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 ルトは、馬車の窓からリドリーの柔らかい頬に触れた。玉のようにあふれる涙をぬぐう。ジャンにしたように、悲しみが軽くなればいいと念じながら、手のひらに力をこめた。


 リドリーの嗚咽が止む。それを確認して、最後に集まってくれた人たちを紫水色の大きな瞳で見渡した。


「心配しないで。また、きっと会えるよ。だからみんな、元気で」


 そんな、希望もないセリフを言ってみる。アデラを含め、事情を知る大人たちには効果がないだろう。それでも純粋な期待を持つ子どもたちには、多少なりとも気安めにはなるかもしれない。


 すすり泣きが聞こえるなか、ルトを乗せた馬車は出立した。








 馬車に揺られヌプンタ王宮の近くに着き、肌触りのいい高級な服を着せられる。ルトを誘導する官僚に、身なりを整えられたと思えば、また違う馬車に乗せられた。先ほどよりも豪華な馬車だ。


「そこで待て。人数がそろい次第、お前たちはシーデリウムに行ってもらう」


 抑揚のない冷めた声音で、黒い瞳がルトを荷のように押しこむ。裾の長い服に足元をとられながら、背を押されるまま、ルトは馬車の奥に逃げた。馬車のなかにはすでに、それなりの人数が集まっていた。


 よどんで、曇った視線を一身に浴びる。数十人はいるだろう。隙間を縫って、空いていた壁側に座るとようやく状況が見えてきた。


「怖いよ、嫌だ、家に帰りたい……帰らせてよぉ。お父さん、迎えに来てよ……」


 ルトのすぐ隣に座る少年がぐすぐすと鼻を鳴らす。ヌプンタ国では十五で成人になるが、十一、二歳から十五、六歳の男子ばかりだとルトは思った。


 ルトもあと五か月もたてば十五歳だ。すぐ隣で身を震わせる彼は、まだ十をわずかに過ぎた年に見える。


 年齢はルトに近いがなんとなく、ルトはジャンを思い浮かべた。涙を流す少年に、自然と手が伸びた。


「俺はルト。シャド村から来たんだ。君は?」

「僕は……エミル」


 エミルと名乗った彼は涙を引っこめて、ルトの手を見つめてきた。明るいブラウンの瞳がきょとんと開き、彼の幼さをより一層深める。細いルトの腕よりも、わずかに小さい手が、差し出したルトの手を握りしめた。



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