第41話【強さの果て】


狂暴な土人形が蔓延はびこるこの場所から一刻も早く逃げなければならないというのに、モアによって脚を大地に埋められていた康は身動きが取れないでいた。


恐らくモアはただ康の体を沈めただけでなく、周囲の土を凝縮したのだろう。

どれだけ脚を動かしてもまるで岩に挟まれているかの如くびくともしないのだ。


徐々に距離を詰めてくる人形達に、康とエリエスの緊張はピークに達していた。


「エリエス、せめて君だけでも逃げて!」


「そんなこと言わないで!あと少し…あと少しで何とかなるから…」


きっと気休めなのだろう。

どれほど遠くを見渡しても木と土しかないこの土地ではエリエスの水の魔力が発揮できないのは康にも分かっていた。


「…もしもぼくが死んだら、代わりに昌也君やコルアちゃんのことを守ってあげてくれるかい?」


「誰も死なない!みんなで旅を続けるの!」


普段何があっても冷静なエリエスが泣きそうなのを見て、こんな状況下にも関わらず康はクスッと笑う。

だが巨大ゴーレムが目の前に来たことで途端に死の恐怖に襲われた。

その巨体に日の光が遮られ、康の周囲一帯に闇が広がる。

怯える康の瞳に、足を振り上げるゴーレムの姿が映る。


康はとっさにエリエスを守ろうと自らの体を覆い被せた。




土人形の群れを斬り進みながらはぐれた皆を探していた昌也は、不意に大きく足を振り上げたゴーレムの動きに気付く。


(!?)


そこに目をやった昌也は、ゴーレムの足下で身を丸める康の姿が見えて心臓が引き締まる思いがした。


「おっさん!」


今から数秒後にはゴーレムの足が下ろされ、踏み潰されてしまうだろう。

もはや一刻の猶予もない。


すぐに助けに行くべく走る昌也だったが、運命は残酷だった。

そんな昌也を遮るようにして土人形が剣を構えて立ち塞がってきたのだ。


「くそっ!」


人形を倒そうと昌也が剣を振り上げた直後、遠くに見えるゴーレムの足が動く。


(ダメだ…間に合わねえ!)


景色がやけにスローモーションに感じた。


ゴーレムの足と、目の前の人形の剣が同時に動いている。

一方は康達を、一方は昌也のことを殺すための死の一振り。

両方に対応することなど不可能だ。


(もう、諦めるしかねーか…)


皆との思い出が頭を巡る。

喧嘩や言い争いをしたこともあったが、こうして振り返ると、浮かび上がるのは笑い合った光景ばかりだった。


(みんなとの旅…楽しかったな…)


昌也は覚悟を決めると、聖剣をゴーレムの足めがけて投げ放った。





「…………?」


死への恐怖からギュッと目を瞑っていた康とエリエスは、ふと頭上で何かが砕けるような音がしたことに驚き、恐る恐る瞼を上げた。


真っ先に見えたのは光だった。

先程まで自分達の周囲を覆っていたゴーレムの影が消え、日の光が地面を照らしていたのだ。


見上げるとそこには聖剣が突き刺さり、片足が粉々に砕け散ったゴーレムの姿があった。


「あ……」


視線を下げて振り向くと、遠くにいる昌也と目が合う。



笑っていた。



どこか気まずそうでもあり、清々しさも感じる不思議な笑顔で。


だがその胸には…


あろうことか、土人形の剣が深く突き刺さっていた。


「昌也君!」「昌也!!」


康とエリエスの悲鳴が混じり合い、片足を失ったゴーレムが倒れて大きな地響きが巻き起こる。


胸から剣が引き抜かれるとおびただしい量の血が溢れ、昌也は糸の切れた人形のように力無くその場に崩れ落ちた。


それと同時に地面に投げ出されていた水の魔石が青白い光を放ち、突如として地面のあらゆる所から大量の湧き水が勢いよく噴き出したではないか。


水は大地をえぐりながら竜のように這いずり回り、土人形やゴーレムを次々と包み込んで泥へと変えてゆく。

康の真下からも水が噴出し、土の拘束から解放された。


「これは!?」


「地下水よ!鍛冶屋に井戸があるくらいだから、この下に水があるのは分かってた。汲み上げるのに時間がかかったけど」


エリエスと康は水竜の背に乗り、大急ぎで昌也のもとへ向かった。


大地が洗い流されて土人形が一掃されたことにより視界が開けると、コルアは水竜に乗った康達を見つける。


「よかった!みんな無事……」


安心したのも束の間、康達の進行方向に目をやって血の気が引いた。

昌也が血まみれで倒れていたからだ。


「マサヤ!?」


すぐに昌也のもとに駆け付けた三人と魔獣達だったが、到着した頃には既に彼は死の危機に瀕していた。


胸の刺し傷は見えないくらい出血が激しく、呼吸は濁って咳き込むと口から真っ赤な血を吐いた。

これは助からない傷であると、その場の誰もが直感で分かった。


「昌也君死んじゃ駄目だっ!」


康はすぐさま傷口を押さえて止血を試みたが、血は止まることを知らずに流れ続ける。


「…みん…な………ご…めん……」


弱々しくかすれた声で昌也が呟く。

喋るたびに血が口から溢れてゲホゲホと苦しそうにせた。


「大丈夫ですよマサヤ!大丈夫!!」


昌也の右手を握るコルアの瞳は涙で潤んでいた。


「…駄目だ、血が止まらない!」


「康、手を離して。私がやってみる!」


そう言うとエリエスは緊迫した表情で水の魔石を操って昌也の胸の上に置く。

すると溢れる血がまるで時間を巻き戻すように昌也の体内へと戻っていくではないか。


「これって…」


コルアが涙をぬぐいなから、目の前で起きた奇跡に見入る。


「…血を増やしながら昌也に戻してる。肺に溜まった血も抜かないと…」


そう、エリエスが水の魔力を使い、血液をコントロールしていたのだ。


しかしこれで助かる保証はない。

こんなことをやるのは彼女も初めての経験で、しかも体内を循環する血液の操作は困難を極めた。

大量の水を操るよりも遥かに難しい繊細な所業である。


その証拠にエリエスの顔に楽観の色は無く、神経を磨り減らしながら集中しているのが見てとれた。


「これで助かるんだよね!?」


「ごめん、今は喋ってる余裕がないの…。でもきっと助けてみせる」


必死なエリエスに申し訳なくなり、康は慌てて口を閉じる。

昌也が助かることを祈りつつ…。




「…まだ終わってはいませんよ」




皆が昌也に視線を注ぐ中、不意に後ろから嫌な声が聴こえた。


「…っ!?」


振り向いた一同は絶句する。

何故ならそこにはモアが立っていたからだ。


ゴーレムに踏み潰されて絶命したと誰もが思っていたのに、彼は重症を負いながらも一命を取り留めていた。

よろめきつつも杖に体重をかけ、闘志は消えていないようである。


「そんな…!」


やっと戦いが終わったばかりだというのに、再び甦る悪夢。

しかも今はエリエスが昌也の治療に専念していてそれどころではない。

もしも水の魔石を使って戦えば間違いなく昌也が死ぬだろう。


「待ってください、昌也君が死にかけてるんです!」


「…ほう、それはいけない」


無駄だと知りつつも懇願する康にモアが返した言葉は、やはり皆が望んだものとは正反対であった。


「今すぐ楽にしてあげないと!」


杖が光を放ち、地面から10体の土人形が現れる。

しかしモア自身も怪我の影響か、あるいは魔力が尽きかけているのだろう。

人形の姿は先程よりもいびつで、それほど強度があるようには見えなかった。


それでも何の力も持たない康やコルアにとって脅威なのは変わりなく、勝てる見込みは無い。


モアが杖をかざすと人形が康達めがけ一斉に攻めて来た。


グルル…!と唸り声を上げ、すかさず3匹の魔獣達が護衛に回ってくれたものの、数で押しきられるのは時間の問題だ。


魔獣は自分達だけでは守りきれないと判断すると、とある物を口に咥えて康の方へと投げた。


『人間、これを使え!』


「…これは!」


目の前に落ちたそれを見て、康は目を見開く。

それは昌也が先程ゴーレムに向かって投げ放った聖剣だったからだ。


「させませんよ!」


聖剣の恐ろしさを十二分に体感したモアは、そうはさせるものかと土人形にそれを奪わせようとする。


「…っ!!」


猛進してくる土人形を前に、康は考える暇もなくとっさに聖剣を掴んだ。


康の手が触れた直後、聖剣が光を放つ。


「しまった…!」


冷や汗を垂らすモアの瞳に映る康の眼が、赤く染まった。

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