1/4『意思のある石』
『我を見よ……』
河原を散歩中、どこからか声が聞こえた。硬く、しわがれた声。周囲には誰もいなくて、首を傾げてまた歩き出す。
『我を見よ』
さっきよりもハッキリした声……音? とにかくなんか聞こえる。やだキモい。早く帰ろ。
足早に去ろうと踏み出した一歩。石を踏む音に混ざってまた聞こえた。
『いてて、踏むな、下がれ』
「⁉︎」
思わず後ずさったら、さっき一歩を踏み出した辺りにひとつ、異様な雰囲気を醸し出す石があった。
『我を見よ』
それまでなかった“目”が出現して、ギヌロと俺を睨む。
「うわっ!」
『我は魔界の王。とある術者により封じられた。我を解き放てばそなたの望みを叶えてy』「え、やだ、リスキー。他をあたってください」
じゃあ、とその場を離れようとした俺に『待て。せめて雨に濡れない所に』石が言う。
「触ったら呪われそうだし」
じゃあ、とその場を離れようとした俺を『待て。待てって』自称・魔王が引き留めた。
「なぁに」
『触った程度で呪える程の力は今はない。そもそも呪わん』
「えー? ホントぉ?」
『まこと。だから、なっ』
「嘘だったら叩き割るよ?」
『それは我を解き放つことになるが』
「あ、ダメ。いまのなし」
慌てる俺を見て石が笑った、気がした。口なんてないけど。
……まぁいいか。ヤバくなったら戻しに来よう。
「うち、来る?」
『良いのか?』
「悪い奴じゃなさそうだし」
『魔王だが』
「話したらわかるでしょ?」
『交渉には出来るだけ応じる所存だ』
「悪いことしたら、それなりの対処するってことで」
『それなり、とは』
「うーん、河の中に投げ入れる」
『やめてくれ。なにもせん』
余程水が苦手なのか、石は顔をしかめた。
「じゃあ交渉成立ね」
100パー信じた訳じゃないけど袖すり合うも多生の縁って言うし、なんか面白そう。と気軽に考え、足下の石をそっと掴んだ。大きさの割に重く、確かに何か“入っている”ように感じる。
「ポケットに入れていい?」
『うむ、構わぬ』
「入れたら息できる? ってか息してる?」
『呼吸はしておる。ポケットから顔を出せば問題ない』
ならいいかと石を胸ポケットに入れて河原を後にする。
声を出さなくても頭の中で会話できるそうで、早く言ってよ、って言ったら『聞かれていないから』と反論された。
『どこから来たの?』
『ここではない世界線の魔界』
『おぉ、異世界転移』
『ここではそう呼ぶのか?』
『一部でね』
魔界もここと同じ言語なのか聞いたら、花火やBBQ目当てで河原に来た人たちの会話を聞いて覚えたらしい。
『すごいね、頭いいんだ』
『魔界の言語と似ているだけだ』
魔王は少し照れた様子で答え、河原での事をポツポツと教えてくれた。
ある時は増水して流されそうになり、ある時は子供に周りの石が次々と河へ投げ込まれ……。それがかなり恐怖だったそうで河原には居たくないとか。
『そんなに嫌なんだ?』
『水はどうもな……』魔王は意気消沈して『以前は玉座におったのに……雲泥の差、とでもいうのか……』遠くを想うような声で言う。
郷愁を感じて気の毒に思えてきた。
『ここは温かいな』
沈む空気を察知したのか、弾む声で魔王が言った。
『それは良かった』
『捨て置かずにくれたこと、感謝する』
『うん……』
会話しちゃうと情がわくというか、気になるというか、ねぇ。
しばらく歩いて自宅に到着。母屋に家族が、離れに建物老朽化防止の為に俺が一人で住んでいる。
「ここなら雨風あたらないよ」
飾り棚の一角にタオルを敷いて、その上に石を置いた。棚板が硝子で出来ていて石を直置きすると傷がついたり割れる危険性があるからで、決して石を敬う気持ちなどはない。
『おぉ、柔らかい。暖かい。有難い。可能な限り望みを叶えられるよう尽力しよう』
「それはどうも」
これまで読んできた物語では願いが叶う代償に不幸になる結末が多くて、ましてや望みを叶えるのが魔王だなんて、気軽に頼めるわけがない。なんて疑いながら石を見ると、余程居心地がいいのかさっきまで開いていた“目”が閉じ、細い線になっていた。
「自分で動けないの大変だね」
『そうだな。石の上は硬かった』
「感覚あるんだ」
『自分の器(からだ)ではないから完全ではないが』
「顔が出せるってのは?」
『法術の隙間を縫ってこじ開け、一部分を出すことができる。消耗する故、四六時中は無理だが』
「大変だね」
『力が完全に戻れば自在に動けるのだがな』
「手足はえて?」
『手足はえて』
「うそぉ」
『まこと』
石から手足はえて動くとか、ちょっとにわかに想像しがたい。けどちょっと見てみたい。
その石はやがて手足を生やして自在に動き、俺の身を守り、新たな家族を守り、我が家に代々受け継がれた……らいいな。
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