第26話 恋心の自覚……?②
【氷室碧 視点】
学校が終わり、放課後がやって来ると、生徒は部活や委員会、また特にどこかへ所属していない者は帰路に就く。
ボクもそのうちの一人。
見慣れた街並みを横目に歩き、隣へ視線を向けるといつも通りそこにはユウの姿がある。
けど、最近はこのいつも通りがいつまでいつも通りでいられるのか不安に思うことがある。
というのも、楓香ちゃんがボクの想像以上に積極的にユウにアプローチを掛けているからだ。
清楚で淑やかな印象を与える外見をしているが、そのうちに抱えているユウへの思いは非常に熱い。
それも、楓香ちゃんの素直さの現れなんだろうけど……。
でも、その素直さがユウにはかなり響いているように思う。
小学四年生のときから、ユウはずっとボク一人に恋し続けてきた。それは、毎日飽きもせず告白してきていたことから間違いない。
しかし、気付けばここ数日ユウがボクに『好きだ』と言ったことはなかった。六年間毎日欠かさず言ってきていたのに。
……もう、ボクのいつも通りはちょっとずつ壊れてきてるんだ。
そう自覚した瞬間、一気に怖くなった。
ユウがボクの傍からいなくなるのも、そう遠くないのかもしれない。と思ったからだ。
「……碧? どうかしたか?」
「えっ?」
ボクは一体どんな顔をしているんだろうか。
いつの間にかユウがボクの顔を覗き込むようにして、心配そうな表情を浮かべていた。
「お、お前……何で、泣いて……?」
「な、泣く? ボクが? あはは、そんなワケ……って、あ、あれ……?」
ユウに指摘されて、試しに自分の目元を指で拭ってみると、肌に水滴が触れたのがわかった。
今、自分が涙を流してしまっていることを初めて理解した。
「だ、大丈夫か!? と、取り敢えず早く家に行こう!」
「え、ちょ……」
ユウは迷わずボクの手を取り、急いで――しかしボクに気を遣って早すぎないペースでボクの家へと向かった。
家に到着するまでのそう長くない時間の中で、ボクは自分の胸の内で整理のつかない複雑な感情に戸惑いながらも、繋がれたユウの手の感触を感じていた。
ひとつ、ここでユウのことについて初めて知ったことがあった。
――ユウの手って、こんなに大きかったんだ。
◇◆◇
【宮前優斗 視点】
学校からの帰り途中、碧が急に涙を流し始めたので、俺は慌ててその手を引いて碧の家に急いだ。
幸いそう遠くない距離のところまで帰ってきていたので、到着するまであまり時間は掛からなかった。
家に着けば大丈夫だ。
……と、俺の想定は呆気なく否定され、
「――え、もしかして今日……おばさんいないのか?」
「う、うん……」
マジか……と、俺は思わずため息を溢した。
さて、どうするかなぁ。
まぁ、流石に碧が急に泣き出した理由もわからないまま放っておくわけにはいかないよな。
「まぁ、取り敢えず休め。俺もしばらく一緒にいるわ」
「い、いいよ別にっ! そこまで心配してくれなくても――」
「――アホか。心配するに決まってるだろ……」
「……っ」
碧は俺の好きな人である前に、物心ついたときからいつも一緒にいる大切な幼馴染だ。そんな相手が傷心している姿を見て、心配しないわけがない。
気持ち顔が赤らんでいる碧を部屋に引っ張っていってから、取り敢えず飲むものを持って行こうと、一階にあるキッチンの冷蔵庫からお茶を取り出してグラスと共に碧の部屋に持って行く。
「ほい」
「……あ、ありがと」
俺がお茶を注いだグラスを手渡すと、碧は控えめにお礼を言ってから口に冷たいお茶を含んだ。
そんな様子を眺めながら、俺はベッドに腰掛けていた碧の隣に座る。
そして、変に遠回しに尋ねて気を遣ったりすると、逆に碧に申し訳なく思わせてしまうかもしれないので、ここは単刀直入に聞くことにする。
「んで? 何かあったのか?」
「……べ、別に何でもないよ」
何でもないことないだろ、とは思ったが、無理に聞き出すことも出来ない。
碧はやや俯き加減で黙り込む。俺の方からも特に何か声を掛けることはせず、二人きりの部屋に静寂が訪れる。
そのまま部屋の壁に設置されたアナログ時計がカチカチと秒数を刻む音が虚しく響く様を聞きながら、十分近くが経過した。
……どうやら今日のところは帰った方が良さそうだな。
俺はそう判断して静かに腰を上げる。しかし、そこで制服の裾がキュッと引っ張られて、立ち上がることに失敗した。
当然この場で俺の服を引っ張ることの出来る人物など一人しかおらず、俺は碧の方へ顔を振り返らせた。
すると、碧はどこか熱を帯びたような瞳をこちらに向けていて――――
「ユウ……行かないで……」
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