第43話【英断】


「………くん……昌也君!」


朦朧とする意識の中、耳から入る誰かの叫び声に脳を揺さぶられ、昌也は目覚めた。

ゆっくりと重い瞼を上げると、切羽詰まった形相でこちらを向いている人物がいた。


康である。


「……あれ?……俺…」


まるで寝起きのような間の抜けた返事が昌也の口から洩れる。


「良かった…本当に良かった!」


そんな昌也の反応を見て康は安堵の表情を浮かべた。


康だけではない。

昌也の顔を覗き込んでいたコルアやエリエスも、彼が目覚めたのを見てホッと胸を撫で下ろす。


周囲を見渡すとここが鍛冶小屋の中であることが分かった。

きっと皆が運び込んでくれたのだろう。


「俺……死んだと思った…」


昌也がボソッと呟く。

剣で胸を貫かれたのだ。そう思うのも無理はない。


「モアが傷口を塞いでくれたのよ。私達に勝てないと分かって、恩を着せることにしたみたい」


枕元で自分を見つめるエリエスの言葉を聞いて、昌也は自分の胸元に目をやる。

何やら乾いた土のようなものがこびりついていて動きにくい。

そっと手で触れてみるとザラザラしていて、それなりの硬さがあった。


「…エリエスも助けてくれたんだよな。何となく覚えてる」


ありがとう、と昌也は礼を言った。


「お礼を言うのはこっちの方よ。あなたに命を救われた」


「…いや、元はといえば俺のせいだし。悪かったよ、みんなに迷惑かけて。本当にごめん…」


珍しく素直な昌也の態度に、呆気にとられた康とコルアは目を見合わせる。


「まったくだ」と、横からダイタスが口を挟んできた。

彼はさっきからずっと不機嫌そうに腕を組んで椅子に腰掛け、昌也のことを睨んでいた。


「お前さんが逃げ出したりしなきゃ、こんなややこしいことにはならなかった。剣の力に溺れよって…」


ぶつぶつと不満をあらわにするダイタスに一同は苦笑いを浮かべる。


「…そういえば剣は?」


「ここにあるよ」


キョロキョロと辺りを見渡す昌也に、康が剣を手渡す。


「…昌也君が倒れた後使わせてもらったけど、確かに凄い力だった。手離したくないのも分かるよ」


剣を受け取りながら、昌也は不思議そうな目で康の顔を見る。


どうして彼はこんなにも簡単に剣を返してくれるのだろうか。

その力を使ったのなら少しは惜しむ気持ちがあるはずなのに。


「おっさんはこれを自分のものにしたいとか思わないのか?この力があれば英雄にだってなれるし…」


ついそんな疑問が口を突いて出る。

それに対して康は首を横に振った。


「それは昌也君のものじゃないか。それに、英雄になるのは別にぼくじゃなくたっていいんだ。目立つのはあんまり好きじゃないしさ」


なんとも康らしい答えである。

ここまであっさり言いのけられると、あれほど力に固執していた自分が急に馬鹿馬鹿しく思えて昌也はプッと吹き出した。


「何だよそれ。普通強くなれるならなりたいと思うだろ」


胸を押さえて傷口を痛がりながらゲラゲラ笑う昌也。

ひとしきり笑った後ダイタスの方に向き直ると、何を思ったのか聖剣を差し出したではないか。


「…これ、返すよ」


え!?とその場にいた誰もが驚きを隠せない。


「どうしたんですかマサヤ!?」


「あんなに剣を大事にしてたのに…」


コルアと康の疑問に、昌也は苦笑を交えつつ答える。


「…聖剣を手に入れても結局魔族に勝てずにボコボコにされたし、みんなを傷付けただけだったからさ、もう懲り懲りだよ」


「…本当にいいんだな?」


念を押すダイタス。

昌也は静かに頷いて、剣から手を離した。


「…力を解放した時に悲鳴が聴こえたんだ。多分、剣に囚われた魂の。…もし誰かが力を使い続ける限りそいつらが苦しみ続けるなら、楽にしてやってほしい」


聖剣の力に執着していた時の昌也とは別人のような真っ直ぐな眼。

仲間を傷付け、自らも傷だらけになった彼は多くを学んだ。


もしかするとこれは英断などではなく、ただの逃避なのかもしれない。

傷を負うことを恐れ、力を持つ者としての責任を放棄しているだけなのかも。

何が正しい選択なのか、それは誰にも分かりはしない。


だが少なくともここにいる仲間達は、そんな昌也の成長と呼ぶべき変化を心から喜んでいた。


「…分かった。こいつを造り出した者としての責任を果たさせてもらうとしよう」


ダイタスは剣を受け取ると、それを鞘から引き抜いて金床へと置いた。

剥き出しになる刀身。

金槌を掴んで振り上げた手に、皆の視線が注がれる。


「…さらばだ、ガレディア」


ダイタスは金槌を強く握り締めて力を込めると、それを聖剣へと振り下ろした。


ガキンッ!と大きな音を立てて刀身が砕け散る。


その瞬間、折れた剣の断面から無数の青白い蛍火が飛び出したではないか。

聖剣の中に閉じ込められていた魂達である。


「な…何なんですかこれ!?」


何百、何千と揺らめきながら室内を漂うそれに怯えて康の服の袖を掴むコルア。


「剣に宿ってた魂が解放されたんだ。心配いらん」


そうダイタスから言われたものの、霊魂のようなものが自分の周囲を漂っているとなると、落ち着くどころか余計に不安になるというものだ。


昌也や康、エリエスもそれは同じで、自分達の周囲を彷徨う光に動揺を隠せず、オロオロと視線を泳がせていた。

霊魂だと思い込んでいるせいなのか、ただの光の玉でしかないはずのそれが時折人間の姿にすら見える。


「…ジェイド?」


ふと昌也は目の前を横切った蛍火の中のひとつにジェイドの面影を見た。

その横顔は昌也の方を向いてフッと微笑みを浮かべるとすぐに窓の外へと飛び出し、空高く舞い上がって消えたのだった。


そんな中で康は、ダイタスと若い青年の魂が向き合う姿を目撃した。

二人の醸し出す雰囲気から、恐らく彼がダイタスの話していた息子のガレディアなのだろうと何となく察した。


間もなく康の目の前で青年の姿は薄く透き通り、やがて消えてしまった。


最後の光が窓を抜けて室内を静寂が支配する。

現実離れした場景を目の当たりにした一行は心の整理が追い付かず、気を取り直すのに少し時間がかかった。


「……これで良かったんだよな?」


最初に口を開いたのは昌也だ。

その問いに皆が沈黙で答える。


「…あ~あ、また弱い俺に戻っちまった」


だがそんな昌也の一言で重い空気が取り払われ、仲間達の間に笑顔が戻った。


「弱くたっていいじゃないか。みんなで助け合っていこう」


「そうですよ。いざとなったら自分がマサヤを守ります!」


「ああ、頼りにしてるよ」


康とコルアの励ましを受け、少し落ち込んでいた昌也も頬が緩む。


「あなたは弱くない。剣を持ってた時よりも今の方がずっと頼もしいわよ、昌也」


「…へへっ。そう言って頂けて光栄です、王女様」


照れ臭い気持ちをはぐらかすように昌也はエリエスに向かってわざと仰々しく頭を下げた。


「そう言えばエリエスは王女様でしたね!どうしよう…今まで色々と失礼な態度取っちゃってた気がする…」


「そうだった!もしぼく達にできることがあれば何なりとおっしゃってくださいね、エリエス王女!」


急にかしこまる一同の視線に押されてエリエスはたじたじな様子で後ずさりした。


「ちょっとやめてよ、そんな言い方!王女だったのは昔の話。今はただの蛙よ!?」


「でも王女様は王女様だからなぁ」


とイタズラっぽく茶化す昌也に、エリエスは口をつんと尖らせてそっぽを向く。


「王女って呼ぶのも、堅苦しい喋り方もやめて。怒るわよ」


「はいはい、分かったよ」


いつも通りの接し方に戻ったため、エリエスは逸らしていた顔を戻す。


「…エリエス、一体君に何があったんだい?」


急に真剣な眼差しでエリエスに詰め寄る康。

するとこれまでの和やかな空気が一転、皆は口を閉じて彼女の姿に見入った。


…何故人間の王女が魔族に体を奪われるに至ったのか。


謎はまだ残ったままなのだ。

その質問が皆の総意でもあることを肌で感じ取ったエリエスは、あらためて皆の方に向き直る。


彼らには伝える義務がある。

共にカトリシアへと向かう仲間として。


エリエスは目を閉じて過去の記憶を呼び起こし、ゆっくりと口を開いた。


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