泣いちゃった

 孤独な学校生活が終わったら、また道場に通ってしごかれる。

 入門してから、二週間が経った。

 初めて、防具を付けたのだが、これが苦しかった。


 顔面が両側から圧迫されるのだ。

 頬が苦しいのではない。

 のだ。


「ぐ、ぎぎぎぎ……」


 無我夢中でやっていたから、防具などの説明を受けたはずが、聞き流してしまう始末。それもそのはずで、サラはとっくに限界だった。


 狭い道場の両端に國井とサラが立ち、声に従って礼節を習う。


「バカヤロウ! 一礼して入るんだよ!」

「ひ、ひいっ!」


 ペコペコ頭を下げて、入る。


「何で二度も礼をしちゃうんだよ。これから戦う相手にビビってどうすんだ! オラァ! もう一回!」


 ブルブル震えながら、再び礼をする。


「面と小手、胴。この三つは教えたろ。おら、打ち込んでこい」


 教えた、と言っても『どの部位か』と、『振り方』を教わっただけだ。

 当然、たった二週間だけしか経っていないので、ズブのド素人と何も変わらないサラは、「打ってこい」と言われて戸惑う。


「どした?」

「え、ど、どこに打つんですか?」

「んなもん、お前が打ちたい所に打ってこいよ」


 國井の場合、さすが教えられるだけの器量があり、正中線が真っ直ぐである。


 姿勢は綺麗なもので、向けられた竹刀の先はサラの喉元と同じ位置。

 対して、サラは竹刀の先端が上下に揺れて、足腰がぎこちなかった。


「おら、こい!」

「は、はぇ! ほああああっ!」


 面を打とうと、足元覚束ない様子で踏み込むと、乱暴に竹刀を弾かれた。代わりにやってきたのは、怒鳴り声以上の掛け声と頭への衝撃。


「なんだよ、その気合は! ヤギでも飼ってんのか!」

「ほえぇぁああああっ!」


 再び、踏み込むとまた竹刀を弾かれ、面を乱暴に打たれる。

 その後、何度も掛かって打ち込もうとしても、竹刀を乱暴に弾かれては頭を叩かれ、手を叩かれ、がら空きになった胴には鋭い衝撃が走った。


 竹刀が防具を叩く音は、室内から漏れて、外に響くほどだ。

 弾ける音と共に全身に走る衝撃は、確かにサラの肝を潰していく。


「ひっぐ。ぶえぇ、ぐぬっ」

「おい」

「んぶええええええぁあああああっ!」


 怖すぎて泣いてしまい、國井が構えを解いた。

 仕方ない、と言った様子で頭を掻き、面金めんがね(顔を守る格子の部分)越しに、サラの顔を覗き込んだ。


「泣くなっての!」

「だっでぇ! 臭いし、きついし! 全然カッコ良くない!」

「……おまえな」


 先に面を取ると、続いてサラの面紐を解いてやる。

 露わになったのは、白い肌がピンクに染まったサラの泣きっ面。

 目の前で屈み、頬を軽くペチペチ叩くと、「泣くんじゃねえよ」と、ため息を吐いた。


「剣道やりたくて、ウチの道場きてくれたんだろ?」

「友達が欲しかっただけでずぅ! ごめんじゃい! サムライがよかったんでずぅ!」


 泣きすぎて、支離滅裂しりめつれつになっていた。


「どうじで、やざじぐじでぐれないでずが!? わだぢが、がいじんだからでずが!?」

「オメェの人種なんて、どうだっていいんだよ!」

「うぞだぁ! みんなと同じで! わだぢが、がいじんだがら! ながよぐじでぐれないんだぁ! っはははぁぁぁん!」


 つい、自身のコンプレックスまで吐き出してしまった。

 大粒の涙がボロボロこぼれると、鼻から出てきた汁に混じって、道場の床に落ちていく。


 國井は頭に巻いた手ぬぐいで、汚い顔を拭いてやり、「馬鹿だなぁ、お前は」と悲しげに顔をしかめた。


「おら。泣き止め」


 また鼻から垂れてきた汁を拭ってやると、サラの頭を優しく叩いた。


「別に意地悪でオメェを扱いてるわけじゃねえや。……でも、耐えれないんだったら」


 本当はこんなセリフ言いたくはないが、やむを得なかった。


「もう、来なくていい。着替えて、今日は早めに帰れ」

「ふぐっ。ひっぐ」

「……悪かったな」


 サラの防具を外してやり、國井は道場の押し入れに運んでいく。

 國井はやるせない気持ちで、胸がいっぱいだった。

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