[十五年前]

 春の夜。


 二条にじょう家という、名家であり金持でありそして趣味程度に魔法をたしなむ家にあった一つの宝石が盗まれた。


 そのような家で狙われるものである以上、当然ながらただの宝石ではない。


 「夜の灯火ともしび


 人が死なぬ程度の騒動を好む魔石はその夜、二人の盗人をその館に招いた。


 一人は怪盗。

 予告状を出し、厳重な警備をさせた上で目的のものを盗み出す彼は、その石の美しさに魅せられていた。


 一人は魔術師。

 協会の中で孤独と孤高にもがいていた彼は、その石に惑わされていた。


 宝石争奪戦の勝者となったのは魔術師であった。彼はいくつもの混乱が折り重なる中でその宝石を盗み出した。盗み出し、元身内の不祥事をすすぐべく協会が派遣した追手との交戦し――結果、死を迎えた。


 「『夜の灯火』は騒動を好む。だが、人の死は招かない」


 以上の伝承を証明するように、彼の遺体から宝石は見つからなかった。隠れ家からも見つからなかった。どこかに隠したことは間違いない。だが、それを探すには東京は広すぎた。


 「夜の灯火」は行方不明となった。

 二条家は宝石を失った。

 怪盗はその目的を果たすことができなかった。

 魔術師は命を失った。

 協会は顔に塗られた泥を落としきることができなかった。


 以上が十五年前の事件の簡単なまとめである。

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