。何用じゃ?」


京子はどこか不安げな表情を浮かべている。


「夜風に当たりたくなって……。先生こそ……どうされたんですか?」


わしは海を眺めに来ただけじゃよ。」


そう言うと合左衛門は、再び正面を向いた。


しばらく波の音だけが続いた。

その静寂を破ったのは合左衛門の方であった。


瀬田せだのことが心配か?」


「……え!?」


突然の合左衛門の言葉に、京子は顔を赤面させ思わず動揺する。


「なっ……なんで……」


「お主が奴のことを気に掛けてくれている事は知っておる。お調子者で不真面目な本人は気付いておらんようじゃがな。」


「はぁ……やっぱり。」


京子は肩を落とし、合左衛門の隣にゆっくりと歩み寄る。


「……いいんです。気付かなくても。」


そう言って京子は夜空を見上げた。


「これは私のただのお節介です。勝手に心配して、勝手に不安になって、勝手にへこんで。」


弱々しくなる京子の声に、合左衛門はただただ黙ったままそれを聞いた。


「幼馴染だからですかね。こういうのって。」


京子の問い掛けに対し、合左衛門は静かに口を開いた。


「鮎河よ……お主が心配せんでも、奴はちゃんとやっておる。目には見えんじゃろうが、この『一期生』の中で誰よりも闘志を燃やしておるじゃろう。」


「瀬田くんが……?」


「『幽玄坂ゆうげんざか』に先を越された事が余程悔しかったんじゃろうな。わしらの見えん所で奴は奴なりの努力をしておる。」


そう告げた合左衛門の瞳は、全てを見通す様な真っ直ぐな目であった。




 合左衛門の言葉を証明する様に、セダは暗闇の森で一人、雷の波動を身にまとい、奮闘していた。


「はぁ……はぁ……」


セダの目の前には、切り倒された大木が無数に転がっていた。


「はぁ……はぁ……まだまだ……」


するとセダは右の拳を前に突き出し、それを左手で固定した。

右手には青色の雷が集中し、球体の形にとどまっていく。


「よしっ……!」



 刹那、セダの目の前は一瞬にして爆煙に包まれた。


「……なっ!?」


驚いた反動で、右手の雷が膨張した。

そのまま地面に尻餅をつくと、咄嗟に正面へと視線を向けた。


「……なっ……!?」


セダは徐々に晴れていく煙の先に、驚きの光景を目の当たりにする。



「……グルルルルルル。」



喉を鳴らす禍々まがまがしい影に、セダは思わず唾を飲み込んだ。



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード

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