狂信者イェレミアス


 こちらの肩を狙った横斬りの一閃を屈んで回避し、大きく一歩踏み込む。

 肘をコンパクトにまとめた三連突き。

 木剣の先端が相手の円盾で弾き返される。


「エレオノーラ」


 誰かが呼んでいるが、今は邪魔だ。

 相手が円盾を持つ左側に素早いステップで移動する。

 わたしの動きを追おうとして視界から円盾を下げる。だが、追いつけない。一瞬の隙を突き、防御が開いた脇腹に木剣を押し当てた。


「わたしの勝ちだ」


「む。参った」


 手合わせの相手を務めていた騎士が潔く降参する。


「エレオノーラ上級近衛騎士!」


 雷鳴のような怒声が響き渡り、わたしは木剣を引いてまっすぐに姿勢を伸ばした。

 視線を巡らせると、頭から湯気を立てそうな様子の禿げ頭のおっさんが仁王立ちしていた。

 修練場の端から駆け寄って来たクラリッサが手拭いを渡してくれる。

 わたしはそれで流れ落ちる汗を拭きながら、慇懃に会釈してみせた。


「これはこれは。アルフォンス副団長殿」


「わしを苛立たせようとするのはやめろ、エレオノーラ! 団長がお呼びだ。汗を流して身なりを整えたらすぐに執務室へ来い」


 言い捨てるなり踵を返してドスドスと歩き出した禿げ頭を眺め、わたしはこっそりため息をついた。


「クラリッサ、聞いたとおりだ」


「はい」


 頷いたクラリッサは先に水浴びの準備を整えに走っていく。

 振り返ったわたしは事の成り行きを興味深そうに観察していた同僚騎士へ向かってひらひらと手を振った。


「すまんな、ベルント。今日はここまでだ」


「今日こそはお前に勝ち越したかったんだがな。それよりお前、アルフォンス殿をあまり怒らせるなよ」


「いいんだよ、あの方は。怒っているくらいが健康にちょうどいいんだ」


 わたしの軽口に肩を竦めたベルントに木剣を投げ渡し、わたしはクラリッサが走っていった女性騎士用の水浴び場へ向かった。


 17歳の夏であった。

 思えばこの日から、わたしの人生は永遠に変わってしまったのだ。






 近衛騎士団のいいところは女性団員にスカートを穿かせようとしないところだ。

 勤務時の鎧はもちろん、平服についても男性騎士と同じでよいという素晴らしい規則がある。


 実はこの規則が作られるまでには歴史的な紆余曲折があったそうだ。

 前世の世界で銃が戦場における男女の能力差を縮めたのと同様、この世界においては魔法とスキルがその役目を果たしている。

 おかげで中世程度の文明であるにもかかわらず、女性騎士などという存在も大っぴらに認められてはいるのだが、強固な固定観念というのもまた存在しているわけで。


 上半身に甲冑を着こみ、下半身にパニエでしっかり膨らませた優美なスカートを穿いた初期の女性騎士を想像して欲しい。

 どうやって馬に乗ればいいんだ?

 スカートを脱いでパンツと脛当てだけになればいいのか?


 近衛騎士団の堅物どもがこの阿呆な事実に気付くまで数世紀を要したそうだが、重要なのは今この時だ。

 口うるさい母上もいない皇宮において、わたしは誰憚ることもなく大手を振って男装ができるのだから。


 他の騎士団員たちが着ているような男性用の貴族服を身に纏い、皇宮の一角にある近衛騎士団長の執務室を訪れた。

 ノックをして許可をもらい、執務室の奥へ通されてその場にいる人物を確認するなり、わたしは文字通り固まった。


「よく来た、騎士エレオノーラ。立ったままでいないでそこの椅子に腰かけるといい」


 加齢のためにすっかり白くなった顎髭を撫でながら騎士団長がわたしに言った。

 その傍らに穏やかな微笑を浮かべて座る人物へ目を向け、さらに二人から離れて居心地悪そうに座る禿げ頭をぎこちない仕草で見やってわたしは抗議した。


「殿下がいらっしゃるとは聞いてませんが、伯父上」


「わしだって知らなかったんだ! いいから黙って座れ、エレオノーラ」


 禿げ頭ことアルフォンス伯父は小声で怒鳴るという器用な真似をした後、恐縮し切った顔で騎士団長の隣にいる人物へ頭を下げた。


「殿下。ご無礼を」


「気にしなくていいよ、アルフォンス」


「はっ」


 どうにもこの状況からは逃れられないと悟ったわたしは、こっそりとため息を吐き出してから騎士団長の執務机の真正面に置かれた椅子の背もたれを掴んでアルフォンス伯父の傍まで引き摺って行くと、何事もなかったかのようにそこへ腰かけた。


「……殿下」


 伯父上の絞め殺されたガチョウのような声を聞きながら、わたしは澄まし顔で背筋を伸ばした。


「君が相変わらず元気そうで安心したよ、エレオノーラ」


「恐れ入ります、皇太子殿下」


 栗色の巻き毛に形の整った眉。すらりとした鼻筋に青と紫の入り混じった美しい瞳。

 ここにいるため息の出るような美男子が、このヒューベンタール神聖帝国の皇太子殿下である。

 つまりこの強大なる神聖帝国で皇帝陛下の次に偉いということだ。

 間違ってもわたしが親しげに口を利いていい人物ではない。


 聞くところによればヒューベンタール中の婦女子という婦女子は日夜皇太子殿下のことを想い、叶わぬ恋に枕を濡らすそうだ。

 濡らしているのはパンツじゃねーの、などという低俗な突っ込みをつい入れてしまいたくなるほどに、それはもう眉目秀麗にして知勇兼備な素晴らしいお人なのである。


 なお言うまでもないことだが、わたしは別に皇太子殿下を想って枕もパンツも濡らしたりはしない。


「ところで何故そんな離れた場所に座るのかな?」


「いえ、伯父上がお一人で寂しそうだったものですから」


「おい、エレオノーラ。わしを巻き込むな!」


 わざとらしくアルフォンス伯父と腕を組むと、思いきり振り払われてしまった。

 そしてその後でまた青ざめた顔で殿下へ視線を送っている。

 伯父上もこの性格でよく近衛騎士になどなろうと思ったものだ。

 わたしの幼少期の記憶と比べてすっかり風通しの良くなった伯父上の頭部へ視線を送り、彼の気苦労へ思いを馳せた。


「騎士エレオノーラ。少し真面目な話だ」


 差し挟まれた騎士団長の低い声を聞き、わたしたちは居住まいを正した。

 近衛騎士団団長のヴォルフは確か今年御年58歳になる歴戦の騎士だ。

 58歳というのは本来ならとうに騎士を引退してしかるべき年齢である。

 何十㎏もある甲冑を身に纏って軍事行動を行うのは大変な体力が必要なのだ。

 じっとしていても着ているだけで汗が噴き出してくるからな、甲冑というのは。

 最高級の魔法鎧ならば総金属の拵えでも羽根のように軽いらしいが、あいにくそんなものはわが国でも皇宮や大貴族の宝物庫くらいにしかないだろう。

 つまり我々のような騎士風情は見た目通りの重さのある甲冑を着るしかないわけである。


 もうそろそろ老い先が見えてきた年齢にもなってまだこんなものを身に着け、いざとなれば戦場にも立つというのだから、自然と頭も下がろうというものである。

 つまり、わたしは尊敬するヴォルフ団長の言葉は素直に聞かなければならないと考えていた。


「近々レーダー子爵が陛下と謁見する」


「レーダー子爵というと、二か月前にロートゲン峡谷に浸透した魔族部隊を壊滅させる戦果を挙げたとか」


 記憶を呼び起こしながらわたしが言うと、ヴォルフ団長は重々しく頷いた。


「論功行賞が行われる。子爵はその際、目覚ましい戦果を挙げた騎士を一名伴うそうだ」


「……それは異例なのでは?」


 ヴォルフの言葉にわたしは眉をひそめて呟いた。

 この大帝国を治める皇帝陛下は一介の騎士風情がそう易々と目通りできる存在ではない。

 アルフォンス伯父へ視線を送ると、彼はいかめしい顔でかぶりを振った。

 その様子を見て、すでに皇帝の許しが出ているのだと悟る。


「自慢の騎士を見せびらかしたい、というわけではなさそうですね」


「レーダー子爵はそこまで暗愚ではない」


 ヴォルフ団長が短く断じる。

 続けて口を開いたのは皇太子殿下だった。


「これは見かけより少し難しい問題なんだよ、エレオノーラ。というのもレーダー子爵は我が皇帝陛下に臣従を誓う貴族であると同時に、聖職者でもあるからなんだ」


「正確には元聖職者です、殿下」


 皇太子殿下の言葉を訂正したヴォルフへ視線を向ける。

 彼はわたしがレーダー子爵の事情に明るくないことを見て取り、小さく咳払いしてから説明した。


「現レーダー子爵であるアルバン卿は三男坊で幼少期から僧院で育ったのだ。長じて聖印騎士団の騎士団長となり、さらには大司教の位を得るに至った。が、その後すぐに実家の家督を継いでいた長兄と次兄が立て続けに亡くなり、アルバン卿はしぶしぶ還俗して自ら家督を継いだと言われている」


 頭痛がしてきてこめかみを指で揉んでいると、隣にいるアルフォンス伯父がやめなさいと言う風に小さく袖を引っ張ってくる。

 敬愛する――嘘ではない――伯父上の心温まる仕草によって気力を取り戻したわたしは、キラキラしい皇太子殿下の顔からはなるべく目を逸らし、ヴォルフ団長の巌のような表情を見つめながら口を開いた。


「つまりレーダー子爵は今も教会、というより聖印騎士団と強い繋がりがあると」


「そうだね。表向きは繋がりを断っているように振舞っているけど、わたしたちはそれを疑っている」


 殿下の曖昧な言葉にわたしは少し首を傾げた。


「確証はない、と仰せらるる」


「どうにもアルバン卿は尻尾を隠すのが上手くてね」


 困った風に眉尻を下げる皇太子殿下。

 こんな表情を見せられたら世の婦女子どもは金切り声を上げて漏らしそうだ。

 わたしは優男だなとしか思わんが。


「……ならばパンツをずり下げてやればよいのでは?」


「エレオノーラ!」


 今にも死にそうな悲鳴を上げたアルフォンス伯父の肩を叩いてあやしていると、ヴォルフ団長が鋭い眼差しでこちらを睨んだ。


「騎士エレオノーラ。殿下の御前ぞ」


「いいんだよ、ヴォルフ。アルフォンスも。内輪ならこれくらい砕けてくれた方がこちらも気が楽だ。もちろん公の場では困るけどね」


 いつもながら寛大な殿下のお言葉にその場の者たちが一斉に頭を下げた。

 殿下は手を振って皆の顔を上げさせ、少し表情を引き締めて言葉を続けた。


「話を戻そうか。現実問題としてエレオノーラの言うような強硬手段を取るのは難しい。なぜならレーダー子爵は『功臣』だからね。難癖をつけて剣の腹で頬を殴るような真似は我が陛下の威信を傷つける」


「……浅慮でございました。お許しを」


 わたしとてそう簡単に事が運ぶとは思わないが、やはり駄目か。


「下手につついて教会が出張って来ても不味いことになる。教会とは事を構えないというのが陛下の基本方針だ。君のような人からすると弱気に思えるだろうけど、エレオノーラ」


 オレステス教はこの大陸で広く信仰されている宗教で、ヒューベンタール神聖帝国でも多くの人々が信仰している。

 国家の名前にも冠された『神聖』の部分にこのオレステス教が係わっているため、皇家としてはあまり関係を拗らせたくないというのが本音のようだ。

 とはいえ俗世を統べるのはあくまでも皇帝陛下でなければならない。

 そのため強大過ぎる教会の権力を削ぐことに神聖帝国は何世紀も費やしてきた。

 しかし、教会側は当然それを面白く思っているはずもない。


「……話を整理してもよろしいですか?」


 小さく挙手して発言すると、アルフォンス伯父が『お前は昔からそれをやる癖があるな』とぼやいた。

 発言の許可を得るのに挙手するのは常識だ。

 少なくともわたしの中では。


「ようするにこれは論功行賞を隠れ蓑にした皇帝陛下対教会勢力という図式であり、教会の手先であるレーダー子爵が子飼いの騎士を陛下に拝謁させて何らかの企てを実行しようとしている、と」


「……よもや暗殺を」


 アルフォンス伯父の呟きに全員の視線が集中した。


「その可能性がないわけではないが、おそらくは違うだろうと考えている。そもそも謁見の間で近衛騎士たちに守られた陛下を弑し奉るのは困難を極める。それこそドラゴンでも連れて来ぬ限りはね。第一、謁見の間で帯剣を許すつもりもない」


「それに成功したところで教会にもアルバン卿にも汚名以外得るものはなかろう」


「教会はレーダー子爵を捨て駒にする腹積もりやも」


「使い捨てにできるほど安い男ではないよ、アルバン卿は」


 皇太子殿下とヴォルフ団長が冷静に切り返すと、アルフォンス伯父はううむと唸ってわたしを見た。


「何です、伯父上?」


 ストレスが極まった末に可愛い姪っ子の顔が見たくなったのか?

 などとからかうと禿げ頭から湯気を立てて怒り出しそうだったので、わたしは軽口を我慢した。

 すでにここまでのやり取りにうんざりしており、軽口でも挟まないとやっていられないと感じてはいたのだが。


「お前の意見は」


「そうですね……子爵が連れてくるという騎士は有名な人物なのですか?」


 わたしの問いに皇太子殿下はやや困惑したようにかぶりを振った。


「いや。これまでほとんど名も知られていなかった男だ。皇都だけでなく、レーダー子爵領の中でさえ」


「イェレミアス・アルムスター。それが騎士の名だそうだ」


 当たり前だが、聞き覚えは全くなかった。

 突如頭角を現した凄腕の騎士か……。


「十中八九、聖印騎士」


 聖印騎士、すなわち騎士にして聖職者か。

 自分の顔が歪むのを自覚する。

 信仰心を力に変える彼らは素晴らしく強力な騎士ではあるのだが、おそらくわたしとは一生分かり合えない価値観を持つ人種だ。

 確かにわたしはこの世界で生まれ育ったエレオノーラに違いないが、前世の日本でごく普通の男性として生きた記憶も持ち合わせている。

 だからわたしはオレステス教の神を信じてないし、いくつかの教義については絶対に受け入れることもできない。

 信仰は個人の自由にすればいいと思っているが。

 ちなみに神聖帝国の貴族としては結構まずい姿勢なので、表向きはわたしもオレステス教のあまり熱心じゃない信者を装ってこれまで過ごしてきた。


「聖印騎士の手練れがレーダー子爵旗下の騎士に身をやつして陛下と謁見……皇宮に潜り込む腹でしょうか」


「その可能性が高いと睨んでいる」


 同意するヴォルフ団長。


「当然排除なさいますな?」


 アルフォンス伯父が団長と殿下に問い質すが、二人はすぐには答えなかった。


「泳がせるおつもりなのですね」


 ため息交じりにわたしが指摘すると、皇太子殿下はそれを肯定した。


「我が陛下もわたしも、そしてヴォルフ団長や宰相たちも危険性は理解している。だが、奴らの狙いが知りたい」


「謁見の場では選抜した上級近衛騎士を警護の任に就ける。騎士エレオノーラ。お前もその一人だ。イェレミアスとやらとレーダー子爵の顔を覚え、人物を見定めろ。どんな些細な動きも見逃すな」


「……呼びつけられた時から嫌な予感はしていましたよ」


「エレオノーラ、よさんか!」


 やんごとなき皇太子殿下と崇敬するヴォルフ団長の前でぼやいてみせたわたしを伯父上は声を抑えて怒鳴りつけた。

 わたしは怒りで顔を赤くした伯父上へぐるんと視線を向けると、はっきりと言った。


「伯父上、わたしのことを愛しておられるなら、ちょっと黙っていて下さい」


「なっ……!」


 絶句したアルフォンス伯父は静かになった。

 やはり愛されているな、わたしは。


「お二方へ確認させて頂きます」


「いいよ」


 優しげに微笑む殿下へやや冷ややかな視線を向けたわたしは、言葉を選ぶのをやめた。


「もしもの時は陛下の御前でイェレミアスとアルバンを殺しますが、構いませぬか」


「許可する。しかしそれは最後の手段だよ」


 柔和な声だがはっきりと殿下が答える。


「わたしの他に任に就く騎士は?」


「まだ選別中だが、お前の隊は全員参加させる予定だ」


 ヴォルフ団長の言葉にわたしは小さく口の端を上げた。


「そちらが魔族殺しならば、こちらはドラゴン殺しだと見せつけるおつもりで?」


「受け取り方は相手の自由さ、エレオノーラ」


 わたしの皮肉を軽く受け流した皇太子殿下は、不意にまっすぐな眼差しでわたしを見つめると、椅子から立ち上がってこちらへ近づいて来た。

 唐突な殿下の行動に面食らった伯父上が跳び上がるようにして椅子から立ち、わたしも困惑しつつ後に続いた。


 一見して優男風の殿下だが、衣服の下には鍛え上げられた肉体が隠されている。

 皇太子殿下の鍛錬も近衛騎士団の仕事の一つだ。

 わたし自身はお相手したことはないが、今すぐに近衛騎士としてやっていける程度には確かな実力をお持ちらしい。


 殿下は直立不動となったわたしのすぐ手前で止まった。

 羨ましいことに2m近く身長がある殿下は、神聖帝国始まって以来の美丈夫と称えられる顔をこちらへ向けてまっすぐにわたしを見下ろしている。


 殿下がおもむろにわたしの手を取った。

 隣から『ぴゃ』という奇天烈な悲鳴がかすかに聞こえてくる。


 いかん、これ以上は伯父上の命に係わるぞ。

 などと阿呆な現実逃避をしていると、殿下はわたしの胸元まで手を持ち上げて静かな声で呼びかけてきた。


「黒曜の姫よ」


「……わたしは騎士です。姫ではありませぬ」


 本来であれば皇族の言葉を否定するなど不敬罪で捕らわれてもおかしくない所業である。

 しかし、何故かわたしにはそれが陛下直々に許されていた。

 忌々しいことに。

 

「我が陛下も、そしてわたしもそなたを心より信頼している。ヴァール平原の戦いがあったあの日から」


 あの日以前にもわたしは存在していたのだがな。

 所詮信頼というものはタダでは得られないということか。

 酸鼻を極めた戦いとすら呼べぬ蹂躙を思い起こし、若干吐き気を催してきた。

 

「どうか陛下を守っておくれ。あの日、帝国とすべての民を守ってくれたように」


「冥府にて眠る仲間たちに誓って」


 わたしの痛烈な皮肉に対し、皇太子殿下は好ましげな笑みを漏らした。

 やはり調子の狂うお人だ。

 17歳の小娘に暗に罵倒されて顔色を変えないどころか嬉しそうにするとは。


「頼んだよ、エレオノーラ」


「御意」


 それにしても教会と泥沼の暗闘か。

 まったく心が躍る場所だよ、この世界は。

 もう慣れたがね。






 この一か月後、わたしは出会いを果たすこととなる。

 後に勇者と呼ばれることになる男、狂信者イェレミアスと。

 






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アルフォンス伯父は姫様の母の兄。

苦労性の49歳。

毛根を犠牲に近衛騎士団の副団長にまで上り詰めた男です。


エキセントリックな姪っ子の姫様に対していつも顔を真っ赤にして怒っていますが、それは深い愛情の裏返しです。

姫様もそれを知っているので、あえてからかってアルフォンス伯父にじゃれるのを楽しんでいます。

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