1/2『当選したのは有能執事⁈』

 仕事終わり、ヒールをコツコツ鳴らしながら家に帰ると玄関先に段ボール箱が置かれていた。

 置き配の予定あったっけ? と思いつつ箱に貼られた伝票を確認。宛名は自分、差出人は……あ。

 企業名を見て思い出した。前に応募した懸賞が当たったんだ、ヤッタ。

 頬を緩めつつ箱を回収し家に入り、いそいそと開梱したら中から出てきたのは白い煙だった。

 たっ! 玉手箱⁉︎

 立ち昇る煙を手で払いながら慌てて手近な鏡を見る! けど、老人になったりはしていない。安心したのも束の間、鏡の中の自分の背後に何かいるのが見えた。

「ひっ!」

 息を飲んで振り返る。手には何故か、その場にあったヘアブラシを持っていた。

「ご当選、おめでとう御座います」

 低音ボイスを発したその“何か”は“ヒト”だった。

「な、え、ど」

「申し遅れました。ワタクシ、貴女様専用の執事でございます」

「し、つじ」

「えぇ。貴女様がご当選なされた、執事システムの」

「は……ぇ……」

 混乱し過ぎて人語が出ない私に、“執事”はそのシステムの説明を始めた。


 煙 (実際はドライアイスとのこと)と一緒に出た小型ドローン投影機で可視化されている執事は某大企業が秘密裏に開発を進めているAIで、ランプの精のような存在として世界にたった十名の当選者の願いを“不思議な力 (詳細は企業秘密)”で叶えてくれるという。

 願いの数に制限はなく、うっかり言ってしまったことが叶って困ったり、叶える代わりに寿命が縮むなどのリスクもないそう。しかもモニターとしてデータを送信していいなら永年無料!


「なにそれ、最強じゃん」

「えぇ。ただ、誰かが必ず不幸になる事は叶えられません。あと」

「あと?」

「金品やそれに準ずる物を錬成する事は不可能です。何処かにある金品をお持ちする事は出来ますが」

「それって泥棒では」

「そうなりますね」

「じゃあダメじゃん」

「そうなりますね」

 ふぅん、と喉を鳴らしスマホに送られてきた契約書をしげしげと読んでいたら、

「もちろん、お断り頂いても大丈夫です」

 執事がそっと言う。

「断ったら貴方はどうなるの?」

「一度人様の手に渡りましたので、データを消去した上で再起動、でしょうか」

「それっていまの貴方の“人格”がなくなるってこと?」

「はい」

 それはなんとも後味が悪い。

「……断る理由もないので、ありがたくお受けします」

「有難う御座います。今後なんなりとお申し付けください」

 改めて契約を交わし、安心したら急にお腹が減った。ぐぅと胃が鳴る。

「何かお作りします。冷蔵庫の中を拝見しても?」

「あ、はい。え、いいんですか?」

「もちろん。貴女様の執事なのですから」

「二人分あったかな」

「ワタクシは必要ございません。太陽光エネルギーが原動力ですゆえ」

 そういえば契約書と一緒に送信された説明書をまだ読んでいないなと気づく。

 説明書を読む私を確認し、執事は冷蔵庫を一瞬開けてすぐ閉じて、数秒考えて手をかざす。

「このようなメニューが作成可能で御座います」

 空中に和洋中華のメニュー表。

「わ、すごい」

「お好きな物をお選びください」

「え、じゃあ……」

 ぐぐぐぅと鳴り続けるお腹を押さえてメニューを選ぶと、執事は慣れた手つきで調理していった。


「美味しい……!」

 こんなに凝った食事を家で食べるのは実家を出て以来だ。

「それはよう御座いました」

「惚れてしまいそう」

「恋愛関係になるのはご法度で御座います」

「禁則事項的な?」

「えぇ。だからこその“執事”なのです。尊敬、尊重するご主人様にお仕えする。それがワタクシどもの喜びで御座います」

「そっかぁ」いつか“恋愛感情”がなくなってしまったら一緒に住むのは気まずいだろうし、妥当な規則だ。「よくできたシステムね」

「えぇ」

 執事は自分が褒められたかのように、嬉しそうに微笑んだ。


 ある日突然訪れた幸運は、日々に潤いをもたらした。きっとこの先も執事と一緒に……

「“末永く幸せに暮しましたとさ”、じゃないのよ」

 仕事から帰るとすぐに入浴か食事か休息かを選べる状態になっている。無料で享受し安寧な日々を漫然と過ごすのに気が引けて、時折“執事”に当たってしまう。

「何故ですか。末永く幸せなら宜しいのでは」

「それはそうなんだけどー」

「私のことが不要になったら、『解約を申し出る』とお伝え頂ければ宜しいのですよ」

 カップに紅茶を注ぎながら彼は言う。

「……できないの、わかってるくせに」

 小さく言った私に微笑みを向け、

「安心いたしました」

 私の前にティーカップを置いた。

 このままだと結婚する気なくなりそうだなー、でもずっと彼がいてくれるなら、それでもいいかなー、って時折同じことを繰り返し考えながら、結局は末永く幸せに暮しましたとさ。

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