第23話 碧、参戦!?②

 翌日、俺は昼に楓香が家にやって来るということで、午前中に自室の掃除と片付けを済ませておいた。


 のだが…………


「んねぇ、ユウ~。楓香ちゃんまだかなぁ~?」


 当然のように俺のベッドの上で寝転がり、先程綺麗に本棚へ仕舞い込んだ漫画やらラノベやらを引っ張り出して読み漁る少女が一名。


 紛れもなく碧である。


 てっきり俺は楓香が昼以降に来るというから、碧もそれに合わせて家に来るんだろうと想像していたのだが、そんな予想は大外れ。


 昼食を兼ねた少し遅めの朝食を取って支度が整い次第、早速俺の家にやって来たのだ。そして、当然のように俺の部屋に上がり込み、今の状況に至る。


「まだだよ。昼過ぎに来るって言ってたから、あと一時間くらいじゃないのか?」


「ん~、早く来ないかなぁ~」


「ってか、お前が来るの早すぎなんだよっ!」


「良いじゃん別に~。特に家にいてもすることないしさぁ~」


「いや、勉強しろよ……」


「うっ、止めて……! 休みの日にまでボクの耳に『勉強』なんていう言葉を聞かせないで……!」


 碧が俺のベッドの上で枕を自分の頭に被せ、耳を塞ぐ。


 それを見て俺は呆れると同時に、布団だけでなく枕にも碧の香りがつくから勘弁してくれと思った。


 夜に好きな女子の香りが付いたベッドで寝る羽目になる男子の気持ちも少しは考えてもらいたいものだ。悶々として眠れるものも眠れなくなってしまう。


「それにしても……」


 碧がパタンと読んでいた漫画を閉じた。そして、うつ伏せになっていた身体をひっくり返して、仰向けに寝転がる。


「楓香ちゃんには悪いことしたなぁ~」


「は?」


 急に何の話だと不思議に思いながら視線を向けた先で、碧がどこか自嘲気味な笑みを作った。


「いやね? 折角楓香ちゃんはユウと二人きりになれるところだったのに、ボクが来ちゃったから邪魔しちゃったなぁ~と思って」


「いやいや、考えすぎだろ。楓香だってお前と遊ぶの楽しみにしてただろ?」


「まぁ、それはそうなんだけど……そうじゃないんだよぉ~」


「意味がわからんわ……」


 それはユウが鈍いからだよ、と碧がケラケラと笑う。


「良いユウ? 本当は楓香ちゃんは今日ユウと二人きりになりたかったんだよ。誰の邪魔も入らないところで、頑張ってユウとの距離を縮めようって思ってね」


「あ~、なるほど?」


「でもボクが来ることになっちゃったからそれも出来なくなったから、今日は普通に三人で楽しむことにした……そんなとこでしょ」


「いやまぁ、納得は出来るんだけど……」


 俺はポリポリと頬を人差し指で掻きながら言った。


「まさかお前に女心を諭されるとは思ってなかったわ……」


「いやボク女の子なんですけどっ!?」


「いや、それは知ってるけどさ。そうじゃなくて、お前恋愛とかわかんないのに楓香の考えとかはわかるんだなと思って」


「そりゃわかるよ~」


「何で?」


 尋ねると、碧はゆっくりとベットの上で上体を起こし、手近な場所にあったラノベを一冊右手に持って、俺にスッと見せてくる。


 そして、全てを悟ったかのようなニヒルな笑みを湛えて答えた。


「だって、ヒロインってそう言うものでしょ?」


「真面目に聞いた俺がバカだったわ。すまん」


 まさかここまで現実と創作の世界の区別がついていないとは……。


 俺はたまらず額を手で押さえた。


「……まぁそれに、女心がわかってなかったら今日ここに来てないしね」


「ん、何て?」


「いんや、何でもないよ~」


 碧が何か小声で呟いた気がしたが、どうせまた変なことだろう。相手にするだけ阿保らしいというものだ。


「さてと、今のうちに何かお菓子でも探しとくか~」


「えっ、お菓子あるの?」


 碧が瞳をキラキラと輝かせるので、俺は釘を刺すように目を細めて言った。


「食べるのは楓香が来てからな?」


「わ、わかってるよぉ……」


 目が泳いでいる。


 コイツ、俺が言わなかったら遠慮なく食べるつもりだったな。



◇◆◇



【氷室碧 視点】


 ユウがお菓子を取りに部屋から出て行ったので、ボクは再びユウのベッドに倒れ込んで顔を埋める。


 ユウの部屋で遊ぶとき、ここはボクの特等席。今までは何も気にせずこうしてこの場所に寝転がっていた。


 でも、今は何か違う。


 ベッドにはユウの匂いがついていて、こうして顔を埋めると、まるでユウに包まれているかのような感覚になる。


 まだ夏にもなっていないのに、妙に身体が熱い。


「……ユウがボクにキスなんてさせるからいけないんだ」


 ボクは自分の唇に指を当てた。


 まだここにユウの頬の感触が残っている。忘れられない感触。

 恥ずかしがっていたのか、そのときの頬は熱くて、柔らかかった。


 思い出す度、ドッと心臓が大きく脈打つ。


 今まで他の誰にも――ユウにだって感じたことのないこの感情が何なのか。その正体をまだ口にすることは出来ないけど、少なくとも今日は、ユウを楓香ちゃんと二人きりにさせないために来た。


 ユウがボクの知らないところで他の女の子と仲良くしているのを想像すると、無性に胸の奥が痛くなる。


 多分、コレが嫉妬――ヤキモチってやつなんだろう。


 楓香ちゃんは良い子だ。多分、ユウと付き合うことになったら最高の彼女になる。


 でも、そうなる未来を受け入れられないボクがどこかにいる。


 だからゴメン、楓香ちゃん。

 ボク……君にユウは渡せないよ…………。

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