パートナー

 リーラは集中する視線を感じながら、一つ咳払いをする。背筋を伸ばし、指輪が瞬く手を胸の置いた。


「みんな、自己紹介ありがとう。ワタシはリーラ。戦い方は武器も使うし素手でもやる。日本の代表を務めさせてもらっているよ。よろしくね。自己紹介はこれくらいにして……先程挑戦的な子が居たね。結構だ。誰でも代表を目指してくれたまえ。なにせ、ワタシは仮だからね」


 マスターには内緒だよと、リーラは唇に指を当てる。彼に聞かれたら、きっと「またそんな事を言ってる」と呆れられるだろうから。

 仮だと言っているのは彼女だけで、れっきとした代表だ。各国の代表にも認められ、日本の狩人たちも納得している。それを分かってもなお仮だと言うのは、いずれドイツへ帰る気でいるからだ。

 日本の前代表は、残念ながらバトル中に命を絶った。様々な力を持つ狩人から相応しいとみなした者は、みな事情があって辞退。その結果、パートナーを持つ他国の代表に募った。その中にリーラが居た。

 元々日本に興味があった彼女は、ドイツでのパートナーに代表を任せてここへ来た。それでも日本に骨を埋めるつもりはない。だから代表の座を狙われるのは大歓迎だった。


「もしかしたら、ワタシから声をかけるかもしれない。その時は話を聞いてくれるとありがたいな。さて、代表についてはこれくらいで……。最後に、ワタシから諸君にお願いがある。何か悩みがあったら、遠慮せず相談してほしい」


 綺麗事ではない。この仕事は、死と隣り合わせ。仲間の死をいくつも見る事になるだろう。そして何より、これから相手するのが悩みに苦しんだ果てに、哀れな姿になった元人間だという事が問題だ。バケモノの裏に人間を見てしまい、自身でも知らずに精神が削られる。


「奴らは我ら狩人を恐れながらも、格好の餌だとも思っている」


 ただの人間がこの職にたどり着く事はない。ここに居る全員が複雑な過程を踏み、必死に自分の命の証明に食らい付くために居る。つまり、逃げ場が無い。そんな状況で病んだ心は、天使にとって甘い果実だ。


「テンシ化した相手は、仲間だろうと、家族だろうとも狩る対象だ。だから、どうか頼む。一人でも心を打ち明けられる相手を見つけてくれ」


 この歓迎会は、そんな相手を見つけるきっかけになる場でもある。もちろんこれが東京のテンシ狩り全員ではないが。


「ここが、キミたちにとって憩いであるよう、願うよ。共闘できるのを楽しみにしている。話はここで終わりだ。ご静聴どうも! 今夜は好きに飲み食いしてくれたまえ。お金の心配はしないでいい。出入りも自由だ」

「それなら、乾杯の音頭が必要やね」

「ん、そうか? なら諸君、グラスを持って──乾杯!」


 皆、それぞれ手にあるグラスを掲げた。リーベは見様見真似で、差し出された春人のグラスにコツンとぶつける。ガラスがぶつかり合う音を合図に、また元の賑やかさが店内に溢れた。


「リーベ、ここからは自由行動といこう。自己紹介で気になった子たちのところに行っておいで。何かあったらワタシを呼ぶんだよ、いいね?」

「分かった!」


 リーベは新しく貰ったグラスをギュッと握る。どこか緊張を見せながらも、微笑むリーラに後押しされるように力強く頷いた。

 リーラはしばらく、彼の小さな背中が迷いに右往左往する様子を見守る。誰かを紹介してやればいいだろうが、それをする必要がある子ではない。それに、仲介せずとも他の仲間が交ぜてくれるだろう。それも交流の一環だ。


 背中を押されていざ、初めてリーラから離れる。その直後こそ意気込んでいたはいいが、リーベは少しずつ眉が下がった困り顔になった。

 初めはこの賑やかさに仲間入りしたかった。それでも、自分が入る事でそれが途絶えてしまうのではと、不安を抱いてしまう。けれど仲良くなりたい。夢の中で知った、友達という存在を作りたかった。


「──い、お~い」

「!」


 賑わう声は、形のない雑音と化している。そんな中でその声は、不思議とハッキリ聞こえた。それはリーベに向けられたものだったからだろう。声を辿れば、ピンク色の可愛らしい目と視線が合った。

 可愛らしい見た目に、少年の声。ミアが、目立つように手を振っている。隣の翡翠も、優しく微笑んで頷いていた。


「こっちおいでよ!」


 不安に揺らいでいたリーベの瞳が、青から黄色に変化する。空けてくれたミアと翡翠の真ん中の椅子に、ちょこんと腰を下ろした。


「ありがとう、ミア、翡翠!」

「お、こんだけ居てもう覚えたの? 凄いじゃん」

「よろしくお願いしますね、リーベ君」


 ミアは嬉しそうにするリーベをじっと見つめる。彼を呼んだのには、純粋に一緒に飲みたいのと、確かめたい事があったからだった。どこかで見覚えがある。そんな自分の頭が囁く、見えない記憶に色を付けたくて近くに来させた。

 その感覚は気のせいではなかった。昼間に参加した狩りで、半壊した施設の中でリーラの胸に抱かれていたテンシと顔がそっくりだ。あの時、いの一番に抱き付いたから分かる。

 彼を巡って、何やらマスターと話をしていたのも覚えている。ただのテンシではなそうだ。


「ミア? わたしの顔に何か付いてるか?」


 じっと見つめすぎたのか、リーベは不思議そうに首をかしげる。ミアは少し考えるが、何も言わなかった。

 リーラが何も言わないのだから、今はその事に触れない方がいいだろう。それに狩人の中にも、少ないがテンシも居る。もし何か特別な事情があるのなら、リーラやマスターから話があるはずだ。

 今日のところはこれで区切りをつけて、あとは純粋に楽しもう。そう自分の中で頷いたミアは、リーベの真っ白な顔にそっと手を伸ばし、包んだ。むにむにと、赤子のように柔らかな感触に目を輝かせる。


「超ぷにぷにだ~! かわい~っ」

「んむ」

「えへへ、ずっと触りたかったんだよねぇ。まつ毛長いし、目もクリックリ! 髪の毛長いねぇ。リーラにやってもらったの? 服もリーラの?」

「む、ぅん」

「ミア、そのままじゃ」

「あ、ごめん!」


 止まらない手のせいで、言葉が紡げなかった。翡翠の言葉でミアは我にかえったように、慌ててパッと手を離す。


「ごめんね、つい」

「大丈夫? リーベ君」


 つまむと言っても撫でるようにだったため、痛くはなかった。リーベは申し訳なさそうな二人にコクコクと頷いて見せる。


「髪、リーラがやってくれたんだ。服も、小さいころに着たやつをくれたんだ」

「そっか~いいねぇ」

「よく似合ってますよ」


 嬉しそうに話すリーベに、つられるように二人も顔を綻ばせた。ミアが頭を撫でると、彼は嬉しそうに目をつぶる。


「ミアは、かわいいのが好きなんだな」

「そうだよ。昔から大好き」

「ミアもかわいいから?」

「お、よく分かるじゃん。似合うでしょ?」

「うん、すっごくかわいいぞ!」

「あははっ可愛い子だなぁ」


 ミアは愛しそうにリーベを強く抱きしめる。彼は急に体が包まれて驚いたようだが、嬉しそうに背中に手を回す。そこで、やりとりを微笑ましそうに見守っていた翡翠と目が合った。


「翡翠の顔に咲いてるのは、なんていう花なんだ?」

「えっ? あ、こ、これは薔薇です」

「そっか、とても綺麗だ!」


 翡翠は自分の額に触れながら、少し視線を外して答える。前髪もまとめて一つに結んでいるから、赤い薔薇はとても目立つ。彼女は真っ直ぐな瞳で見つめるリーベの褒め言葉に、少し恥ずかしそうに笑った。


「……ありがとう」

「たしか、それが初めてのタトゥーじゃなかったっけ?」

「うん、四年は経ってるかな」


 翡翠は記憶を馳せながら言った。ミアもうんうんと頷きながら、思い出を頭に巡らせた。

 当時、翡翠は目が隠れるほど前髪を長くしていた。しかし突然、思い立ったように髪をまとめ、そこに赤い薔薇をさしたのだ。ミアは驚いたが、凛とした彼女の表情にとても嬉しかったこを覚えている。


「ミアと翡翠は、仲良しなんだな」

「うん、高校時代からの親友なんだ」

「しんゆう? こーこー?」

「勉強をしたり、友達を作って遊んだりする場所ですよ」


 リーベは「友達」という単語に目を丸くし、勢いよく椅子から立ち上がった。


「わたし、友達を知りたいんだ!」

「知りたい? 欲しいじゃなくて?」

「欲しい? 物なのか?」


 翡翠とミアはキョトンと首をかしげられて互いに顔を見合う。確かに、物じゃないが欲しいと言う。言葉で説明しろと言われても、人それぞれの主観があって、これと言うものがない。

 難しそうに頭を捻る翡翠をじっと観察するリーベに、ミアは閃いたように指を鳴らした。


「じゃあ、俺たちと友達になろうよ」

「友達、教えてくれるのか?」

「友達ってね、言葉で……一個の定義で表せるものじゃないんだ」

「てい?」

「つまり、やってみないと分からないって事! だから友達!」

「そっか!」


 翡翠は彼らのやりとりにポカンとした。たしかに、こういったものは行動あるのみ。だが、分かっているのだろうか。

 ミアは唖然としている彼女の手を取り、リーベの真っ白な手も握る。翡翠は黒い目を瞬かせると、可笑しそうに笑って頷いた。


「あ、そういえばさ、リーベってリーラとパートナーなの?」

「うん。まだ何ができるか分からないけど……リーラがパートナーになるんだって。でも、パートナーってなんだ? 翡翠とミアにもいるのか?」

「俺たちパートナーだよ」

「簡単に言うと、お互いの力を補い合える関係の事です」


 二人を例にすると、パートナーの説明が最も分かりやすいかもしれない。

 ミアはナイフも扱えるが、ほとんど銃などの遠距離攻撃を好む。対して翡翠は、刀や素手などの近距離戦だ。翡翠が敵と刃を交えている時、ミアが銃でサポートするのが定番の連携。元から知っている仲という事もあって、足りない部分を互いに補っているというわけだ。

 基本的にテンシ狩りは数人で行う。その時、パートナーは必ず共闘する。互いが欠けてはならない存在だ。


「わたしも、リーラの力になれるかな……?」

「大丈夫だよ。リーラは人選センスいいから」

「二人だけじゃないですから、一緒に頑張りましょうね」

「うん!」

「よう、坊主たち。楽しんでるかぁ?」


 ミアの細い肩に、何倍も太い腕が絡む。会話に入ってきたのは、忠徳だった。赤みを帯びた顔と陽気さから、もう相当飲んでいるのだろう。


「忠徳ぃ、重い~」

「ははは、珍しいなぁ、ミア。お前さん、今日は仕事ねえのか?」

「ううん、これからコラボ撮影。でもまだ時間あるよね?」


 そう翡翠に尋ねながら、ミアは腕にした花柄の腕時計を見る。タクシーを拾うにして、三十分は余裕があったから来た。まだあと十五分は時間がある。そう思ったのに、翡翠は慌てたように立ち上がった。


「ミア、もう時間!」

「え、まだ十五分」

「その時計まだ直してないやつ……!」

「うそぉ! ごめん、可愛いから着けてきちゃった!」

「私も気付かなかった。急ごう。まだ間に合う」

「リーベ、今度遊び行こうね。リーラによろしく」

「うん、バイバイ!」

「翡翠、ちょっと待ちな」


 タクシーを止めに店を出ようとした彼女を忠徳は止める。胸ポケットから財布を取り出すと、数枚の紙幣を取り出してその手に握らせた。


「えっ忠徳さん……?!」

「いーから。じいさんからの小遣いだ。仕事頑張れよ」


 忠徳は戸惑う翡翠を無視して席に戻り、酒を煽る。外から呼ぶミアの声が、さらに彼女を焦らせた。迷った結果、翡翠はお金を握りしめ、深く頭を下げる。忠徳は店を出て行く背中に緩く手を振った。

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