THE 6th STORY『特別任務』

EP11『特別任務』前編

 机に着席する三人は、教壇に立つセダに視線を集める。


「さて……一宮君が波動を使えるようになったところで、俺は君達に『特別任務』を与える事を決めた!」


「特別任務……?」


乃蘭のらんが問い掛けた。



「三人での愚鶹霧グルムの制圧。これは昨日の、乃蘭ちゃんと夢月むるちゃんの活躍もあっての判断だ。」


三人は同じ様に驚いた。


「三人だけでの……任務……」


「本当に大丈夫なんですか?こいつ。」


「乃蘭ちゃんと同意見です。波動が使える様になったとは言え、一宮君は私達よりも波動士として未熟です。それに……」


夢月は続けて何かを言いかけたが、セダがそれを遮った。


「大丈夫だよ。一宮君は強い。なんせ、この俺をぶん殴る程だからねぇ。」


嫌味の込められたその言葉は、暁人あきとの笑顔を引きらせる。


「それに、俺もそろそろ『新国会』に顔を出さなきゃ、政治家じいさん連中にどやされちゃうからさ。」


軽快に話すセダとは裏腹に、三人は神妙な面持ちで彼を見つめる。


するとセダは小さく息を漏らすと、教壇を下り三人の前に立った。


「いずれ君達も、俺の手を離れて立派な波動士に成っていくだろう。それが先のことなのか、今なのかの違いだ。」


優しく諭すセダに対し、乃蘭は反論する。


「でも、いくらなんでも早過ぎるんじゃ……」


するとセダは、乃蘭に満面の笑みを浮かべて見せた。


「三人だけでの任務なら、報奨金バウンティも跳ね上がるよぉ!」


それに対し、乃蘭は目を細めてセダを睨んだ。

夢月はそんな彼女の事を、思い詰めた表情で見つめていた。




 廊下を並んで歩く三人。

乃蘭は不機嫌な態度で窓の外を見つめる。

夢月はそんな彼女を気にかけながら歩く。

そして暁人は、落ち着かない様子で他クラスの教室を見渡している。

その様子に気が付いた夢月は暁人に語り掛ける。


「そう言えば……まだ校舎の中を案内した事がありませんでしたね。」


「あ、うん。意外と広いんだなぁって思って。

……ねぇ、波動士って全部で何人いるの?」


「正確ではありませんが、二百人程度かと。」


「そんなにいるの!?」


「ですが私達の様に、五大波動士の元で指導を受ける者はごくわずかです。大体は波学が設計したカリキュラムにもとづき、卒業した時点で一人の波動士としてカウントされます。生憎あいにく、フォルテ愚鶹霧グルムによって殺害された十六名の波動士は、全て後者です。」


「どうして全員が五大波動士の指導を受けられないの?」


暁人は悲しげな表情を浮かべて夢月に問う。

しかし、それに答えたのは乃蘭だった。


「人手不足よ。五大波動士は字の如く、五人の大きな力を持つ波動士。いくらその人達が強いからって、何十人って数の面倒を見ながら任務を遂行するのは、現実的に考えて無謀過ぎる。それに、いざって時に直ぐ動けないってのも、難点の一つに挙げられる。」


「そうだったんだ……。」


乃蘭の説明に納得した様子で、暁人は静かにうつむいた。

すると今度は夢月が口を開いた。


「私達は人類にとっての希望なんです。たまたまなのかもしれませんが、人より優れた能力を開花させ、セダ先生に教えをう事が出来る。」


夢月の言葉は、二人の心に響いていた。


「私は、この力で沢山の人を救いたいです。」


並んで歩く三人の瞳は、真っ直ぐ同じ方を見つめていた。




 精密機器取扱室


 鋼色の壁で覆われた室内に、自動ドアを開け三人が入室する。

先頭を歩いていた乃蘭と夢月は、入るなり誰かに呼び掛ける様に言い放つ。


「失礼しまーす。『美聖みさと』先生、瞬間転移装置貸して下さーい。」


「度々すみません。」


二人が語り掛けた先には、車輪の付いた椅子に腰掛ける一人の女性の姿があった。

桃色の髪を一つに束ね、黒縁眼鏡をかけた白衣姿のその女性は、二人の声に反応し、振り返る様に椅子を回転させた。


「なぁに?また任務?」


女性は、たわわに実った大きな胸を、前に組んだ両腕に乗せて強調させる。

はち切れんばかりのそれに、二人は自らの胸へと視線を落とす。


すると女性は、二人の背後に立つ暁人の姿に気が付いた。


「あら、もしかして噂の特別入学生くん?」


色気をにじませた優しい問い掛けに、暁人は思わず顔を赤らめた。


「あっ……はいっ!一宮 暁人と申します!」


「一宮君かぁ……可愛いわね。」


そう言うと彼女は更に胸元を寄せ、上目遣いで暁人を見つめた。


「私は『鶴巻つるまき 美聖みさと』。よろしくね。」


その妖艶ようえんな姿に、暁人は目のやり場を失う。

するとそんな暁人を見兼ねてか、夢月は軽く握った右手を口元に当て、咳払いをした。

そして乃蘭は目を細めながら言った。


「西地区三十八番の廃墟に三名の転移をお願いします。」


「西地区三十八番ね……了解!それじゃあ装置の中に並んでちょうだい!」


乃蘭と夢月は、女性の側に設置されている透明なガラスケースのカプセルを開け、中に入る。

すると暁人は、不思議そうな表情を浮かべながらそれを見つめていた。



「何やってんのよ。早く来なさい。」


「そう言えば、一宮君は初めてでしたね。」


夢月の言葉に対し、暁人は激しく何度もうなずいた。

すると美聖は、そんな彼に対し語り掛けた。


「この瞬間転移装置は、移動したいポイントに移動したい人間の波力を送り、その人間を瞬間的に分子レベルへと変換させ、瞬間転移させる事が出来る装置よ。」


「分子レベルって……そんな事が……」


「装置内には、人間のあらゆる細胞を保護する特殊な波力の光が内蔵されているわ。例え転移が失敗する様な事があっても、体は必ず元に戻るから安心して。」


美聖の説明に、暁人は唾を飲み込んだ。

そして二人に視線を向けると、ゆっくりと足を進めた。



「それじゃあ、瞬間転移装置を起動させるわ!三人共、健闘を祈る!」


そう告げると、美聖は手元に備え付けられているレバーを、手前に勢いよく引いた。

その瞬間、装置内に入った三人を包む様に、緑色の光が足元から出現した。

光はやがて視界を遮り、美聖の姿を隠した。




 曇天の空が、廃墟の不気味さを際立たせる。

窓ガラスは無造作に割られ、建物自体にヒビが入っている。

ここに愚鶹霧グルムが現れたと聞いて、疑う者は居ないであろう。


そこは恐らく学校であった場所だ。

辛うじて確認出来る校門の表札は、最後の文字である『校』の字のみを残し、あとは出鱈目でたらめに崩れ去っている。


そんな廃墟の入り口に、緑色の光が出現した。

円錐形えんすいがたを成したそれは、次第に三人の姿をあらわにする。

乃蘭と夢月は、地上に降り立つや否や、辺りを捜索する様に見渡した。

対して暁人は、地面の中に消えていく光を最後まで見つめていた。


「……ほんとに瞬間移動した……」


未だに信じ難いこの現象に、かなり驚いた様子である。

すると乃蘭は大きな溜め息を吐き、暁人の背中を強く叩いた。


「いでぇっ……!」


「しっかりしなさいよ!今回はセダ先生がいないんだから、自分の命は自分で守んなきゃいけないんだからね!」


乃蘭は強く言い放った。

暁人は自信なさげに目を横に流した。


「わかってるよ……。」


その様子に、乃蘭は更に怒りを増幅させ、再び右手を振りかぶった。

しかし唐突に口を開いた夢月によって、その手は抑えられる。


「セダ先生がいない以上、無理な戦闘は避け、危険と判断すれば、撤退も視野に入れておきましょう。それに、またいつ愚鶹霧グルムの群れが現れるか分かりませんので。」


夢月のその言葉に、二人の表情が強張る。


「縁起でもないこと言わないでよね……。」


愚鶹霧グルムの群れなんて……勝てっこないよ。」


「安心して下さい。万が一の場合は、鶴巻つるまき先生に私達の波力を送ると、『強制送還』にて戦線を離脱出来ます。」


そう言って夢月は、右手に持ったリモコンの様な小型の機械を二人に見せつけた。

それに対し、暁人が問う。


「それは……?」


「瞬間転移装置の手持ち版みたいな物です。」


しかし二人は、それでも表情を強張らせたままだった。

その様子から、夢月は小さく息を漏らし、優しく微笑んだ。


「いいですか?確かに、三人だけでの任務は、それなりのリスクがともなうのかもしれません……ですが、この三人ならばどんな困難だって乗り越えていけると、私は思っています。」


「夢月……」


「夢月ちゃん……。」


「乃蘭ちゃんの言う通り、自分の命は自分で守らなければいけません。ですが……」


夢月は真剣な眼差しで二人を見つめた。


「私は……二人の命も守りたいです。」


その言葉に、二人はようやく笑顔を取り戻した。


「ったく……アンタは真面目なのよ。」


「夢月ちゃんって、見た目の割に意外と情熱的だよね!」


「どう言う意味ですか?」


「そのまんまの意味でしょー。ほら、さっさと行くわよ。」


乃蘭は冷めた態度で廃墟に向かって歩き出した。

それを追う様に暁人が駆け出す。

一人取り残された夢月は、少し間を置き、頭の中を整理させる。


「情熱的……」


そう呟くと、夢月は二人の背中を追いかけた。


三人は廃墟の入り口に立ち、待ち構える暗黒の世界に目を凝らす。


真ん中に立つ夢月が、強い意気込みと共に闘いの火蓋ひぶたを切る。


 「これより、特別任務を開始します!」




   【THE 6th STORY『特別任務』】




 木目調もくめちょうの古びた床がギシギシと音を立てる。

辺りは真っ暗で、そこが以前まで学校であったことなど確認する余地も無い。


三人は辺りを警戒しながら、建物の中を進んで行く。


「気味が悪いね……。」


「廃墟……ですからね。」


「うっ……なんか変な臭いするぅ……」


乃蘭は右手で鼻の先を摘んだ。

それに対し夢月は、平然とした表情で辺りを見渡すと、前方に何かを発見する。


「二人とも止まってください。」


静かに言い放つと、二人はそれに従い足を止めた。

そして夢月の視線を辿たどった。


「……!?」


その時、二人は大きく目を見開いた。

そこにあったのは、巨大な体で廊下を塞いでいたメゾ愚鶹霧グルムの姿だ。


「グルルルルル……」


「で……でたぁぁあ……!」


暁人は激しく動揺し、大きな声を上げる。

それに対し、乃蘭と夢月は静かに構えた。


「当たり前でしょ。何しに来たのよアンタ。」


乃蘭は両手を前に合わせ、体に雷をほとばしらせる。

夢月は両手の拳を握り締め、前に構えた。


「一宮君、特訓の成果見せてもらいますよ。」


二人の言葉に反応し、暁人はようやく拳を前に構えた。


「僕だって……」


小さく呟くと、目の前の怪物へと視線を向ける。



「二人とも行きますよ!」


夢月の合図と共に乃蘭は勢いよく駆け出した。

廊下のはじと端を、夢月と乃蘭がそれぞれ駆け抜ける。


「乃蘭ちゃん!私達は揺動を!」


「はいはい!」


軽い返事を返すと、乃蘭は力強く跳び上がり、天井に右手をついた。


「はぁぁあああああ……!」


勇ましい声と共に、雷を帯びた右手が、天井を削りながら愚鶹霧グルムを目掛けて振り下ろされた。


      「『雷のトニトロス鉤爪クロウ』!」


巨大な雷のやいば愚鶹霧グルムに襲い掛かる。

しかし愚鶹霧グルムは素早い動きでそれをかわすと、前方に向かって駆け出した。


「くそっ……!」


空振りに終わった攻撃に悔しさを隠せずにいる乃蘭は、左側から攻める夢月の方へと視線を移した。

夢月は前方から向かってくる愚鶹霧グルムに対し、速度を緩めること無く突き進む。

対する愚鶹霧グルムは勢いよく猛進する。


「グォオオオオオオ……!」


激しい咆哮は、未だその場から動けずにいる暁人の表情を強張らせる。


「夢月ちゃん……!」


暁人の叫び声と共に、いよいよ二つは衝突の時を迎えた。


その時、夢月は左腰から刀を抜刀するかの如く、右腕を左腰の位置から勢いよく振り上げた。


      「『水の刀身アクア ブレイド』」


静かに放たれたその攻撃は、愚鶹霧グルムが夢月の体を追い越すと同時に、両足を綺麗に切断した。


「グォオオオオオオオオオオ……!」


激しく絶叫する愚鶹霧グルムは、そのまま木目調の床を滑る様に前進する。

その先には一人立ち尽くす暁人の姿があった。

夢月は振り返ると、暁人に向かって叫んだ。


「一宮君!とどめを!」


その声に反応し、暁人は右手の拳を強く握る。


「僕なら出来る……僕なら出来る……」


自らに暗示を掛ける様に何度も呟き、迫り来る愚鶹霧グルムに鋭い眼光を飛ばした。


「よし……!」


気合いを入れ、地面を強く蹴った。

暁人の体から赤い波力が溢れ出す。

出鱈目でたらめに放出されたそれは、次第に右の拳に集められていく。

乃蘭と夢月は、初めて目にする暁人の波動に、興味を示す。


「あれが……一宮の……」


「一宮君の……波動……」


竜巻の様に渦巻く波力は、暁人の拳を完全に覆い尽くした。


「いっけぇえええええ……!」


全身全霊で放たれた拳は、愚鶹霧グルムの胴体に直撃した。



     【…Toトゥー Beビー Continuedコンテニュード

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