第32話行動開始

 周囲を見回すが川崎さんの取り巻きは皆一様に冷めた表情になっている。


感情だけで動くからそうなるんだ。


「思い出したようだな……そう俺達の目標は『表彰されるぐらいデカイことをやる』だ! なら巻き込む学校数は多ければ多い程いい。ローカルテレビ? 違うね! NHKで放映されるぐらいデカイことをやれば、市……いや県からの表彰だって夢じゃない! それなのに断られる可能性の高い電話でお伺いを立てるのか?」


 目標や目的、明確な手段の提示とそれによって考えられる明るい未来を想像させることで、人はやるべきことを理解する。

 そして……それでも動かない石のような奴にはこれが効く。


「もしかして怖いのか?」


「――――ッ!?」


 傍観ぼうかんを決め込んでいた男女がビクリと震える。


 自称進学校までなら何となく教師に、親に言われている通りに勉強していれば進学することが出来る。だが、進学校や専門性を持った高等学校への進学は、『やりたいこと』や『やるべきこと』を自覚していなければ難しい。

 だからこそ、ただの陰キャガリ勉野郎がこの学校に入学できる訳はない。


「高校生にもなって、自分一人で知らない大人がいっぱいいる場所に足を運ぶことも出来ないんだ? そうだよなママやパパ、それに先生がやってくれていた事だもんな?」


ギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえる。


(かかった)


 尊大なプライドを持ったエゴイストが、自己のパーソナリティを強く否定されるような発言をされてキレない訳ないのだ。


「でもあと2,3年すれば18歳だ。納税義務が産まれ、選挙権が付与され少し早ければ働くことになる。中学時代の同級生の半分程度はオトナになるんだ。法律的に大人になる。だというのに一人でやろる努力をしないなら、今すぐ帰ってママのおっぱいでも吸って、暖かいココアでも飲んでクソして寝てろ!」


さて、ここまで煽ったんだ。何か言葉で反応を返してくれないと困るんだけど……


「うるせぇよ!」


よし! 反応が帰って来た。もう一回ぐらい煽って置くか……


「え、なんだって? 声が小さくて聞こえないんだが……」


「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇ! って言ってるんだよ!」


「ごちゃごちゃ言って悪かった。でも、納得していない君たちをステージに上げ発現させるには怒らせるぐらいしか方法を思いつかなかったんだ」


「――――なっ」


 直ぐに謝罪してくるとは思わなかったのだろう……意表を突かれた陰キャガリ勉は、呆けた表情のまま固まる。


「いいか? これは学校の教師にとって仕事の一つだん。そして彼らは仕事を反故にした。向こうからしたら少し理不尽かもしれないけど怒っていい内容だよ。なぜなら教師は仕事に対して報酬をもらっているんだから……過度な要求とは言えないからカスハラでもないしね」


 と付け加える。小中学校では地域との交流も指導内容の一つに入っているのだから、過度な要求ではないだろう。


「でも、今丁度電話をするところかも……」


「そうかもね……」


「だったら……」


「何も喧嘩しにいくわけじゃない。道中で連絡があれば取り越し苦労だけど現地に行って見て、時間がかかるのなら電話での連絡時期を再設定すればいいだけだ?」


「でも……」


 でもでも、だってでは何も始まらない。今必要なのは出来るのか? 出来ないののか? 出来ないるのであればなぜ出来ないのか? と言う単純なものだ。


「何も全員に学校へ行けなんて言ってないよ。誰も行かなくても俺だけで様子を見てくる。そのための足も今日はあるしね」


「なるほどだから……」


 菜月なつきさんは、一人だけ納得した様子でうんうんと頭を前後に振る。


 そもそも事情は説明したが、初めから全員が動いてくれるとは思っていない。最悪の場合は俺が全部回るつもりだった。

 この説得で一人でも多くのクラスメイト達が動いてくれるのなら俺は楽が出来、例え失敗したとしても責任を分散することが出来る。

 

「教室を出ながら分担を決めよう……俺の案に賛成する奴だけでいい付いてきてくれ……」


 そう言うとさっさとリュックに腕を通して、教室を出ようとクラスメイト達に背中を向けた。


「ちょっと、待ってよ!」


 しかし、川崎さんの友人にリュックサックを掴まれた。


「まだ何か言いたいことが?」


 スマホを取り出して時間を確認する。


ちっ! 一人で全て回ることは事実上不可能だな……出来るだけ地域を被せて回るしかないな……半数以上が協力してくれるなら何とか全部回れるかもしれないが……


「すこし強引だけど高須くんは、皆で一度はやると決めた事を思い出させてくれた……だから高須くんにだけ任せる訳にはいかない。私も行くよ……」


 歯切れが悪い言葉ながらも、必死に言葉を紡ぐその様子に共感したのか、全員が声を上げる。


「分担を決めよう! 縁のある学校には出来るだけ縁がある奴を! ノルマは一人一校弱だ。不安な奴は二人一組のペアで向かってくれ……」


 指示を飛ばしながらリュックサックからヘルメットを取り出し被る。


「お前……」


 何か言いたそうに西郷が言葉を詰まらせるが、今はそれどころではない。

 

「言いたいことはあるだろうが今は飲み込んでくれ……俺は一番遠い学校に行くから他は任せた」


「「「「判ったわ」ぜ」よ」


 三人の返事を聞き終えるとダッシュで玄関を超え、隠して止めてあるバイクまで向かった。

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