第52話 一転攻勢

「ひぃぃぃ!! もうダメだぁぁぁ!!! 勘弁しておくれよぉおお!!!」


 原っぱを駆け抜ける俺の後ろ、大群で追い掛けるカノンブル。ブルブルブル。

 足をフルで回転させて全身で前進する俺の雄姿は眩しかろうて! なぁ!?


「ぬぐうぅぉぉおおおお!! 足が千切れちまうよぉぉ!!」


 俺の美声の悲鳴はきっと、カノンブルの鼓膜を刺激して興奮させる事請け負い。

 本来ならおっぱいのおっきいお姉さま専用のイケメン声なのにな!?


「ほげぇぇぇぇぇ!! 腰に響くぅぅぅうぃいやっ!!!」


 無様すらイイ男振りを隠せないはずの俺の姿を追って、追ってっ!


 おえぇっ。やっばえずいた。


 ◇◇◇


「しっかし、いくら作戦でもちょっと見るに堪えないわね。涙に鼻水まで垂らしながら、だいぶ酷い顔になってるわよアイツ」


「仕方ありません。この作戦はあの足の速さと惨めな臆病さが鍵となります。……彼を乗せるのに手間が掛かったのでその分は働いて貰わなければ」


「ほんとぉに演技に見えないね。カノンブルも騙されて本気で追い掛けてるよ」


(でも、そういうところをちょっと可愛いと思ってしまうボクがいる)


 ◇◇◇


「そろそろ俺の体力もやばくなってきたぜ。……もういいだろう、食らえ牛モドキめ!!」


 原っぱの端に追い込まれた俺。いや、あくまでもそう演出しただけに過ぎない。

 俺は、懐からボール状の物体を取り出した。


 おらッ! 堕ちろってんだよ!!


 背後から向かってくる牛共の群れに向かって勢いよく投げつけるボール。

 先頭の一頭のドタマにぶち当たると、そこから大量の白いが巻き上がってすぐさま充満する。


 苦しみだす牛共。何故ならそれは、ラゼクが調合した痺れ薬に俺が持ってきたコショウを混ぜ込んで作った煙玉だ。アイテム制作の得意なチェナーに頼んで作って貰ったのだ。


 強烈な痺れに加え、コショウで刺激される鼻孔。こりゃあ効くぜ。なんせちょっと離れたところにいる俺も苦しいくらいだからな!!

 もっと距離考えて投げるんだった……。


 とはいえだ、直接効果のあるのは先頭の数頭だ。さらに後ろからやって来ているもう数頭には効果は無い。

 だがそれでいい。足を止めた先頭に集中すれば、そのまま勝手に自滅してくれる。


「がっはっは! 大量だぜおい!」


 さらにである! 俺はいわゆる囮でもあるわけで。


 先頭にぶつかる牛共、そのさらに後方から走って来る哀れな貧しい胸の四人。

 ……うち一人はもう既に息が切れ始めているが。


 一寸とも揺れる気配の無いその女共は、背後からカノンブルを襲い始める。


「ロクに動かない的に当てるなんて、ぼくのポリシーに反するけど。え~い!」


「特製の麻酔を受けてみなさい!」


「私もやりますわ! えぇええいッ!!」


 ドロシアがホルスターからマグナムを抜き、素早く撃つ。

 ただの弾丸では軽く傷がついて終わりだが、今回の作戦に合わせてチェナーが即席で作った麻酔がたっぷりと塗ってある弾丸だ。


 それに合わせて苦無を投げるラゼク。これにもお手製の神経毒が塗られている。


 さらにトドメと言わんばかりにティターニが剛速球で俺が持っていたのと同じ煙玉を投げつける。つーか肩強くねぇかあの子?


 連続でこんなもの受けるカノンブルも溜まったものでは無い、ただでさえ先頭の連中は痺れやらコショウやらで苦しんでいる時に食らったのだから。


「ブモォォォオオッ!!? っ……………………」


 涙と鼻をグズグズにしながら不快な深い眠りにつくのだった。

 哀れ。


「ふっ、終わったな。楽勝だったぜ」


「アンタ、その顔どうにかしなさい。見るに堪えないから。ほら」


 いつの間にか俺のそばに来てハンカチを渡してくるラゼク。

 顔を拭いて濡れたハンカチは、俺の努力の結晶だぜ。チーン!


「はい」


「いや返さないでよ。帰ったらアンタが洗濯しなさい」


 ちぇっ、今回の主役に向かってケチな女だな。


「そんな事よりも、証拠の写真を撮りましょう。キッチリと仕留めた事を教えなければ、この手の依頼人というのは基本的にお金払いが悪いので」


「へぇ~。やっぱり同じパーティの仲間だっただけあって、エルと同じ事を言うのねアナタ」


「はぁ、そうですか彼も。同じように見られるのは心外ですが、元とはいえ組んでいましたので。その時の教訓が彼の中でまだ生きていたのでしょうね。………………まぁいいですが」


「ん? 何か言ったかしら?」


「いえ何も。それよりも写真を……」



「ちょっとエルさ、そのアングルじゃあダメでしょ。もっと角度を変えてさ」


「馬っ鹿言ってんじゃねえぞ素人みてぇな事言いやがってよ。この被写体に対してはもっと斜め上から見下ろすように撮らなきゃダメなんだよ」


「ええ~! いややっぱこうだよ!」


「喧嘩は止めて下さ~い! 万が一にも起きる可能性もあるわけですし」



「あっちは賑やかね。アナタ達っていつもこういう風だったのね」


「勘違いをしないでください。わたしはあんな人達とは違います! それより二人共、あまり騒がないでください。ティターニさんも言ってるように、何かの拍子で起きてしまうかもしれないじゃないですか」


 何か言ってんなチェナーのヤツ? 確かにちとうるさかったか。

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