第14話 オファー

「――って先生が言ってくれたの! それでね……」


 セレナが星浮かぶ瞳をきらきらと瞬かせながら夢見心地に話す。その向かいで私は扇の下、小さくあくびをしてしまった。セレナの進捗や動向は聞いておきたいが、どうしても眠気が勝る。

 今週は本当に長い長い一週間だった。週の初めに婚約解消。重ねてセレナからの情報開示。月曜日から夜中まで起きていたのが祟った。諸々への不安で眠りが浅くなっているのもある。そのせいで生活リズムは完全に夜型になりかけて、昼間はずっと眠かった。

 平日の夜に大事な話をするものじゃない、と痛烈に学んだ私はセレナと会う約束を土曜日の午前とすることにした。

 しかし、眠いものは眠い。またあくびが漏れる。今度はセレナも気づいたらしく、目が合う。

 

「ディルってば、自分から聞いておいて、ちゃんと聞いてくれないんだ」

「ごめんなさいね、最近昼夜が逆転してしまって」


 そう話しながらも、またついあくびをしてしまう。


「まあ、ヒョウって夜行性だもんね。そもそも日中起きているようには出来てないだろうしね」


 セレナは最後はそう言って肩をすくめた。

 こういったところが話が早くて非常に助かる。前世が大学生だったということもあり、セレナの知識量は決して侮れない。だからこそ、記憶を取り戻すのがもっと早かったら、と思うと気の毒だ。

 いくら女性のために作られた乙女ゲームの世界と言えど、男性中心の貴族社会で生き抜くには強くあらねばならない。女性のための物語世界であって、女性のための現実世界では決してない。主人公が救ったり救われたりするキャラを置く舞台には、困難を持たせやすい状況を作り出すのが一番手っ取り早い。

 だから地盤作りが大事。そうなればお金はあるだけあったほうがいいし、知識も体力もコネクションも、自分を守る術はできるだけ持つべきね。

 そこで、私はそんなセレナを自分のコネクションの一部と資金源に組み込むこととした。もちろんギブだけではないけれど。ここ何日かはぼんやりしていたといえど、何も考えない私ではない。

 目くばせを飛ばそうとルドルフを見ると、すでに部屋の隅でペンを用意している。

 よく心得たこと。


「ところでセレナ。貴女、何か必要なものはない? 前の世界にあって、この世界にはありそうで無いものとか」

「え、なになに突然?」


 私の急な方向転換にセレナはびっくりした。しかし、一応は考えてくれるようだ。腕を組んで、うーんとセレナは唸った。


「そうだな、あるにはあるけど……」

「もしこの世界で商品になるような物ならば、うちの商会で作らせるわ。売れれば貴女にロイヤルティだって払うわよ」

「えっ、何、どういうこと?」


 セレナは組んでいた手を解き、頭を抱える。


「言ってなかったわね。私、商会をやってるのよ。アイデアを売ってくれたら、その使用料を支払うわ。私にはモノを作って売る基盤がある。欲しいのは、何を売るかよ」


 ルドルフがささ、と近づき、今回のため特別に作らせた契約書とペンをそっとセレナの前に置く。その文面をざっと読み、セレナは呆れた顔で笑った。

 

「……あー、なるほど。そりゃ悪役令嬢のセオリーだもんね」


 まったくもって、セレナのメタ知識はありがたい。

 何で悪役令嬢が揃いも揃って商会を作るのかという理由は自分がその身になってみるとよく分かる。商人は取引値が安い場所から高い場所へモノを運び、供給と需要を結びつける。そうやって差異を作って売るのが商人なら、前世と異世界なんて考えられないほどの差異だ。しかも、そのアイデアは他に転生者がいない限り、独占状態だ。

 商会をやれば情報は入ってくるし、人脈も出来る。覚醒前なりやり直し前の悪役令嬢に足りないのは、メタ認知だけじゃなく情報と人脈だ。平民に生まれていたら立ち回りも大きく変わるだろうが、令嬢ともなればアドバンテージは計り知れない。この世界では売れなかったり技術的に無理だったり、私に再現する能力や知識がなかったりする場合もある。そういう失敗が出来る資金的余裕という意味でも貴族の方が好都合だ。

 契約書に目を通しながら、セレナは言う。


「ロイヤリティが8パーセントって高いの?」

「前世なら普通は3から5パーセントだったわね。もしもの時には買い上げてあげても良いわ。別の資産として預かってもいいし」


 現実的な話をすると、セレナは少し考え込んだ後、契約書と控えにサインをした。


「私が駆け落ちなり国外逃亡する時は、ディルが買い上げて金銭面で助けてくれるってこと?」

「ええ、一国の王子から逃げるんだもの。それにしたって貴女が自由にできるお金は無いよりあった方がいいでしょう?」

「それもそうだよねー」

「もちろん、アイデアはある程度は売れるものでないと困るけれど」


 セレナが渡してきた書類を重ね、割印代わりにサインをする。セレナも私に倣い、重なった部分にもサインをした。控えをセレナへ渡す。


「それで、何かあるの?」

「……ネックコルセットみたいなモノがあれば良いな、とは思っていたかな。ほら、オメガバースだとうなじを噛まれないように、特殊なチョーカーをよく付けてるじゃない。あれの強化版。前の世界でもゴスロリの人がつけてたりしてたの」


 なんとなく想像はつく。ゴシック調のファッションと言われれば余計に。レースをふんだんに使えば、貴族ウケはしそうだ。


「あとね……」

 

 セレナは私の耳にこそりと耳打ちする。


「あのね……ネコみたいに、トリも首の付け根が、その、性感帯な子が多いの」

「なら、確実に売れるわ」


 ネコ型も多いが、トリ型の獣人は多い。知らなかったが、そういう意味でも需要が見込めそうだ。シンプルなデザインでコストを抑えられたら、平民にも売れるだろう。

 ただ、大勢に売って、ネックコルセットしていても噛まれたなんて訴訟を起こされたら困る。変な宣伝はせず、装身具の一種として売ることにしよう。

 

「要は、首をある程度守れればいいのよね。意にそぐわず噛まれることから身を守れるように」

「そういう対象じゃない人から噛まれたら下手すら一生一緒なんて嫌だよね……」


 強制的に番わせるのを禁止する法律はないが、高位の貴族でも蟄居させられるレベルだ。平民同士でも無理矢理番わされた側の親族に私刑にかけられると聞く。しかし、家格や身分に大きく差があれば、賠償金を払うことで有耶無耶になったなんて話もないわけではない。セレナの家は伯爵家。後ろ盾はないかもしれないが、殿下にヤンデレ発動された時にはゲーム上ではどう処理されたのだろう。

 ちらりとルドルフを見ると、ふんふんとセレナの言葉を聞きながら議事録を取っている。私に噛みつこうとしたことは全く反省していないようだ。自分は私の『運命』だと思い込んでいるからだろう。こういう勘違いをしている男からは私もセレナも積極的に身を守るべきだ。


「いいわね。早速私とセレナをテスターとして試作品を作らせましょう。セレナ、貴女は絵は描ける? コンセプトを列記するのでもいいわ。つけたくなるようなデザインを週明けまでに書き出してくれる?」


 ルドルフの書いていた議事録に、サインし、セレナにもサインを書かせる。

 

「いいけど、私がデザインしても売れないかもよ?」


 不安げなセレナを私は一笑に付した。


「何言ってるの。貴女はこの世界のヒロインよ。上手くいかないことなんて絶対に無いわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る