1-(5)


 たちまち緊張が走る。嫌な予感しかない。たぶん、王宮に仕える獣人なのだろう。ヌプンタ国の官僚が、武装した複数の獣人にルトたちを引き渡す。少年たちを乗せた馬車は、役目を負えたと言わんばかりに去っていった。


 視界の端でだんだん小さくなる馬車を、ルトは最後まで瞳に焼きつけていた。もう見ることは叶わない、故郷の造り物を、記憶の奥に刻みつけて。


「ぼぅっとするな。お前らはこっちだ。数が多いからな、宮内に全員入るまでは、ここで身体からだを拘束する」


 十人の役人らしき獣人たちが、後宮の入り口でルトたちを出迎えた。入り口といっても後宮の門扉だ。後宮内に入るまでには、敷地内にある野道といえる長い道のりや、美しく完成した池掘りを通らなければならないという。


 ここで逃げないよう暴れないよう、少年たちの細い手首は縄で繋がれた。十人ずつ一列に連なって案内され、ようやく後宮のなかへ足を踏み入れる。まるで罪人だ。


 白を基調とする宮の美しい大広間で、ルトたちは身を寄せ合う。集められる人間は、およそ五十人と聞いていた。だがそれだけの数がひとところに集まっても、スペースは十分にある。


 ルトは横並びにされた二列目にいた。右隣りはエミルだ。ルトも、エミルも、きっと他の子どもたちも。不安と恐怖で身体を竦ませている。成熟しきっていない小さな身が、綱渡りのようにかたかたと震えていた。


 整列されたルトたちの前に立つのは、わずか十人の獣人だ。指折りに数えられるほど少なくても、その存在が大いに勝る。顔立ちは人間と同じだが、鼻筋が長く彫りも深い。いやに整った造形のせいでどこか冷たさを感じた。


 連れられた小さな子どもを見る金や銀、グレイの瞳は鋭く光り、耳を澄ませて牙を隠し、無言の威圧を放っている。大きな獣耳と、くねくね動く尻尾。軍服らしいきっちりした服を着こんでいても容易にわかる、逞しい胸板。手の甲には動物の体毛が濃くある獣人もいた。爪はとがっていないが少し細長い。


 獣人と目を合わさないよう縮こまって俯くルトたちを、ざっと眺めたひとりの獣人が告げた。三白眼でいかつい顔つきの彼は、虎の獣人のようだ。堂々とする体躯の後ろで、残りの獣人たちを従えている。広い空間に、響き渡るほど大きな声だった。


「服を脱げ。たった今から、お前らはこの後宮で暮らせ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る