HelloNewWored

第9話引っ越し

 ”打ち上げ” の後、親父との「は・な・し・あ・い」の結果、鎌倉家が引っ越してくることが判った。


 引っ越業者すら入れず(この時期の引っ越しは高額! だから止めたBy:父)、その分浮いたお金で「何か旨いものでも食べよう」などという、信じられない程の杜撰さが被告(親父)の口から語られるに至り、その無計画さに頭痛(殺意)すら覚えた。



 それからの日々は中々に、大変だった。


 流石、中年と学生の男二人暮らし。


 目の届かないところが、実は物凄く汚なかった。


 忙しさとか面倒くささのフィルターを外し、女性も住むという視点で見る我が家は、それはもう色々気になる所だらけだ。

普段使わない部屋は言わずもがなな惨状、長年の手抜きに反省するも一旦気になってしまうと、それはもうやるしかなかった。



 特にやばかったのは水回りだ。

風呂、キッチン、トイレは築10年以上経過しているので折角だからと、業者を入れて清掃やプチリフォームをすることとなった。

期日が決まっている為、特急料金を払い(有無を言わさず出させた!)、業者さんにお茶出しなどを行い、なんとか形は作った。


そしていよいよ引っ越しの当日を迎えた。


………

……


「父さん忘れないでよ?」


 リビングでソワソワしながら、つまらなそうに昼の報道バライティ番組を見ている父に向かって、言葉を投げかける。

 

「……分かってる、小遣いを上乗せしてやる」


 俺はガラス製のコップを拭く手を留める。


「業者を調べたのも、手配したのも掃除をしたのも誰だっけ?」


「うぐっ!」


 父は鳩尾に一撃喰らったみたいな苦悶の声にならない声を零すと悔しそうにこう言った。


「……全部、お前だ」


「そうだよね(怒り)……近所のおばさん達にどこの業者がいいとかそういう話を聞いて回ったのは俺だし、立ち合いをしたのも俺だよね?」


「……」


 はぁぁ……、ここまで言っても駄目なようだ。


「一時的なお小遣いアップを強請ねだってるんじゃなくて、基本お小遣いの引き上げベースアップを要求してるんだよ? 義母さんにどれだけいい顔してるかは分からないけどさ、そのいい顔を守ってあげるって言ってるんだからベースアップに同意しない?」


「……仕方ない。ベースアップと今年の臨時お小遣い夏季ボーナスには期待してくれ……あと、今後一年はベースアップ交渉には応じないからな」


 親の懐事情(大体知っている)から察するにまだ強請ゆする余地はあるが、関係を冷え込ませ無駄に不和を生む必要はない……後のことは継母おかあさんに任せた。


「分かってるよ、父さん。まぁ貴重で特別な”俺の”春休みが潰されたことだけは不満だけどね……」


「ぅぅ……」


 ふと時計を見ると約束の時刻の10分前になっていた。


「そろそろ時間だね。俺外でお迎えするよ」


………

……


 外に出たタイミングで軽トラが家の前に到着する。

雪菜ゆきなさんの声にやや疲れが見える。


容保かたもりくんおはよう、今日からよろしくね。

それでね容敬かたたかさん呼んでくれるかしら、軽トラだと何回か往復することになりそうなのよ。

これだけ積んだだけで、菜月なつきも疲れちゃって……」


 そう言った雪菜ゆきなさんの顔は辛そうだった。


「継母さん、義姉さんおはようございます。

 直ぐに父を呼んできます!!」


なん往復か必要だと! 引っ越し計画があまりに甘すぎる!

早急に動かないと、今日まともに眠れないかもしれない。

脳内お花畑な親達こいつらがとことんポンコツなのがわかったので、もう敬語は止めだ!



 引っ越し業者をケチった張本人(父)と、見込みの甘かった継母でトラックで往復させ、まず搬出を最優先させる・・・

被害者2人(俺と義姉)は搬入を担当、嫌な予感がしたため用意していた一階和室に荷物を積み上げる。


 先方の搬出におやつ時までかかったものの、予めの断捨離と家電の買い替えが功を奏し、後半なんとか巻き返した感じだ。


 見通しの激甘な父をあおり、あらあらまあまあ系の継母をおだて、ベット・大物家具など最低限の設置を終えるころには長くなってきた日もすっかり暮れてしまっていた。



でも、なんとか間に合った!


 不慣れな作業で汗だくになった身体をパパッとシャワーで冷やし、愛飲している麦茶をしばくと二階に上がる。

残念ながら休憩するためではない。同い年の義姉、菜月さんを手伝うためだ。


 かつて物置部屋だったドアをコンコンと軽くノックする。


「どうぞ、何か御用?」


 部屋の中におっかなびっくり入ると、殺風景だった部屋は見事なまでに様変わりしていた。


 カーテンすら掛かっていなかった部屋に、ピンクベースのファンシーカーテンが掛けられ、可愛く敷かれたカーペットやベッドもパステルカラーで統一され、いかにも女の子の部屋になっていた。

そのあまりのギャップに思わずフリーズしてしまう。


「……、何か手伝えることある?」


「手伝いに来てくれたの? ありがとう! なら悪いんだけど一階から段ボール取ってきてくれない?」


「もちろんいいですよ」


 一階の空き部屋に積まれた沢山のダンボール箱は、『所有者:内容物』というように丁寧にラベリングされていた。

中に入っているものが一目でわかるため、雑多な中からでも目的のモノが探せるという訳だ。

(こういう所に女性ならでは心配りを感じるんだよなー)



「あ、何を持ってくればくればいいのか聞きそびれたな……」


 聞きに戻るも面倒だな。と面倒くさがりを発動した俺は、『菜月:本』と書かれたモノを筆頭に、適当に何個か重ねて階段を上がる。


「少し重いけど大丈夫だよな……」


 運動不足気味とはいえ、男子としてはこれぐらいの無理は通さないといけない気がして、階段が見えないほど積まれたダンボールを持ち上げる。


よろよろと進む階段でのこと、角を保護するコーナー材に今まで引っかかったことのない靴下が引っかかった。 


「あっ」


 手が空いていないせいで、手すりに摑まる事はできない。


刹那、鈍い衝撃を腰に感じる。


ドン!!

「いってぇぇ」


 と鈍い音が家に響くと、二階の方からドアが開く音がした。

 顔面に直撃したダンボール箱を痛む手で払いのける。

 腕や顔に纏わり付く布の感触があった。


「大丈夫!!」


 図らずも、慌てて階段を下りる菜月さんを見上げる形となったため、綺麗なおみ足の奥にある白いパンツを観てしまった。


 俺は慌てて顔を背けると……


「ご、ごめんなさい。今起き上がりますから……」


 そう言うと手を付いて立ち上がる。

 幸い腕に痛みはないので、骨折の心配はなさそうだ。


「すいません服、撒き散らかしちゃって……」


「っ~~~~っ!! こ、こっちこそごめん……は、早く打った所冷やしてきなよ。後は私がやっておくから!」



 こうして腰へのダメージと白い布のイメージと共に、俺達の共同生活は幕を開けた。

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