第3話 洞窟

 気が付くと、そこは暗い箱の中。棺桶にしては広すぎるけど、さっきまでいた神様の部屋でないことは確かだね。五、六人なら立っていられそうな密閉された場所。その床にまたしても自分は寝かされていた。

 上半身を起こしたけど、今度は毛布ではなくちゃんとした服を着て靴も履いている。


 服とは言っても体に張り付いた黒いハイカットのボディスーツ。背中は大きく開いていて翼を広げても邪魔にならない。

 革のブーツに膝上まであるソックス。絶対領域を作っているのは神様のセンスなんだろうね。

 手には指先が飛び出た黒いグローブに、肘まで覆い隠すアームカバー。多少の露出部はあるものの、体の大部分は覆われている。


 動く体に合わせて伸縮するその素材は、この世界の物ではないのだろう。多分、神様がくれた服だろうけど、神様の趣味がそのまま出ている感じだよ。


 そう思いつつ立ち上がると、目の前には横にスライドするタイプの扉がある。その引手に手をかけ扉を開けつつ外に出る。


「それにしても、ここは真っ暗だね」


 照明は一切なく真っ暗ではあるが、ヴァンパイアの目には辺りの様子がちゃんと見えている。見えていると言っても白黒の世界、赤外線が見えているのだろう。でもそれで十分だ。


 ここは、周りを岩で囲まれた広い洞窟の内部。その広間の先には下りの階段があるようだね。


 ――これを降りて地上に出ろと言う事だろう。それなら最初から地上に降ろしてくれればいいのに、不親切な神様だよ。


 心の中でボヤキながらも石でできた階段へと向かう。階段は狭く大人二人なら並んで通れる程度。岩の中をくり抜いたトンネル構造になっている。

「ヤッホ~」と大声を出してみたけど、その声は階段の奥に吸い込まれ返ってくる事はなかった。そのトンネルの階段を一段一段歩いて降りて行く。


 ――先は長そうだね。そうだ、ここを飛んで降りれないかな。せっかく翼があるんだし、歩いて降りなくても飛べば楽じゃん。


 これは、いい事を思いついたぞと、背中の翼を広げてコウモリみたいにパタパタと羽ばたいてみる。しかし、この薄い膜のような翼では飛ぶ事ができない。


 ――それじゃあ、滑空方式かな。


 翼はヴァンパイアの両手を広げたよりも大きく、階段の壁ぎりぎりといったところだ。翼を壁いっぱいに広げたまま少し走ってチョンと階段を蹴ると、少しだけ浮かぶ事ができた。

 もっと勢いをつければ、ちゃんと飛べるんじゃないか。階段を二、三段抜かしで降りながらスピードがついたところで階段を蹴る。今度は足を着かずに飛ぶ事ができた。やればできるじゃん。


「イッテッ!!」


 調子に乗って飛んでいたら、天井の出っ張りに思いっきり頭をぶつけて墜落してしまった。打ちつけた頭を撫でながら、天井をにらみつける。


「こりゃ、翼を微妙にコントロールしないと駄目みたいだね」


 上下左右の壁に注意しながら階段を飛んで降りる。ずいぶんと降りて来たけど、まだまだ先は見えない。まあ、いいかと気を取り直して、飛ぶ練習をしながら降りて行く。


 そして地上に着く頃にはすっかり飛ぶことにも慣れてきて、可憐に地上に舞い降りた。長い階段を降りた先は、またしても岩に囲まれた広い空間。でも天井は高く薄暗い感じだ。どこからか外の光が入っているんだろう。


 平らになっている岩の広間を進んで行くと、その先に明るい光が見える。色が付いているから、外からの光だろう。なんだか久しぶりに光を見た気がするよ。

 その光の方に走って行くと、人が通れるくらいの出入口があった。眩しく煌めく光の中、その岩の割れ目から外に出る。


「うわ~。すごい景色だね~」


 清々しい空気が顔を撫で、目に映るのは広大な大自然。ここは山の中腹。眼下には新緑の絨毯のような大森林が広がっている。遠くにはこの場所よりも高い山脈の尾根が、青みを帯びて続いている。大森林の真ん中あたりには綺麗な湖も見えるぞ。


 洞窟前の地面は少し広く平らになっていて、右手の下へと続く山道につながっている。前方の崖の手前まで行って麓に広がる大樹海を見渡す。


 後ろを振り返ると、この洞窟を含む高い山がそびえ立ち、そのなだらかな稜線の先の山頂は霞んでいてよく見えない。万年雪だけが山頂近くの山腹に張り付いているのが見える。まさに絶景と呼べる景色がそこにあった。


 ――神様が言っていた洞窟はここに間違いないだろう。するとボクはここで眷属になりたいと言う人を待っていればいいと言う事になるね。


 この洞窟の入り口は見覚えがある。上空から見た映像にあった場所だ。

 そういや、洞窟の中にレンガで組んだ部屋みたいなものがあったことを思い出す。入り口近くにあるその部屋へ行き木の扉を開けると、かまどにテーブル、それに食器棚までが用意されていた。

 鍋などの調理器具や、棚には塩や粒コショウなどの調味料がガラスの容器に入っている。反対側の壁には大きな窓ガラスがはめ込まれていて、明るくて大きな部屋だ。


 さすがに電気まではないようだけど、神様が生活できるようにしておいてくれたんだろう。その部屋の奥には寝室やお風呂場まであった。

 一人で住むには大きすぎるぐらいの部屋だけど、快適に過ごせそうだ。


 水は山の湧き水をここまで引いているようで、水道の蛇口から綺麗な水が出るようになっている。その冷たい水を飲んで一息つく。


「後は食料をどうするか……」


 この部屋以外に食糧庫があって塩やコショウ、炭などが保管されていたけど、保存食は無かった。

 神様が言うには、ヴァンパイアは不死身だけど、活動するエネルギーとなる食事は必要になる。それが人の血液らしいけど、普通の食事でもいいと言っていた。今はお腹が空いていないけど、早めに食料を確保しておいた方がいいだろうね。


 外を見る限り、人が住んでいる村のような所は無かった。村があったとしてもそこに居るのは獣人だろうし、今はあまり関わりたくはないかな~。


 すると、ここで自給自足の生活をする事になる。食料となるのは森に居る獣。それを狩るという事になるんだろうけど、自分にそんな事ができるんだろうかと考えてしまう。


「まずは、ボク自身を知るところからだね」


 このヴァンパイアの体を神様からもらったけど、どうやらこの世界ではドラゴンも倒せて無双できるくらいの力があるらしい。でもそんな事をするつもりはない。世界を征服したって、その管理で忙しくなるだけじゃん。眷属は作ってもいいけど、その子達と穏やかにここで過ごせればそれでいいよ。


 目指すは平和なスローライフ。それが自分には一番合っている気がする。


 今のところ、空を飛ぶ以外どんな能力があるのか全く分からない。ゲームのようにメニューウィンドウが表示されて、スキルやステータスが見れる訳じゃないからね。さっき階段で飛んだみたいに能力は自分で経験して身に付けないといけない。


 ――神様は力が強いと言っていたから、外に出て岩でも持ち上げてみようかな。走りも試したいな。


 そう考えるとなんだか楽しくなってきたぞ。自分の能力を試すべく、転生ヴァンパイアのリビティナはそわそわと洞窟の出口へと向かった。

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