第四十三話 誰がための決意

 ――。




「――ねぇ、今の話どういうことなの? 《モノキュリー》へ行くって」




 話が終わったのを悟ったのか、エナが待ちかねたように聞いてきた。




「ああ、今から事の詳細を話す」




 僕はエナに向き直って、声の主と話したことや、これから第一迷宮ファースト・ダンジョン《モノキュリー》へ向かうと決めたことなどを伝えた。




△▼△▼△▼




「そうなんだ」




 ひとしきり話し終えると、終始黙って聞いていたエナが神妙な顔つきで呟いた。




「エランくんは、クレアさんを助けて、彼女の秘密を探るために、今から《モノキュリー》へ行くのね」


「そんなところだ。最下層に落とされてから、クレアには何度も助けられた。だから、クレアのために命を張るのは当然だし……背中を預けた仲間として、彼女のことを知っておく義務もあると思うから」




 そう答えると、エナは穏やかな表情で頷いた。


 それから小声で「妬けちゃうな」と呟く。




「どうかした?」


「ううん、なんでも」




 エナは首を横に振る。




「でも良かったわね、エランくん」


「何が?」


「憎きリーダーを助けるいい口実ができて」


「うぐっ」




 不意打ちで図星を突かれ、眉をひそめた。




「……ば、バレてたのか」


「当然。もちろんクレアさんのことがメインだろうけど、ついでにウッズを助けるつもりなんだってことは、わかっていたわ」


「助けるんじゃない、ぶん殴るんだよ」


「ええ、そうね」




 エナは悪戯いたずらっぽく笑った。




「まあとにかく、大至急だいしきゅう、《モノキュリー》に向かう。本当は体力を回復してから行きたかったけど、背に腹はかえられない。エナはここで待っていてくれ」


「え? 私も行くけど」


「はい?」




 一瞬呆気にとられてしまう。


 少しの間無言の時が流れ、ようやく彼女の言葉の意味を理解した僕は、慌てて告げた。




「ちょっと待って! それはダメだ。エナを危険に曝すわけにはいかないよ」


「それは私も同じ。エランくんを一人で危険な場所に行かせるわけにはいかない。私だって、腐っても《緑青の剣》のエースだったんだから。足手まといにはならないはずよ」


「それは……まあ」




 エナの強さは、僕もずっと見てきたからよく知っている。


 いつまでも弱者だった僕は、彼女と出会ったときモンスターから守った以外、ずっと守られる側だった。




「けどやっぱり――」


「お願い。私を一緒に連れてって。あのとき助けられなかったんだから、今度こそ側で守らせてよ」




 必死に訴えかけるエナに気圧され、押し黙る。


 瞳を揺らして見つめてくるエナに根負けしてしまい、僕は首を縦に振った。




「わかった。僕の我が儘に付き合ってくれ」


「ええ、地獄の果てでも付き合うわ」


「じゃあ、二人で……」




 二人で行こう。そう言おうとしたとき、ぽにゅんと柔らかい何かが、僕の顔面にぶつかってきた。




「うおっ!? なんだ」




 びっくりして、その柔らかい何かを引きはがす。


 それは、とーめちゃんだった。




「お前も一緒に来てくれるのか?」


『もきゅ!』


「そうか。ありがとう」




 頭を撫でると、とーめちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。




「ていうか、この子はダンジョンの外でも生きられるんだ」


「そうみたいね。一見人間の女の子にしか見えないクレアさんが、この地上世界で生きられないのに、スライムは生きられるなんて不思議」




 ダンジョン生物は地上で生きられるのに、クレアは生きられない。


 じゃあクレアは、ダンジョン生物ですらないというのか?


 


 そんな疑問が頭を過ぎったが、一刻も早くダンジョンに入らなければならない状況だから、考えるのは後にしよう。




 僕はリュックに干し肉やヤワイモなどの食料を詰めて肩にかつぎ、クレアを背負う。


 そして、エナととーめちゃんを引き連れてログハウスを出た。




 目指すは、空に浮かぶ最凶さいきょうの迷宮、《モノキュリー》。


 地上に生きる人々を見下ろしているそれは、青空の中で不気味な様相を呈していた。

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