007 味をしめる
ドロセアが魔術で作り出したお湯は、高い場所に設置された動物の口のような吐水口から落ちてくる。
ちょうどいい温度のシャワーを浴びながら、彼女は風呂場に立ち尽くしていた。
耳元には緑の術式。
風の流れは音を運ぶ。
かすかではあるが、部屋での話し声が聞こえてくる。
「聖女の……リージェの血液が魔物を……」
ふいに彼女は左目を閉じ、自分の右腕の魔力の流れに集中する。
血管に乗って伝搬される魔力。
その粒子の大きさは、同一人物の魔力であれば大きさも同一だ。
一方で他人の粒子だと大きさがわずかに異なる。
ドロセアの知る限りでは、魔術師としての等級が高いほど粒子は大きい。
だから――たとえばZ級とS級の魔力が混ざれば、一目瞭然と言えるほどの差が生じる。
血液の流れにより循環する魔力。
小粒なドロセアの粒子の中に、明らかに大きな粒子が混ざっていた。
異物だ。
ゆえに意識して取り出すことは容易い。
「捕まえた」
粒子を手首のあたりで固定する。
すると激しく振動をはじめる。
そして粒子は突如として分裂し、自らと同じ大きさの魔力粒子を生み出した。
連鎖するようにそれを繰り返し、やがてドロセアの魔力許容値を超える。
すなわち、体外へ這い出るのだ。
ボコッと手首が膨れ上がり、紫色の瘤が生じる。
さらに瘤は伸び、触手となってぬるりとドロセアの顔に近づいた。
表面が裂ける。
顔のようなものが生まれる。
「たすけて。たすけて」
彼女はそう繰り返した。
ドロセアは目を伏せ、裏返したシールドでその魔物化した触手を切り離す。
「たす……け……」
流れるぬるま湯の上にべちゃりと落ちたそれは、すぐに朽ち果て灰となって流されていった。
ドロセアは灰色の亡骸を目で追う。
見えなくなると、強く唇を噛んだ。
じわりと血の味が口内に広がる。
「こんなもの……いらない……ただ、一緒にいられれば、私は……私は……ッ!」
悔しさをにじませながら、ドロセアはタイルの壁に爪を立てた。
◇◇◇
マヴェリカは眉間に皺を寄せ、カチカチと人差し指でテーブルを叩く。
「聖女の血にそんな力があるとなると、いよいよ話がややこしくなってくるねえ」
「出処も不確定な噂に過ぎないがな」
「騎士団ならそれぐらい調べられるだろう」
「恥ずかしながら遅かった。噂が流れ始めたころ、教会の聖職者が一人行方不明になっている」
「口封じかい……」
「もっとも、赤い薬と聞いて血液を思い浮かべただけに過ぎない。信憑性はゼロに等しい話だ。何より王都に来たばかりの聖女リージェとドロセアの関連性がわからないからな」
そう、リージェとドロセアを繋ぐ線さえなければ、それはただの妄想に過ぎない。
だが実際のところ、二人を繋ぐ糸はあまりに強い。
「聖女リージェとドロセアは幼馴染だよ」
「……なんだと?」
さらりと告げられる衝撃の事実に、今度はジンの眉間に皺が寄る。
「同じ故郷で姉妹同然の関係だったらしい。ドロセアが私に教えを乞うたのも、リージェを教会の手から奪い取るためだ」
「ではドロセアが飲まされた赤い薬が、リージェの血である可能性は……」
確定はしていない。
ゆえにマヴェリカは断言できない。
だが現状の情報を総合すると、その可能性は限りなく100%に近い。
「聖女が特異な体質の持ち主だと考えれば、教会が彼女を欲しがった理由も納得できるってもんさ」
「だが教会もうかつだな。なぜ薬を飲ませたドロセアを捕縛せずに野放しにしたんだ」
「飲ませたのは教会じゃないらしい、同じ村に住んでたエルクとかいう男と、その取り巻きなんだと」
「エルクだと!?」
いきなり響いた大きな声に、マヴェリカの肩がビクッと震える。
「びっくりした。こっちの名前も知ってるみたいだねえ」
「騎士養成所に来た問題児だ! 聖女の友人だかなんだか知らないが、まともに訓練もせずに偉そうにしてるからしごいてやってくれと教官に頼まれてな」
「まだ養成所にいるのかい?」
ジンはゆっくりと首を左右に振った。
そしてリージェの事故に関わっていたこと、その後行方不明であることを話す。
マヴェリカはため息をついた。
「……まあ、ドロセアから話を聞く限りじゃ、勝手に薬を盗んで使っただけのチンピラみたいだからね。とっ捕まえたところで何も知らないだろう」
「結局、薬については教会を探るしかないか」
「主流派がそんなものに手を出すとは考えにくい。連中を味方につけて改革派を探ることをおすすめするよ」
「ああ、そうするつもりだ。ところでマヴェリカさん」
「何だい」
「あんたがドロセアを鍛えようとしてるのは、改革派を潰す駒にするためか?」
ジンは純粋に疑問に思い、そう問うた。
するとマヴェリカが「ふっ」と笑う。
「そんなつもりはないよ。言ったろう、頼んできたのはあっちの方だって」
「だが彼女がリージェを教会から奪おうというのなら、遅かれ早かれ……」
「まあ、結果的にそうなるだろうねえ。利害が一致するなら便乗したらいい。私はあくまで、あの子の望みに応じるだけさ」
政にも戦争にも関わらせるつもりはない。
あくまで大切な幼馴染であるリージェを取り戻すこと――そのためだけに、ドロセアに力を授ける。
マヴェリカはそのスタンスを崩さない。
「師匠、あがりましたー」
そのとき、ドロセアがシャワーを終えて部屋に戻ってきた。
湯気の立ち上る頭を見て、マヴェリカが頬を緩める。
「おっ、ほかほかだねえ」
「ふっふーん、今日はうまくお湯を出せたんですよ」
「昨日は熱湯が出て大騒ぎしてたってのに、修正が早いねえ」
「師匠のアドバイスのおかげですっ」
呑気にやり取りする二人だが、ジンには引っかかる部分があった。
「水と火の複合魔術……」
魔術を使い、鍋に水を入れ、それを火で熱することで湯を作ることはできる。
しかし最初からお湯を出すというのは、実は意外と難しかったりするのだ。
水属性と火属性を同時に扱う才能、そしてそれらのバランスを調整するための高い集中力が要求される。
「どうだいうちの弟子は、大したもんだろう?」
「ああ、さすがは大魔術師と呼ばれた人の弟子なだけはある」
大魔術師――ドロセアにとっては聞き慣れない呼び名だったが、すごく偉そうなことは伝わってくる。
やはりマヴェリカは、王国においてかなり位の高い魔術師であるらしい。
「君が聖女を奪い返せる日が来るのを期待して待っているよ」
ジンはドロセアの前までやってくると、ぽんと肩に手をおいてエールを送った。
わずかにドロセアの表情が曇るが、それに気づいた者はいなかった。
「もう行っちまうのかい」
「誰かから話を聞いたせいで忙しくなったのでな」
「そりゃひどい魔女もいたもんだ。しかしドロセアの話がまだ終わってないんだが?」
「そっちはレポートを読んでおく、部屋にまとめて置いてあるんだろう」
「ああ、好きに持っていくといい。ただしくれぐれも――」
「わかっている、今まで以上に管理は徹底する」
「ならいい。気をつけて帰るんだよ」
「ふっ、もう私は子供ではないぞ」
そう言い残して、ジンは部屋を出ていった。
ドロセアは首を傾げてその後ろ姿を見送る。
「……結局、あの人は誰だったんです? 名前はどこかで聞いたことある気がしたんですが」
「ジン・エフィラム。王牙騎士団の団長だよ」
その名前は、さすがにドロセアでも知っているものだった。
「え、ええぇぇええっ!? 王牙騎士団って言えば、王国最強の戦力を持つ騎士団では……じゃ、じゃあその団長は、王国最強の剣士と呼ばれてる疾風のジン……!」
「本人をその二つ名は呼ばないほうがいいよ、恥ずかしがるから」
「そんな人に大魔術師なんて呼ばれる師匠は、何者なんですか?」
「たまたま昔から付き合いがあるだけさね」
「さすがに信じられないですよ……」
「ははっ、私が誰かなんてどうでもいいだろう? 魔術さえ教えられるんなら」
「むう、納得いかない」
「まあまあそれは横に置いといて、さっき話してた複合魔術を見せておくれよ」
あくまで己の正体を明かそうとしないマヴェリカ。
隠しているというよりは、別に言わなくてもいいと思っているようだが――ドロセアからするとやはり気になる。
だがこの様子だと、聞いても話してはくれないのだろう。
「はーい」
「そう不貞腐れなくてもいいじゃないか。どうせそのうちわかるさ」
「だったらその前に話してくれればいいのに」
ドロセアが子供っぽく頬を膨らましても、マヴェリカはけらけらと笑うばかりだった。
◇◇◇
それから数日後、ジンからドロセアに宛てた封筒が届いた。
中には分厚い紙の束が入っている。
そこに記されていたのは、剣士を目指すための訓練方法。
「わざわざこんなものを送ってくるなんて、よっぽどあんたのことを気に入ったんだねえ」
そう言って笑うマヴェリカ。
しかし心配事もあった。
あの王牙騎士団の団長が作ったトレーニングメニューだ、かなり過酷なものに違いない。
果たして魔術の鍛錬をしながら、同時にそれをやることができるのか――というより、強引にやり遂げようとしてドロセアが無茶しようとしないだろうか。
現に、新たに力を得る方法を知った彼女は目をキラキラと輝かせている。
「これで私、またリージェに近づけます」
だが同時に、マヴェリカは言ってもドロセアが止まらないであろうことも理解していた。
彼女は最短距離を突き進む。
その手がリージェに届くまで。
◇◇◇
それから一ヶ月後。
ドロセアは一人で村まで買い物に来ていた。
最近は薬草の目利きも少しずつできるようになったので、マヴェリカに頼まれることも増えてきたのだ。
しかし今日は、やけに村の中が騒がしい。
「何かあったんですか?」
店主のおじさんにそう尋ねると、彼は神妙な面持ちで答えた。
「今日は日が悪すぎるよドロセアちゃん。森に熊みたいなどでかい魔物が出たって話は知ってるかな?」
「ああ、前に来たときに言ってましたね。でも冒険者を呼んで退治してもらうって言ってませんでしたか」
近隣のそこそこ大きな町には、冒険者ギルドという施設がある。
魔物の出現など、村人だけで対処できない問題が発生したときは、そこに依頼を出して冒険者と呼ばれる一種の傭兵を連れてくるのだが――
「その冒険者が四人来てくれたんだが、数時間後に傷だらけで一人だけ帰ってきてね」
「他の三人は……」
「食われたそうだ」
「それは……まずいですね」
「魔物も動物もその辺りは同じだからな。人間の味を覚えたらまた食いにくる。この村に姿を現すのも時間の問題だろう……」
「ちなみに冒険者がボロボロになって帰ってきたのっていつの話ですか? 血の匂いを辿ってくる可能性もありますよね」
店主はドロセアから目をそらし、気まずそうに言った。
「今日だ」
その直後、奇妙な鳴き声が響き渡った。
「ギシャアァァァアアアッ!」
高く濁った独特の発声――通常の獣ではないことはすぐにわかる。
少し遅れて、女性の叫び声も聞こえてくる。
「言ってるそばから現れたってのかよ、早く逃げないと!」
「待っておじさん、今から逃げてももう遅いよ。外に出るより隠れた方が安全だと思う」
「そ、そうだな……ドロセアちゃんはどうする?」
「……やれるかな。いや、勝てなくても時間ぐらいは稼げる」
ドロセアは手のひらを見つめ、ぎゅっと握りしめる。
「まさか戦うつもりなのか!? 無茶だ!」
「相手の強さはわからない。無理だと思ったら逃げるよ、命は惜しいから」
そう言って店を飛び出すドロセア。
店主の呼び止める声がしたが、彼女の足は止まらない。
悲鳴の聞こえた方へと全速力で駆ける。
「こ、来ないで……あっち行ってえぇえっ!」
そこには幼い娘を抱き守る母親の姿があった。
彼女の前に立ちはだかるのは、ドロセアの三倍ほどの大きさがある、茶色い毛皮に包まれた二足歩行の獣。
目撃情報によると熊のような化物と言われていたが、実際に見るとそれはまったく違う。
まず頭部にあたる部分がなく、首の断面にあたる場所にまん丸い口がある。
内側には鋭く尖った歯がびっしりと何層にも重なって並んでおり、不規則に収縮を繰り返している。
魔物はその口を人間数人ぐらいなら丸呑みできるほど大きく広げ、親子に食らいついた。
母親が「ひっ」と小さく声をあげ、ぎゅっと目をつぶる。
そして次の瞬間――ガギンッという甲高い音が響いた。
恐る恐る目を開く。
そこには、半透明の盾で魔物の牙を受け止めるドロセアの姿があった。
「あなたは……」
「今のうちに逃げて、こいつは私がやる――今の私ならやれる!」
シールドの表面に赤い術式が浮かび上がる。
生成にかかる時間はおよそ1秒。
術式から爆炎が放たれ、魔物は体内を焼かれながら後ろに吹き飛んだ。
「ギシャアァァァアアアッ!」
化物は涎を撒き散らしながら悶えている。
さらに体内へのダメージが相当効いたのか、胃の内容物を「ゲッ、ゲッ」と吐き出していた。
中には食われた冒険者の装備や体の一部が混ざっている。
「人間を食べられると食肉にもできないし、本当に困るんだよね」
故郷でも似たようなことがあったのだろう。
ドロセアはそう愚痴りながら、続けて魔術を発動させる。
右手に灰色、左手に青色の術式――
「潰れろッ!」
岩塊と氷塊が砲撃のように射出され、横たわる魔物の腹部に直撃する。
敵はさらに苦悶の声をあげる。
しかし致命傷にはなっていないのは見て明らかだった。
加えて、相手は吹き飛ばされた勢いを利用し体勢を立て直すと、明確な殺意をもってドロセアを睨みつける――と言っても眼球は存在しないのだが。
さらには口の中で大量の魔力が渦巻きはじめる。
「魔術が来る――」
背後を確認、例の親子はすでに離れている。
「ありがたい、あれが試せる」
魔物の口に緑の術式が浮かび上がり、強烈な竜巻をブレスのように吐き出した。
ドロセアは避けるどころか、シールドを展開しながらみずからそこに突っ込んでいく。
「魔物特有の魔力量でゴリ押してくるタイプの魔術! 威力は高いけど構造は単純だから分解は簡単なんだよね!」
吹き荒れる嵐は、なぜかドロセアのシールドに触れた瞬間にそよ風となって消えてしまう。
そして風が消えたぶんだけ、彼女の両腕両足の近くをきらめく粒子が漂う。
異常な状況に気づいたのか、魔物は攻撃を中断。
その瞬間にドロセアは動いた。
「疾風のジン……あの人がそう呼ばれてたのは、誰よりも風の魔術を使いこなしてたから」
術式が腕と脚に張り付き、緑の光を放つ。
「真似事ぐらいなら、私にだって!」
魔術は必ずしも攻撃だけに使われるのではない、身体能力の向上や高速移動といった補助魔術も存在する。
ドロセアは右手にシールドの剣を生み出すと、魔物の目の前から姿を消した。
かと思えば、敵の背後に現れ分厚い毛皮に包まれた肉体を斬りつける。
「はあぁぁぁああああッ!」
再び移動、斬撃――それを何度も、一瞬のうちに繰り返す。
(傷は深くないけど確実に効いてる。このまま数で攻めれば!)
スピードに翻弄され、魔物はがむしゃらに腕を振り回している。
しかしそんなものでは捕まらない。
やがて小さな傷の積み重ねで右腕が切断される。
赤黒い血液を撒き散らしながら、「ギシャアァァアッ!」という苦しげな叫び声が響いた。
「大量の魔力を分けてくれたのはあなた自身なんだから、後悔したって――もう遅いッ!」
ドロセアは魔物の頭上に飛び上がると、空中に岩の足場を作り出す。
それを蹴飛ばし勢いを付け、縦一文字に切り裂いた。
巨体が真後ろに傾いていく。
魔物はズゥン、と大地を揺らしながら仰向けに倒れ、二度と動くことは無かった。
「やれた……」
戦いを遠巻きに見ていた村人たちが集まってくる。
「ほ、本当に倒したのかドロセアちゃん……」
「姉ちゃんすっげー! Z級なのにあんな風に戦えるなんてかっけー!」
「あ、ありがとうございます。あなたは命の恩人ですっ!」
賞賛の声に囲まれ、急に照れくさくなるドロセア。
着実に力は付いてきている。
Z級の割には十分すぎるほど強くなった。
だが同時に、こうも感じる。
(普通の魔物に手こずっているようではまだまだ足りない……リージェを助けるには、もっと、もっと……!)
もっと力を。
S級を叩きのめすためには、より高みを目指さねばならない。
◇◇◇
村からの帰り道、ドロセアは両手に大量の荷物を抱えていた。
魔物を退治したお礼ということで、野菜果物肉魚、雑貨に装飾品にお金まで、様々なものを貰ってきたのだ。
あまりに押しが強いので断りきれず、全て受け取るしかなかったというわけである。
「こ、これも鍛錬だと思えば……!」
家へと続く道は足場もあまりよくない。
たどり着くまでにへとへとになってしまいそうだ。
そんな状態で歩き続け、ようやく遠くに小さく家が見えてきたところで――ドロセアは足を止めた。
(……誰かに見られてる?)
それは隠れようとすらしていない、チクチクという痛みを感じるほどの棘のある視線。
そちらを振り向くも、
だが右目には障害物の向こうにいる存在が見えている。
すると気づかれたことを察したのか、視線の主は自ら姿を表した。
色気のないボサっとした髪型、森の中とは思えない無防備でラフな衣服、挑戦的な眼差し、片手で扱うには大きすぎる剣、そしてS級魔術師の刻印。
落ち葉を踏みしめながら、少女はまっすぐにドロセアに近づいてくる。
「あの野郎が『見込みがある』とか言うからよお、どんな化物なのかと思って来てみりゃあ……なんだよこの牙を抜かれた犬みてえな情けない面は」
「だ、誰ですかー?」
「あんな雑魚も一撃で倒せねえんだぞ、あいつはこんな女の何を見込んだってんだ。あたしの居場所よりも、こんな女の方が大事だと思ったのかよ!」
何がなんだかまったくわからないが、一つ言えることは――ドロセアは猛烈に憎まれている、ということ。
そして手にした剣で、本気で殺そうとしていることぐらいだ。
「渡さねえ――次の団長の席はあたしに譲るって、あいつはそう言ったんだよぉおおおッ!」
少女の両腕に赤い術式が浮かぶ。
「うおぉぉおおおおおッ! ぶっ壊れろぉおおお!」
(火属性の魔術による身体能力向上!? 風属性は速度を上げてくれるけど、火属性は……)
力いっぱい刃を大地に叩きつけると、地面から岩石の槍とでも呼ぶべき巨大な尖った塊が飛び出してくる。
続けて二個、三個と槍は生え、猛スピードでドロセアに接近してきた。
彼女はとっさに横に飛び、転がりながら回避した。
村人から貰ったプレゼントが粉々に砕け散る。
もしあれに当たっていたら、ドロセアの肉体も同じように飛び散っていただろう。
(筋力増強だ! でも魔力が影響を及ぼしているのは腕部まで、岩自体は魔術で生み出されたものじゃない。
相手はS級魔術師であり、同時に人並み離れた身体能力を持つ存在だ。
ドロセアは“本物”の前では常識など通用しないのだと痛感する。
「避けんじゃねえよ。あたしから騎士団を奪ったくせに。ジンを奪ったくせに。消えろ、消えちまえ。あたしの居場所を奪うやつは全員ッ、跡形もなく消してやるうぅぅぅぅッ!」
なおも殺気は衰えず、今度は直に斬りかかってくる。
ドロセアは思う。
(これは近道だ)
強い人に近づけば、自分も強くなれる。
それは彼女の経験則だった。
しかも今回は練習や講義ではない、実戦の殺し合いだ。
危険と引き換えに、得られるものは段違いに多い。
(リージェに近づくための)
ドロセアの目つきが変わる。
彼女は即座にシールドで剣を生み出し両手で握る。
さらに両腕に術式展開、見様見真似で筋力強化を試みる。
少女が振り下ろした刃に対し、斬り上げて受け止める。
剣戟の音が森に響き渡った。
受け止めるドロセアの手が震える。
一方で、少女は怒りに震えていた。
「こいつ――術式を盗んだ!? しかもその剣、それはジンの……ふざけんなよ。その剣は騎士団長だけが使える、王牙騎士団の誇りなんだよぉおおおおッ!」
今度は筋力強化のみならず、剣そのものが熱を帯び炎をまとう。
ドロセアは無言で目を見開き、その全てを記憶しようとしていた。
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