御免被る


「ルカは無事か!」


 いまだこちらを食い入るように見つめるクエレブレから目を逸らさぬまま、わたしは大音声を上げた。

 ルカの斬撃スキルはちょうど降下してきて腐竜の首を踏みつけにしたクエレブレの脚に当たり、硬い鱗に阻まれて砕け散った。

 あの距離ならばクエレブレの着地に巻き込まれて潰されていてもおかしくはなかった。


「生きているのが無事というならそうだけどね。しくじったよ。片足が折れたみたい」


 ややあってからルカの声が返ってきた。

 痛みを堪えるような響きはあるものの、命に別条があるというわけではなさそうだ。

 今のところは、だが。


「今どこにいる!」


「あー、何て言ったらいいのか……。ボクは今、腐竜の体の上にいるんだ。つまりこの、クエレブレだっけ? こいつのすぐそばだよ」


 ルカの震える言葉を聞き、わたしは腰の剣を抜き放ってクエレブレに向けた。


「姫様!」


「ルカを助けねばならん。奴の気を引く」


 非難めいた声で呼ぶバルタザールに決然と言い放ち、わたしはクエレブレの悪意に満ちた瞳を見つめた。


「奴の弱点は?」


「当然逆鱗です、ハイ」


「奴は何故ここに来た?」


「獲物を求めて。あるいは……宝物を」


 何の参考にもならんバルタザールの言葉に顔をしかめる。


「奴は何故わたしを見る?」


「……分かりかねます」


 剣の切っ先が指し示す先にあるクエレブレの鼻腔が広がり、深く息が吸い込まれた。

 二度、三度と繰り返し、クエレブレは吸い込んだものを満足げなため息のように口から吐き出した。

 そして、その間も奴はわたしを見つめ続けていた。


「……また匂いを嗅いでいる」


 ぽつりと呟く。

 わたしの思考が正解を手繰り寄せる。


「わたしの匂い……いや、わたしの血の匂いだ」


 まっすぐに伸ばされた腕。

 その先端で剣の柄を握り締めるわたしの手。

 手には包帯が巻かれている。


 鼻と眉間に深く皺を刻み、わたしは食い縛った歯の隙間からひび割れた声で己の過ちを言葉に紡いだ。


「ここに来る途上、わたしはダンジョンに血を吸わせた。癇癪を起こして汚れた手を引き裂き、無為な血を垂れ流した」


 バルタザールの水魔法で引き裂かれた手から零れ落ちたわたしの血が、ダンジョンの地面に溜まる光景が甦る。


「奴はそれをねぶり、味を覚えた。わたしの血の味を……!」


 ドラゴンがくつくつと喉を鳴らした。

 まるで正解を導き出したわたしを褒めるかのように。

 嘲笑うかのように。


「そうか。これはわたしが招いた厄災か」


 わたしの声が石舞台の上の空虚に響いた。


 くちびるを強く噛み締める。

 何という愚かさか。

 しかし事ここに至ってはやることは変わらん。

 仲間を守り、生かす。

 ただそれだけだ。


「皆! 奴の狙いはわたしだ! 引き付けている間に早く逃げろ!」


「馬鹿か、お前ぇ!」


 こちらとしてはより多くが生き残る方策を述べたに過ぎない。

 仲間たちを逃がし、上手く立ち回ればわたしも生き残ることができるかもしれない。

 そういう考えだった。


 しかし、間髪入れず返ってきたのは罵声だった。


「このダンジョンで毎日どれだけの血が流れてると思ってやがる! お前の血の味だぁ? ちょっと顔がいいからって自惚れてんじゃねぇぞゴラァ!」


 意味不明の罵倒をぶつけてきたクリストバルは、短槍と盾を構えて臨戦態勢に入りながら唾を飛ばして喚いた。


「全員で戦って全員で生きて英雄になるんだろうが! 逃げろとか阿呆なこと抜かしてんじゃねぇ! それとルカ! 今すぐ兄ちゃんが助けてやるからちょっと待ってろ!」


 クリストバルの啖呵に毒気を抜かれたわたしは、すぐそばへ来ていたテオドールの顔へちらりと視線を向けた。

 テオドールだけでも逃がす。

 一瞬その考えが頭を過ぎるが、すぐにかぶりを振って打ち消した。

 わたしがこれまで庇護してきた少年は、戦士の表情でこちらを見つめていた。


「バルタザール。守護はまだもつか?」


「かけ直します。『幸運の泉』の連中も、ちと距離がありますが届くでしょう」


「バルト、ルカにもお願い」


「忘れてないから心配しなさんな」


 テオドールの問いにそう答え、バルタザールは魔法杖を頭上で大きく振り回した。

 守護の覆いが自らの体を包み込むのを確認すると、わたしは改めてクエレブレを注視した。


 わたしたちが戦う準備を整えるのを待ちわびていたかのように、毒竜は首を突き出してけたたましい咆哮を上げた。


「さて、まずはルカを助けねばならんが、どうやって……」


 わたしの言葉は途中で途切れた。

 ひとしきり吠え終わったクエレブレが首を垂直にもたげたかと思うと、機敏な動作で両翼を広げたのだ。


「飛ぶぞ! 散開しろ!」


 警告を発するわたしの見ている前でクエレブレは一瞬だけ体を沈み込ませ、力強く翼を羽ばたかせた。

 その巨体に見合わぬ勢いで毒竜は垂直に舞い上がった。

 奴の翼が巻き起こした風で体勢を崩したバルタザールの首根っこを掴んで引っ張り起こしながら、宙を見あげる。

 大空洞の開放的な空間を縦横無尽に飛び回る風切り音が響き渡るが、緑の体色は闇に溶け込んでほとんど視認できない。


「ルカァ!」


 クリストバルたちが腐竜の死骸の上にいたはずのルカの元へ駆けつけようとしているのを横目で確認しつつ、仲間たちの背を叩いて走り出す。


「バルタザール、一瞬で構わん! 上を照らせ!」


 指示を飛ばすと、どたばたと不格好に走りながらバルタザールが上空へ杖を突きあげた。

 杖の先から飛び出した火の玉はかなりの高さまでまっすぐに打ちあがったかと思うと、どーんっと音を立てて破裂した。

 現れたのは大空洞の上空を彩る大輪の火の花。

 

「何で花火なんだ、馬鹿たれ!」


 と突っ込みを入れたかったが、そんな場合でもないので足を止めたわたしは上空を注意深く見回した。


「いた!」


 花火の明かりに照らされて、一杯に翼を広げたクエレブレが大空洞の最上部を旋回しているのが見えた。

 円を描いて旋回していた毒竜は、体をわずかに傾けると軌道を変えて降下体勢に入った。

 そのまままっすぐこちらに突っ込んでくる。


「くそっ! 速い!」


 全力で走りながら罵る。

 クエレブレはあっという間にわたしたちがいる石舞台との距離を縮め、恐ろしげな鉤爪が生えた脚をこちらに向かって突き出す体勢を取った。


「散らばって避けろ!」


 わたしの声に仲間たちが左右に散って逃げる。

 が、クエレブレは仲間たちには目もくれずぴったりとわたしの背後に迫って来ていた。


 鉤爪が石舞台の表面を擦り、食い込んだ。

 それでも毒竜の勢いは止まらず、そのまま岩盤を砕き削りながら襲い掛かってきた。


「ちくしょうが!」


 クラリッサに聞かれたらお説教間違いなしの汚い罵倒を叫びながら、クエレブレの足に鷲掴みにされる寸前で全力で横に飛んだ。

 どうにか爪に引っ掛けられることもなく奇跡的に回避に成功する。

 が、安堵する間もなく、空中を飛んでいる最中だったわたしの体にクエレブレの鉤爪が砕いた岩の塊がぶつかってきた。


 自分の胴体ほどもある岩の塊を胸部でまともに受け止めてしまったわたしは、石舞台の端まで弾き飛ばされてしまった。

 墜落したのが柔らかいキノコ畑の中だったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 だが、体を起こしたわたしは胸部に走る鋭い痛みに顔を歪めた。


 わたしが着けている革の胸当てには体型に合わせて成型した板金を打ち付けてあったのだが、今の一撃で完全に凹んでしまっていた。

 このままでは胸部を圧迫するだけなので、苦労して歪んだ胸当てを外して脇に放り出す。


「巨乳じゃなかったら潰されて死んでいたところだぞ」


 面白くもない冗談で胸の痛みを誤魔化しながら血の混じった唾を吐き出していると、どこからかクリストバルが駆け寄ってきた。


「ルカはどうした」


「大丈夫だ。今はガブリエラと一緒に後方へ逃れている」


「そうか。……何を見ている?」


 クリストバルは気づかわしげな表情でわたしの様子を窺っていた。


「負傷したのか?」


「肋骨が折れたようだ。まあ、かすり傷だ。気にするな」


 立ち上がって背筋を伸ばしたわたしは、刺すような胸部の痛みに歯を食い縛った。

 ドラゴン相手に負傷を気にしていたら話にならん。

 腕をもがれようが脚を食われようが、最後に勝って生き残れば御の字だ。


「それよりクリストバル。いつまでもわたしのそばにいていいのか?」


 クリストバルに向かって顎をしゃくって前方を指し示す。

 わたしたちの前方。

 そこにはこちらを見下ろすように巨大なドラゴンが浮揚していた。

 羽ばたき一つが豪風となってわたしたちの体を打ち付ける。


「……やっぱりお前の血が美味いのか?」


「知るか。生きて帰ったら啜らせてやるから感想を聞かせろ」


 腰の剣を抜きながら軽口を叩く。

 クリストバルも盾を前面に構えてその縁に槍の穂先を置き、口元を歪めて言い返してきた。


「そんな趣味はねぇよ。俺はベッドで普通に抱き合う方がいい」


「それはこちらが御免被る。すまんな、クリストバル」


「ああ、そいつは残念!」


 クリストバルの言葉が終わらぬうちに毒竜の鉤爪の生えた脚がキノコ畑に叩きつけられた。

 わたしたちは左右に飛んで攻撃を避け、それぞれ武器を構えてクエレブレの脚へ突貫する。

 しかし、激しい衝突音と共に短槍の穂先を叩きつけたクリストバルは罵り声を上げた。


「くそったれ! 刺さりもしねぇぞ、こいつ!」


 クリストバルの言う通り、クエレブレの鱗は異常な堅牢さを誇っていた。

 全力で斬りつけたわたしの攻撃も鱗の表面にわずかな筋を残すのみで、まったくダメージが通っていない。

 バルタザールは何者も傷つけられぬと評したが、あながち嘘ではないらしい。


 わたしはその場から大きく飛び退り、地面に水平に剣を構えて切先を標的へ向けた。

 右手で柄を握り、左手を柄頭に添えて重心を落とす。

 渾身の力で蹴り出すと足元が砕けた。

 突進する力のすべてを剣先に込め、クエレブレの脚を穿つ。

 繰り出した剣の先端と緑の鱗が接触し、眩い火花が散った。

 だが、刺さらない。

 全身を痙攣するように震わせながら剣先を押し込もうとするが、どうあってもクエレブレの鱗を割ることができない。


「くそ、トカゲ風情が生意気な!」


 罵ったところで状況は変わらない。

 無駄な努力を続けるわたしをしばらくクエレブレは厭らしい眼差しで眺めていたが、やがて飽きたのか、蛇のような全身を伸ばして姿勢を低くしたかと思うと、猛烈な勢いで旋回して尾撃を繰り出してきた。


 クリストバルはとっさに地面を転がって難を逃れた。

 正しい機転だ。

 一方のわたしは、反射的に跳び上がって空中へ逃れてしまった。

 攻撃自体の回避には成功。

 だが前世の創作物に存在したような空を自由自在に飛べるコミックヒーローでもあるまいし、何の足場も手掛かりもない空中でわたしの体は数秒の間、完全な無防備になってしまう。

 

 致命的な数秒。

 クエレブレは当然見逃さなかった。


 獲物に飛び掛かる蛇そっくりの動作で長い首を縮めた毒竜は、全身の筋肉を使った瞬発力に両脚による踏み込みも加え、大口を開けてわたしに食らいかかってきた。


 喉の奥まで見通せるグロテスクな光景を眼前にしながら、妙に間延びした時間の中で思考する。

 どうにも今日は判断ミスばかりしている。

 わたしの中の驕りがそうさせたのか。いよいよヤキが回ってきたのか。

 わたしがいなくなったら皆はどうなる。

 我が義姉ブリュンヒルデは。

 何よりテオドールは。


 ああ、こんなにも愛しているのに。

 わたしは彼らに何もしてやることができないのか。


 とりとめのない思考をよそに、肉体は最期まで戦意を失っていなかった。

 顔の横に剣を水平に構え、切先を敵へ向けて闘気を充溢させる。


「火剋金。火塵剣」


 金の気を制するは火の気。

 腐竜ほどの火力は出せないが、鱗を斬り裂くことくらいはできるだろう。

 忌々しい毒竜め。

 今ここで死ぬとしても、貴様の命だけは貰っていく。


 スキルを発動させようとわたしは全身を巡る闘気を剣身に集中させようとした。

 しかし剣身から業火が噴き出すより先に上方から一人の男が飛び降りてきて、今まさにわたしに食らいつかんとしていたクエレブレの顔面にハルバードの痛烈な一撃を叩き込んだ。


「グギャアアアア!」


 頬から上顎にかけて斬り裂かれたクエレブレが聞き苦しい悲鳴を上げた。

 あれはロルフの焔王斬か。

 スキル発動をキャンセルして着地したわたしの元へ素早く駆け付けたロルフは、問答無用でこちらの腕を掴むと旋回による遠心力を加えて思いきりわたしを上空に投げ飛ばした。


「なっ!?」


 眼下では傷を負って怒り狂ったクエレブレがハルバードを構えたロルフに襲い掛かっていた。

 わたしの代わりに一人で敵を引き付けるなど馬鹿なことを。

 何故こんなことをする、ロルフ。


 投げ飛ばされたわたしの体が上昇をほぼ止めた辺りで、壁面に突き出した岩棚から必死の形相をしたテオドールが手を伸ばしていた。

 本来ならわたしを岩棚の上に乗せたかったのだろうが、コントロールが甘かったらしい。


 わたしが伸ばした手に届かぬと分かると、テオドールは躊躇なく岩棚から身を乗り出してこの手を掴んだ。

 二人して身を投げ出されそうになり、かろうじてテオドールが岩棚の縁に噛り付いて落下を免れた。

 すぐに駆け付けたセベリアノがわたしたち二人を引っ張り上げてくれる。

 岩棚の上に折り重なるようにして転がったわたしとテオドールは少しの間激しく息を切らしていたが、すぐに身を起こして互いの無事を確かめ合った。


「助かったぞ。ありがとう、テオ。セベリアノもな」


「無事でよかった、エル」


 テオドールは意外に大きな手でわたしの肩をぐっと掴むと、すぐに立ち上がって剣を抜いた。


「テオ。バルタザールは?」


「見ていませんけど、バルトなら無事ですよ。それよりエルはスキルを撃つ準備をしていて下さい。それまで僕たちが奴の注意を引き付けます」


 一度下を覗き込んだテオドールは、後ろを振り返ってセベリアノに声をかけた。


「僕はここから行きます」


「ああ。俺は下から回り込む。死ぬなよ」


「セベリアノさんも」


 テオドールの言葉を受けてにっと笑ったセベリアノは岩棚伝いに回り込みながら下へと降りていく。

 意外に身軽な男だ。


「テオ、お前は」


「とどめはエルに任せます。それじゃ後で」


 ひらりと手を振ったテオドールは散歩に出かけるような気軽さすら漂わせて、眼下の死地へ飛び降りて行った。

 それを見送るしかできなかったわたしは痛みの走る胸を押さえて岩棚の縁に片膝を突き、眼下で繰り広げられる戦いをじっと見つめた。


「馬鹿者どもが……」


 クエレブレは動きが機敏で防御力が異常に高い。

 闇雲にスキルを撃っても、傷は負わせられても倒すことは難しいだろう。

 テオの言う通り、クエレブレが再びわたしに注意を移す前に充分に闘気を練り、最大威力のスキルを撃ちこんで致命傷を与える必要がある。


 テオドールの裂空剣がクエレブレの尾に深い裂傷を負わせた。

 しかし、致命傷には程遠い。

 ロルフは敵の前面に立ち攻撃を捌き続けているが、徐々に押し込まれて鼻面や尾による攻撃を負う回数が増えている。

 セベリアノが戦いに加わっても大勢は変わらない。

 上体を反らしたテオドールの体すれすれのところをクエレブレの鋭い鉤爪が通り過ぎた。

 慌ててカバーに入ろうとしたロルフが尾の一撃で吹き飛ばされる。

 セベリアノの槍撃が弾かれ、無造作に食らいつかれた。

 盾を犠牲に何とか牙を逃れたセベリアノだが、鼻面で上空へ掬い上げられてしまう。

 テオドールとロルフが受け止めようと走るが、クエレブレの妨害に手を焼いている内にセベリアノの体が石舞台に落下して動かなくなった。

 怒ったテオドールが何かを叫んでいる。

 だが、そんな風にでたらめにスキルを撃っても通用しない。


 ……やはり駄目だ。


 剣を握る手に力を込め過ぎたのか、バルタザールが塞いでくれた傷口が破れて包帯が真っ赤に染まっていく。

 決意を固めたわたしは両手を広げてその場から身を躍らせた。


 全身で風を受け止めながらクエレブレの真上に落下していく。

 広げていた両腕は頭上に揃え、大上段に剣を構えた。


 わたしの手から溢れた血の匂いを感じ取ったのか、毒竜が長い首をもたげてこちらへ顔を向けた。


「火塵剣!」


 空中でスキルを発動させると剣身から業火が噴き出し、瞬く間にわたしの全身を包み込んだ。

 前転を加えて勢いを乗せ、渾身の真っ向斬りを放つ。


 だが、わたしが斬り裂いたのは石舞台の岩盤のみだった。

 十数メートルに渡って斬り裂かれた石舞台を見てわたしは舌打ちした。

 驚くべきことに羽ばたきの力も利用したクエレブレは、あの至近距離から瞬時にわたしの斬撃をかわし切ったのだ。


「エル、どうして!」


 テオドールが非難めいた声を上げるが、わたしは彼の方を振り返ることなく叫び返した。


「うるさい! お前たちだけに任せておけるか!」


 わたしが戻ってきたことでクエレブレは機嫌よさそうに目を細めて喉を鳴らした。

 頭を下げ、厭らしい眼差しでわたしを見ながら鼻腔を膨らませる、

 その横面、ロルフが焔王斬で斬り裂いた傷口に前触れもなく飛来した長槍が深く突き刺さった。

 あれはクエレブレが現れた際にわたしが投げ捨てた槍だ。

 槍が飛んできた方向へ視線を送ると、スキルを発動させた名残か全身から闘気を立ち昇らせたクリストバルがいた。


「よぉし、全員でこのクソ竜を囲み殺すぞ! 気合入れろよてめぇら!」


 威勢のいいクリストバルの発破にわたしは思わず口元を緩めた。

 そういうのはわたしの役目だというのに、生意気な奴だ。


「ロルフ、セベリアノを」


「ああ」


 ロルフが頷いて駆け出していく。


「テオ」


「はい」


「わたしと連携して動け。頼りにしているぞ」


 少年の頬に手を伸ばし、親愛を込めて微笑みかける。


「生き残ろう」


「はい。まだまだエルとは一緒にいたいから」


「わたしもだ」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


姫様は何かにつけてクラリッサに治癒魔法をしてもらいたがりますが、本当に怪我を負った際は治癒魔法の反動で現れる痛みを嫌がってクラリッサに隠したがります。

そして傷を化膿させたり変な痕を残したりしてしまうこともしばしば。


昔からそういうことが何度も起きた結果、クラリッサは戦闘後の姫様を裸に剥いて隅々まで調べるようになってしまいました。

姫様の体を傷一つなく保つことはクラリッサの使命ではあるのですが、元々肉体的な同性愛嗜好のあった姫様の性癖を多少歪める原因に。


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