第4章〜イケてる彼女とサエない彼氏〜④

 11月4日


 ネット・スターの後悔〜瓦木亜矢かわらぎあやの場合〜


 三日月祭みかづきさいは、二日目を迎えていた――――――。

 

 寿太郎じゅたろうの自宅を訪ねた翌日にあたる文化祭初日、彼は、どうとう学校に姿を見せなかった。


 マンションのエントランス・ホールで、彼のお祖母ばあさんと遭遇し、寿太郎の近況を確認できたことで、少し胸のつかえが楽になったんだけど……。

 

 実際、彼の姿を見て、これまでのことを直に謝っておかないと、自分の中のモヤモヤとした気持ちが晴れることはないだろう――――――。

 

 わたしは、文化祭の直前になって、柚寿ゆずちゃんに知られることになった、自分自身の身勝手さによる行為について、そんな風に感じている。


 色々なことを思い詰めていた一昨日までよりは、いくらか気分は楽になっているものの、寿太郎や柚寿ちゃんのことを考えると、とてもじゃないけど、心の底から三日月祭みかづきさいを楽しむような気分にはなれないし、最終日に行われる《学院アワード》の投票締め切り直前に行われるステージの内容についても、考える余裕などなかった。


 そんな自分のようすを見かねたのだろうか、午後になって、クラスの執事喫茶のお客さんが落ち着いた頃、リコとナミが、話しかけてきた。


「亜矢、昨日は、ずっとクラスで受付をしてくれていたけど、休まなくて大丈夫?」


「深津が来ていないのは心配だろうけど……少しは休まないと、明日に響くよ?」


 彼女たちらしい気づかいに感謝しながら、


「ありがとう! でも、ここでみんなと居るほうが、気が紛れるから……それに、彼が学校に来るなら、教室にも立ち寄るだろうし……」


と、クラスを離れがたい理由を伝えると、リコが淡々とした口調で、わたしに告げた。


「そうは言っても……明日は、《学院アワード》のステージがあるし、アヤが、三日月祭みかづきさいを見て回れるのは、今日が最後だよ? お昼も過ぎて、お客も減ったし、いまの間に少しでも今年の三日月祭みかづきさいの雰囲気を楽しんできたら? もし、深津くんがここに来たら、すぐに亜矢に連絡するから」


 続いて、ナミもリコに同調するように続ける。


「そうそう! 気晴らし……になるかどうかはわからないけど、他のクラスやクラブの演物だしものも見ておいた方がイイんじゃ? なんだしさ……」


 彼女たちの言葉は、それまで教室を離れがたいと思っていた自分の気持を動かすのに十分だった。


「そっか……高等部では最後の三日月祭みかづきさいだもんね……じゃあ、ちょっと校内を見回ってくる! 忙しくなる三時には戻って来ようと思うから……ちょっと、受付を変わってくれる?」


 わたしは、そう言って、受付用に用意した学習机と椅子のセットから立ち上がって、ふたりに受付係の交代を申し出る。


「オッケー! ウチらで、亜矢の三人分、働いとくよ!」


 ナミは、そう言って、快活に返事をしたあと、


「あっ、そうそう! 二年のコたちが、メイド喫茶をしてるみたいだから、ついでに敵情視察して来てくんない? 衣装や教室内の装飾のクオリティを見てきてよ!」


と、ちゃっかり、依頼をしてくることも忘れない。


「わかった! 二年生の教室だね? わたしも気になるし、見てくるよ!」


 ナミからの司令ミッションを受け、わたしは、校内の視察に出る。

 忘れないうちに使命をはたしておこうと、階段を下り、二年生の教室が並ぶフロアにたどり着いた瞬間、メイド服を着た下級生と目が合った。


「「あっ!!」」


 お互いに見合ったまま声が重なったあと、最初に口を開いたのは、二年生の山口カリンさんだった。

 偶然、わたしと出くわしたことで驚いた表情をしていた彼女だけど、そのようすを取り繕うかのように、すぐに不敵な笑みを浮かべて、こんなことを語る。


瓦木かわらぎセンパイ、奇遇ですね? 私、これからセンパイのところに行こうと思ってたところなんです」


「わたしに何か用、山口さん? ハルカと別れたあとも、いまだに、あなたに理由が、正直わからないんだけど……」


 敵対的な(という風にしか、わたしには見えない)表情の下級生に対して、平坦な声で返答すると、彼女は、わずかに口元を歪めたあと、


「そのことも含めて、ちょっと、お話しできませんか? 長く時間は取らせませんので、場所を変えましょう?」

 

と、提案をしてきた。

 気分転換の幸先をくじかれるような展開に軽くため息をつきつつ、


「わたし、このあと、メイド喫茶に行く予定だから、なるべく手短にお願いね」

 

と、返答して仕方なく、下級生に従うことにしたわたしは、彼女が案内するまま、人気ひとけの少ない体育館の裏側に移動した。

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