第二章 衣食住、住居を探します

第6話 王子、初夜はお疲れです

 目が覚めるとコボスケの腕に僕は抱かれていた。初夜を迎える令嬢はこんな気持ちなんだろうか。


 いや……、こんな口が臭うやつとは初夜を共にしたくはないだろう。


 これはなんと言えばいいのだろうか。


 "獣臭い"という言葉しか出てこない。


「おい、起きろよ!」


『んー、拙者まだ眠い――』


 あれだけ大きないびきをかいていたのに、まだ眠いのか。


 寝ては目が醒めての繰り返しで、ちゃんと寝れていない僕とは大違いだ。


 何度も夜中に脱出を試みた経験から、抜け道を見つけるのは簡単だ。


 僕は緩まった腕の隙間を抜けるように体を動かしていく。


 あとは穴から出るだけだ。


 昨日は出ようするたびにズルズルと引き戻されたのだ。


『んっ……』


 反対に寝返りをしたタイミングで一気に穴から飛び出る。少しコボスケの体に土が乗ったけど、問題はないだろう。


 まだ寝ているコボスケをそのままにして、森の奥に進むことにした。


 あいつのよだれが顔面にベッタリとついているため顔を洗いたい。


 僕の顔自体が獣臭で溢れている。


 森の中は涼しい風が通り抜け、新緑の香りが鼻に広がる。


『ヌー!』


 鳥のさえずりは聞こえないが、何か変わった動物がいるのだろう。


『ヌー! アドルは拙者を無視するのか?』


 声の主は後ろから付いてきていたコボスケだった。いつの間にか起きて、僕の匂いを追ってきたのだろう。


「お前のせいでこっちは寝不足だ。顔もよだれでベタベタだし」


『友達はよだれを付け合う仲――』


「そんな友達いないわ!」


 流石によだれを付け合う仲はおかしいだろう。


 おかしい……よな?


 僕も友達がいるわけではないため、本当のことはわからない。


 ただ、明らかに知識が偏っているこいつといたら、僕もおかしいやつになってしまうだろう。


「それに友達とは抱き合って寝ないぞ!」


『へっ!? 拙者アドルに抱きついて寝ていないぞ?』


 あれは無意識なのか。


 毎回動くたびに強く抱きしめられるこっちの身にもなって欲しい。


 僕が怒っているからか、チラチラと様子を伺っている。ただの犬に見えるが、どこからどう見てもフェンリルにしか見えない。


 そんなコボスケは無視して僕は歩き出す。


 歩き出すが全く進まない。


『抱き付かなかったら一緒に寝るのはいいのか? いいのか?』


 爪が服に引っかかり動けない。ここは返事をしないとずっとこのままなんだろう。


「いや……」


『グルルル』


「ああ、抱き付かなければいいよ!」


 プラスで威嚇されたらどうしようもない。爪は尖っているし、牙はキラリと光っている。


 グサッと一刺しで、僕は死んでしまう自信しかない。


『夜這いは許されたぞおー!』


 今度は喜んで僕の周りをグルグルと回っている。それにしてもその言葉の使い方は間違っている。


 夜這いには来ないでくれ!


 頭がおかしいコボスケは無視して、再び川を探すことにした。


「それで川ってどこにあるんだ?」


『はにゃ? 川は反対だぞ?』


 どうやら僕は反対の方向へ歩いていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る