第五十二話 薄れゆく意識の中で

《ウッズ視点》


『ピィイイイイイッ!!』




 耳をつんざく高音が、水の不死鳥ののど笛から放たれる。




「クッソ! ホントに不死身なのかよ! コイツはぁ!!」




 半ばヤケクソになって、スキルを連続起動する。


 《火炎放射フレイム・ラジエーター》、《閃光噴射フラッシュ・ジェット》、《電撃牢獄サンダー・プリズン》。




 炎と光と電撃を片っ端から撃ち放ち、水の不死鳥に攻撃を加える。


 ――が。




 攻撃を受けて穴が開いてもすぐに塞がってしまう上に、全身を蒸発させてもすぐに復活してくる。


 勝てるビジョンが、全く浮かばない。




「クソがッ! クソクソクソッ!!」




 焦りで真っ白になる頭では何も考えられない。


 無駄とわかっているのに、スキルを放つ手は止まらない。止められない。




 けれど。


 そんな俺を嘲笑うかのように、放たれるスキルが止まった。




「な、なんだ!?」




 スキルを撃たせないスキルか!?


 咄嗟にそう思ったが、それは違った。




 自分のステータスを確認すると、MPが0になっていた。


 通常スキルに比べ、火や水などの属性が付与されている魔法スキルは戦闘において大きく真価を発揮する。




 MPを消費しきり、魔法スキルが使えない状況に陥ったということは、それすなわち“詰み”を意味するのだ。




「くっ……!」




 まずい。


 そう思ったときには、もう遅い。


 


『ピシャアアアアアアッ!!』




 雄叫びを上げた水の不死鳥が、意趣返しとばかりに突っ込んで来た。




「ッ!?」




 反射的に目を閉じた俺の身体を、大きな衝撃が襲い、身体が宙に浮く。


 次の瞬間、全身がひんやりとした液体に包まれた。




 目を開くと、周囲は濃紺の水で満たされていた。


 どうやら俺は、水の不死鳥に衝突された衝撃で、水の中に落ちたようだった。




(ッ! 早く浮上を……!)




 次いつヤツが襲いかかってくるかわからない。


 体勢を立て直すため、水を搔こうと腕を動かす。が、どういうわけか腕がビクともしない。


 そればかりか、脚も動かない。




(な、なんだ……?)




 俺は、自分の身体を見る。


 そして、戦慄に目を見開いた。


 俺の身体には、水の不死鳥が絡みついていたのだ。羽根でガッチリ全身をホールドされ、身動き一つとれない。




(こ、これじゃあ浮上できない!!)




 自分と不死鳥の重みで、どんどん沈んでいき、水面が遠ざかってゆく。


 がはっと大きく息を吐き出し、白い泡が真っ暗な水面へ昇ってゆくのを見ながら、俺の心には強烈な感情が生じていた。




(死にたく、ねぇ……)




 どうしてだ?


 どうして俺は、死にかけてるんだ。




 ああ、そうか。


 あのウザいエランを見返すために、無謀な最凶の天空迷宮を攻略しようなんて思ったからだ。




 滑稽でしかたない。


 勝手に一人で恨んで、ダンジョンに挑む者は、命をかける覚悟はできているなんてほざいて、いざ死ぬ間際になってどうしようもないほど恐怖を思い出した。




 死ぬことは怖い。


 でもそれ以上に、何の覚悟も持っていないまま、恨み辛みだけでダンジョンに挑んでいた自分が情けない。




(せめて、自分の言葉に筋を通してから……地獄へ)




 だが、残念ながら俺は、情けないヤツのまま地獄へ落ちようとしている。


 ダンジョンに挑む者は、命をかける覚悟はできている。


 そんな無様な覚悟一つ、本物にできないまま、俺はここで終わる。




(クソ……が)




 薄れてゆく意識の中、俺は悪態をついて。


 そのまま永遠の眠りへと落ちてゆく――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る