第9話 迎えた朝

 言い争いの末、どちらも一歩も譲らなかった為に妥協するはめになった。

 そう、つまりこのベッドを二人で使うって事だ。


「言っとくけど、手なんて出してきたらただじゃ済まさないから」


「安心しろよ。前のパーティーの時なんて、女は貧乳しかいないからって理由で大部屋になった時もグースカしてた俺だぜ?」


「……それはそれで心配になるわね、アンタが」


「?」


 どういうわけか何故か引かれてしまった。おまけに哀れられもした。



 それは置いといて。


 近くの銭湯で汗を流して、寝巻きは無いからラフな格好になった俺達はその日をベッドの中で終える事にした。


 ああ、なんか疲れたな。今日はぐっすり眠れそうだ。


「お休みぃ」


「はいはい、お休みなさい」


 ………………

 …………


 明かりの消えたホテルの一室、時間にして午前の二時頃にうごめくものあり。

 ラゼクだ。


「……ぅうん。イマイチ寝付きが悪いなぁ、今日」


 里を飛び出し、初めての自分の部屋以外の就寝は、知らず知らずの内に少女にストレスを与えていた。

 その隣に眠る男、エレトレッダは少女とは対象的にぐっすりと夢の中へと旅立っていた。


 確かにこういうところはベテランだろう。

 冒険者として、寝る場所を問わない。そういうスキルは早々に身に着けねば身が持たない。


 ラザクはエレトレッダの頬に指を立て、ぷにぷにと押し始める。


「あらら、ホントに起きないわね。コイツが静かなのってこんな時だけなのかしら?」


 幾度押していると、エレトレッダから寝言が飛び出した。


「……ふへへ、ボインちゃんが一杯だよぉ」


「夢の中でもこの調子……。ある意味羨ましいくらいね」


 ラゼクは、寝ている間に少し乱れたエレトレッダの胸元を直してあげた。


 そこで傍と気づく。自分は寝る時には抱きまくらを抱いて寝ていたが、冒険に伴い家に置いてきていた。それも、寝付けない原因なのかもしれない。

 とはいえ、ここにはそんなものは無い。


 だが、代わりなる、かもしれないものなら眼の前にあった。


(今日は苦労掛けさせられっぱなしだったし、少しは返してもらわないと)


 ラゼクはエレトレッダの腕に自分の体を寄せると、そのまま抱きつく体勢を取る。

 冒険を生業にしているもの特有の筋肉と、しかし就寝中故の脱力が、硬過ぎず柔らか過ぎず。実家に置いてきた抱きまくらと見事に一致していたのだ。


(これなら眠れそう……)



 実際、その状態から深い眠りにつくまで数秒と掛かりはしなかった。


 …………

 ………………


「……ほ~ら起きなさい。いつまで寝てるの?」


「う~ん、勘弁してくれよ母ちゃん。昨日は美女に揉みくちゃにされてへとへとなんだよぉ」


「誰が母ちゃんよ! いつまでも夢見てんじゃない、の!!」


「ぐはっ!!?」


 朝、俺は強烈な一撃と共に目を覚ました。

 何事かと辺りを見回すと、どうやらここはホテルのベッドの下。つまりは床の上で目を覚ました事になる。

 あれ? 俺こんなに寝相悪かったっけ?


「アンタって起こされないといつまでも眠ってるワケ? 今までどうしてたのよ?」


「前のパーティーじゃ誰かが起こしてくれてたんだよ。ほら俺ってさ、寝付きの良さが特技みたいのところあるし、数少ない母ちゃんから褒められてたポイントだから。あんたは本当に赤ん坊の頃から寝付きだけはいいってさ!」


「それ褒められてんの? まあ良いわ、とにかく早く支度してよ。もうチェックアウトの時間よ」


「はいよー」


 俺は寝ぼけ眼を擦りながら、欠伸と共に出ていく準備を整える。

 あ~ねむ……。


「ちょっと、立ったまま寝ないでよね?!」


「………………ぐぅ」


「ちょっと! 寝ないでって言ってんでしょ!」


「ぐぅ」


「ぐぅじゃなくて、こら!!」


「ぐぅ」

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