魅了ハーレムクソ勇者に目を付けられたけどTS転生した元男の自分には効かなかったので張り倒して逃げました
@pantra
TS転生した女戦士、慣れる。
人間ってのは良くも悪くも慣れる生き物だ。
一週間以上風呂にも入らず穴倉に潜り続けて魔物どもと死闘を繰り返す日々とか、くそったれな変態男に目を付けられたせいで一生涯祖国の土を踏めないこととか、科学文明の粋を極めた現代日本から中世染みた剣と魔法のファンタジー世界へ転生したこととか、前世では男だったのに今世では女になっていることとか。
まあ、慣れる。慣れたよ。
慣れたからって平気になるかって言われると、それとこれとは別の話だけど。
ランタンで手元を照らしながら剣の細かな刃こぼれに砥石を当てていると、見回りに出ていた仲間がわざと少し足音を立てながら戻ってきた。
「エレオノーラ」
呼び声に顔を上げた。
ランタンに照らされて屈強な男戦士の姿が浮かび上がる。
「どう?」
「静かなもんだ。一帯の魔物は殺し尽くしたな」
「重畳。久しぶりに娑婆に戻れる」
雑嚢から栓のついた革袋を投げ寄越すと、受け取った男戦士が栓を外して口を着ける。
一口の水にも神経を使うダンジョン探索もようやく一段落付きそうだ。
数口ほどの水を大事そうに味わった後、男戦士は革袋をこちらへ投げ返した。
「ところでロルフ。テオドールは?」
「奴なら気になる場所があるっていうんで途中で分かれたんだ。バルタザールが一緒だから心配はいらん。じき戻ってくるさ」
「別にわたしも心配しているわけでは……」
そこで言葉が止まった。
地面が振動するのを感じ取ったからだ。
「エレオノーラ。今のは」
「しっ」
くちびるの前に指をかざしてロルフの言葉を封じる。
静寂。
そしてかすかな、しかし疑いようのない感覚。
ズシン、と。
地面が、空気が、ダンジョン全体が確かに揺れた。
「ロルフ、荷を。ランタンはわたしが」
応えの手間すら惜しんだロルフが手早く荷を纏め上げて背に担ぐ。
わたしは右手に剣、左手にランタンを持ち、ロルフを先導して走り出した。
ダンジョンは広大で、そこには魔物を含む豊かな生態系が構築されている。
しかし、ダンジョンそのものを『震わせる』ような存在は極めて限られる。
その一つが、ドラゴン。
曲がりくねったダンジョンの通路を足を止めることなく駆け抜け、上層へと通じる三叉路を目指す。
別行動をしているテオドールとバルタザールを探し回るような愚は侵さない。
彼らとて道理は弁えている。不測の事態があれば必ず上層を目指すはずだ。
暗闇の奥から三叉路が見えてきた。
合流する三本のうち一つの通路が上層に通じているのだ。
肺が破れそうに痛むが、足は止めない。
テオドールとバルタザールのことを思い浮かべる。
二人はすでに上層に逃れただろうか。
不意に前方が明るくなる。
赤い、炎の色。
と同時に膨張した空気と真正面から衝突し、体が浮いた。
「エレオノーラ!」
手を伸ばそうとするロルフを飛び越え、わたしは吹き飛ばされた。
重い荷を抱えているうえに自身も大柄なロルフは地面をごろごろ転がされる程度で済んだようだが、彼よりも先行していた小柄なわたしは吹き飛ばされて背中から壁に激突した。
一時的な呼吸困難に陥って地面に這い蹲っていると、ロルフが駆け寄ってきて無理矢理わたしの体を引っ張り上げた。
「怪我はっ?」
「引っ張る前に確認しろ、馬鹿者。背中をぶつけた以外は何ともない」
情けないうめき声を出さないよう歯を食い縛りながら、わたしはロルフを叱責した。
と、そこへ聞き苦しい悲鳴が耳に届いた。
「どぅわあああああ~っ!」
聞き覚えのある声にわたしとロルフが顔を見合わせる。
三叉路の内、上層へ通じていない通路の一つから必死の形相を浮かべた男が姿を現した。
さらにその後ろにまだ青年になり切っていない若者も続く。
わたしとロルフは二人の仲間、バルタザールとテオドールに呼び掛けようとした。
しかしその直後、懸命に走る二人の背後が赤く染まった。
「岩陰に!」
警告を叫んだわたしを半ば担ぎ上げるようにして、ロルフが手近な岩の陰に身を隠した。
途端、衝撃と熱が襲い掛かってきた。
ドラゴンはブレスを吐く。
種類によって炎だったり氷だったり毒だったり。
とことんでたらめな生物だ。
岩の陰で身を縮めて炎のブレスをやり過ごしていると、そのすぐ脇をごろごろとバルタザールが転がってきた。
「どぅひいっ。死ぬ、死ぬ、死んでしまうぅっ」
バルタザールは魔法使いだ。
みかけによらず腕利きで、特に守護魔法が得意である。
それにしたってドラゴンブレスをまともに食らっても少し焦げる程度で済んでいるのは常軌を逸している。
炎が止むと同時に魔法使いの胸倉を掴んで岩陰に引っ張り込んだわたしは、多少錯乱気味の彼の頬を一発張り飛ばしてから問い質した。
「状況報告!」
「はえっ、ひ、姫様?」
嫌っている呼び方をされ、わたしの眉間に深いしわが刻まれる。
それを間近で見て、ようやくバルタザールは正気を取り戻したようだった。
「りゅ、竜です、ハイ」
「続けろ」
「細長い体。申し訳程度の短い脚。役に立たない翼の名残。つぶらな目」
バルタザールが唾を飛ばしてまくし立てている傍ら、わたしたちの元へ少年が駆け込んでくる。
「テオ!」
魔法使いの胸倉を掴んだ手を離し、軽戦士の装いをしたテオドールを抱きしめる。
彼はわたしの仲間たちの中でもっとも若く、経験が浅い。
だから、わたしには彼を守る責任がある。
「無事で何より」
「あなたも。エル」
殊勝な言葉を口にするテオドールに頬を緩ませたわたしの視界の端に、醜悪な生物の巨体が映り込んだ。
「軽蔑すべき長虫。ラムトンの呪われ子。つまりはそう、ワームです」
バルタザールの締めくくりの言葉通り、体長20mに達しようかというワームがのたくりながらにじり寄ってきていた。
ワームの背後に上層へ通じる通路があるが、駆け抜ける前に押し潰されるか炎で焼かれるだろう。
「テオがこの階層の一部壁面に焦げた痕跡を見つけたのです、ハイ。そこで調査していると、この近辺の壁の中であのワームめが息を潜めて隠れておった次第で。おそらくは上層へ戻る我らの不意を突いて襲おうと待ち構えて……」
くだくだと説明を続けようとするバルタザールを指先で黙らせ、わたしは手短に指示を飛ばした。
「ロルフ、穴を掘れ」
「はっ」
「バルタザールは炎から守護」
「防ぐのは二発が限度ですよ」
「それで構わん。テオは……」
言葉を切ってテオドールを見つめる。
少年は期待と決意に満ちた眼差しでこちらを見つめ返している。
「奴の動きを牽制しろ。長い体に潰されないよう気を付けるんだ」
「はい!」
力強い返事をする少年の頭を撫で、わたしはワームに向かって歩み出した。
途中で吹き飛ばされた時に落としてしまった剣を拾い、何度か籠手にぶつけて音を鳴らす。
腐臭のするよだれを垂らしたワームが鎌首をもたげてこちらを睨んだ。
喉元の鱗が広がり、盛んに舌と牙を打ち鳴らしている。
地面を蹴って踏み出した瞬間、紅蓮のブレスに飲み込まれた。
が、バルタザールの守護魔法に守られたわたしは火傷を負いながらも構わず突き進み、ワームの眼前に躍りかかると渾身の力で鼻面に斬りつけた。
鱗が割れ、浅く斬れた肉からねばつく血が飛び散る。
ワームは着地したわたしに食らいつこうとするが、すぐに苛立たしげに体をくねらせ、側面を威嚇した。
テオドールが上手くちょっかいをかけてくれているようだ。
若者の成長を頼もしく思いつつ、腰だめに剣を構え直したわたしは全力で突貫。
硬い鱗の隙間を突いて体の奥深くまで剣を突き刺し、肉が締まる前に捩じりながら抜き取って飛び退る。
ワームは非常に再生力の高いドラゴンだ。
ちくちくと刺突を延々繰り返しても倒せないことは分かっている。
しかし決定打を与えるためにできるだけ消耗させる必要があるのだ。
少しでも対応を誤ればその巨体に押し潰されるし、ドラゴンは鱗だけじゃなく肉そのものも非常に硬い。
体力的にも精神的にも消耗の激しい、忍耐のいる作業だ。
そしてついに、十何度目かの突貫で元々刃こぼれしていた剣が限界を迎えてぽっきりと折れてしまった。
その様子を見て、傷ついたワームが嬉しげに鳴いた。
ドラゴンというのは総じて知能が高い。比較的低能の部類に入るワームでさえ、そこらの魔物と比べるとはるかに頭がいいし、人間という敵のことをよく理解している。
わたしが武器を失ったと理解したワームは、これまで散々突き回されたうっぷんを晴らすかのようにのどを大きく膨らませた。
赤熱したかたまりがだんだんとせり上がってくる様子にくるりと背を向け、わたしは一声叫ぶとさっさと逃げ出した。
「穴に潜れ!」
戦いの間ひたすらロルフが地面に掘り続けていた穴はすでにわたしたち四人が充分に身を隠せる深さになっている。
穴のそばで魔法杖を構えて待機していたバルタザールがまず飛び込み、その後にわたしが続く。
内部にはさらに横穴が掘り進められていて、そこへロルフによって引っ張り込まれる。
最後にテオドールが飛び込んでくると、わたしは彼を穴の内側に押し込んでしっかりと覆いかぶさり、バルタザールに向かって叫んだ。
「守護!」
「あいあい、姫様!」
「姫様って呼ぶな馬鹿者!」
怒鳴り合いながらもバルタザールの守護魔法が体を包むのが分かる。
直後に凄まじい轟音と熱気が放たれた。
全力のドラゴンブレスは穴に隠れ守護魔法に守られても、なお肌を焦がしていく。
自身と仲間たちの押し殺したうめきや悲鳴を耳にしながら、ただひたすら耐える。
やがて永遠にも思えた数秒が過ぎ静けさが戻ってくると、わたしはすぐさま穴から飛び出した。
「剣!」
わたしの求めに応じて、ロルフが予備の剣を抜き身のままぶん投げる。
空中で身を翻して投擲された剣を掴み取ると、その勢いを乗せたままわたしはワームの眼前で上段に振りかぶった。
「水神剣!」
何の変哲もない金属剣が水流に包まれる。
水剋火。
炎を吐くワームならば、水流にて制するのが定石。
初手でわたしが傷つけた鼻面目掛けて、正確に水流の剣を叩き込む。
上あごから下あごにかけてぱっくりと両断されたワームは、そのつぶらな瞳に困惑を乗せてこちらを見ていた。
「人間を舐めるな、長虫風情が」
中空で剣を一閃させると、鋭利な刃と化した水流がとぐろを巻く大蛇のようにワームを巻き取り、その巨体を細切れに斬り裂いた。
着地したわたしの頭上から悪臭のする血が大量に降り注ぐが、体を取り巻く清らかな水流がすべて流し去る。
斬り離されて地面に転がるワームの頭をしばし凝視し、再生する気配がないことを確かめると、ようやくわたしは水流を解除して剣を下ろした。
背後から近づいてくる複数の足音が聞こえてきたので、ゆっくりと振り返る。
「さすがはエレオノーラ。一時はどうなることかと思ったが……」
「竜を一撃とか大概人類を逸脱してますな、姫様。というより、あんなあっさり倒せるなら最初から水神剣を使ってくださいよ」
「先にブレスを撃たせる必要があったんだ。さすがにあの熱量を真正面から相克するのは無理だからな。あと姫様と呼ぶな」
ロルフから鞘を受け取って剣を納めると、心配げな顔をしているテオドールへ視線を送る。
「どうした?」
「エル、肌が……」
テオドールの視線の先を見て、「ああ」と相槌を打った。
ワームのブレスに焦がされた一部の肌が焼け爛れてなかなかグロテスクなことになっている。
「死ぬほど痛いがただそれだけだ。問題ない。ダンジョンを出たら治癒魔法で治してもらうから心配するな」
前世ならばとても動くことなどできないような傷だが、今世の鍛えられた人間というのは呆れるほどに頑丈なので、痛いのは変わりないがまだ充分に動ける。
横からバルタザールが「そんなわけないでしょう。人類基準で物を言ってくださいよ」とか言っているのは知らん。
安心させるためにテオドールの頭を撫でてやると、「さて」とわたしは手を打ち鳴らしてから再びワームの死骸のほうへ向き直った。
「こいつの頭を担いで行けるか、ロルフ?」
「無茶言うな」
即答するロルフに対し、手を振って謝る。
「すまん、冗談だ。とはいえせっかくのドラゴン。持てる限りの鱗と牙をはぎ取って帰ろう。できれば血も欲しいが容れ物がないな」
まさか飲み水を捨てるわけにも行かない。本当かどうか知らんが万病に効くとかいうドラゴンの血は諦めるほかない。その代わり鱗と牙は限界まで担いで帰らなければ。
「姫様、わたくし魔法の撃ち過ぎで少々めまいが」
「そうか。鱗を剥がすときに手を切らないよう気を付けろよ」
わたしの励ましに絶望しているバルタザールの手に、ロルフが作業用のナイフを握らせる。
たくましい男戦士に肩を組まれながらとぼとぼ歩いていく魔法使いの哀愁に満ちた背中を見送り、これもダンジョン探索の醍醐味だなとわたしは一人納得して頷いた。
「さてと。わたしたちも牙を引っこ抜くとしようか。毒腺には気を付けるんだぞ、テオ」
「それより先に手当てをさせて下さい」
「後でいいだろ」
「……エル、お願いしますから」
「分かったからそんな目で見るな。やるなら手早くな」
根負けしたわたしはテオドールが手当てをすることを許した。
扱える人間は決して多くないとはいえ治癒魔法とかいうチートとしか思えない技術があることと、強化された人間はアホみたいに頑丈であること。
以上二つの理由から、この世界で荒事を生業にしていて、かつ治癒魔法使いに伝手のある人間は大概外傷を舐めている。
もちろん痛いものは痛いし、死ぬ時は死ぬのだが、「この程度なら治るしいいか」とどこか感覚が麻痺してしまうのだ。
テオドールに包帯を巻いてもらったわたしは、嬉々としてワームの口をこじ開け牙の根元にナイフをねじ込み始めた。
正直ワームの口の中はものすごい悪臭だが、それも気にならないくらい作業に熱中していた。
何しろドラゴンの素材は高く売れる。
祖国を追われダンジョン探索などというやくざな職業をしているわたしにとって、金は命の次に大事なものだ。
前世のわたしがこの姿を見たら、きっと信じられない思いがするだろう。
しかしまあ、人間というのは大概の状況には慣れるものなのだ。
そんなわけでゲームの世界だかラノベの世界だか知らんが、典型的な剣と魔法のファンタジー世界に転生してしまった元日本人男性のわたしは、女戦士エレオノーラとして今日もたくましく生き延びるのであった。
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映画の冒頭導入部分10分~15分くらいのイメージ。
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