第四十話 僕とエナの出会い

 僕の家は、丸太を重ねて造られた小さなログハウスだ。


 基本ダンジョンに入り浸っていて、家に帰ってくるのは月に一度くらい。故に、室内には凝った装飾はなく、ベッドやテーブル、イスが無造作に置かれているのみ。




 家の扉を開くなり、クレアが「殺風景だね」と呟いたのは言うまでもない。




 家の隅に金貨の入った袋を置きながら、僕は二人に問いかけた。




「お腹空いたし、何か食べるか?」


「スライムの核とか?」


「ああ、そうだな。二度とごめんだ」


「ははははっ、言うと思った」




 ケラケラと笑うクレア。


 ひとしきり笑ったあと、クレアは言った。




「私はお腹空かないから、エナちゃんとエランくんの二人で食べてよ」


「やっぱり、体調が――」


「ううん。そういうことじゃないの」


「じゃあ、一体――」




 少し寂しそうに目を泳がせるクレアに、問いかけようとする。


 が、その前にエナが僕の方へ歩いてきて、紙に包んだ何かを差し出してきた。




「ほら、お腹空いたんでしょう?」


「え? あ、うん」




 紙に包まれた、拳大の大きさのそれを受け取る。


 ほんのりと温かい紙を開くと、隙間から薄紅色の中身が覗いた。




「これは」




 もしやと思い、ごくりと喉を鳴らす。




「ヤワイモをかしたものだよ。エランくん、好きだったでしょ?」


「ありがとう嬉しいよ! いつの間に買ってたの?」


「エランくんが《開かずの扉》から出てくる少し前に。無事帰ってきたら、食べさせたいなと思って。時間経ってるから、もうほとんど温かくないけど……許してくれる?」


「もちろん!」




 紙を取り払い、歪な楕円形をしているヤワイモを中央で割った。


 薄紅色の外皮が破れて、濃いオレンジ色の中身が現れる。




 ヤワイモは、痩せた土地でも水さえあれば育つ根菜だ。


 ほんのりと甘く、ほくほくとした食感で、とりこになる者も多い。




「いっただきまーす!」




 かぶりついた瞬間、ジューシーな甘みが口いっぱいに広がった。


 まるで、全身が喜んでいるみたいだ。こんなのを食べてしまったら、スライムの核なんて二度と食べたくなくなる。




「うま~~」


「ふふっ、よかった」




 ヤワイモを食べる僕を見て、心底嬉しそうにはにかむエナ。


 その様子をジト目で眺めていたクレアが、不意に「この横恋慕よこれんぼ……」とあらぬ台詞を呟いたのだが、全力で聞かないフリに徹した。




 ――。




「ふーうまかった。ごちそうさま」


「どういたしまして」




 エナは、髪を掻き上げながら答える。


 終始笑顔を崩さなかった彼女だが、不意にその表情に陰りを見せた。そして。




「ごめんなさい」




 突然、深く頭を下げた。




「ちょ、えっ?」




 流石に状況が読めなくて、戸惑ってしまう。


 が、きつく結んだ唇とスカートの裾を握る指先が、小刻みに震えているのを見て、本気で後ろめたい気持ちでいるのだと悟った。




「ご、ごめん。謝られるようなことをエナがした記憶は、無いんだけど……」


「私は、あのときエランくんを助けられなかったわ!」


「あのとき?」


「エランくんが、橋から突き落とされたとき。その様子を私だけが見てたのに、何もできなかった」




 絞り出すように語るエナ。


 たしかに落ちる寸前、エナとだけは目が合ったけれど、手を伸ばしても届く距離じゃなかった。


 だから――




「そんなこと気にしなくていいよ。悪いのはウッズだし。あとは、捨てられるようなゴミクズだった僕もだし……いやまあでも、捨ててくる方が悪いか、うん」




 自問自答して、僕はエナの肩に手を置いた。




「とにかく、エナが気に病むことじゃない。むしろ、心配してくれてありがとう」


「心配するのは当たり前よ。エランくんは、私にとって――」




 エナは何かを言いたげに、僕の方を見つめてくる。


 が、言いかけた言葉を飲み込むように、唇を閉ざした。




 しばらく、無言の時が流れる。


 クレアの目もあるし、二人で向きあっているだけという状況は、恐ろしく気まずい。


 


「そ、そういえばウッズは今頃どうしてるんだ?」




 空気感に耐えかねて思わず口に出したのは、ウッズに関する話題だった。




「リーダーなら……《緑青の剣》を辞めたわ」


「な、なんだって!? どうして……」




 予想外の答えに、動揺する。


 エナは、あくまで冷静に言葉を続けた。




「あなたを追放した……いいえ、殺そうとした責任を問われてね。だから《緑青の剣》も、新しいリーダーが決まるまでは、事実上活動を休止することになったの」


「へぇ、そんなことになってたんだ」




 思い返してみれば、一度追放された縦穴の底に戻ったとき、橋の上にウッズが佇んでいるのを《ズーム》で確認したが、あのときウッズは一人だった。


 あのときにはもう、追放されていたのだろう。




 自業自得というか、ご愁傷様だ。


 可哀想なんて、偽善者ぶって同情してやるつもりはない。




「どうせウッズは今、一人で第三迷宮サード・ダンジョンの十階層あたりをうろついてるんだろうな」


「それが、そうでもないみたいなの」


「……何だって?」




 エナの言葉に、眉をひそめる。




「エランくんが単独で第三迷宮サード・ダンジョンを攻略してるって噂を流した、《テンペスト》の人達が、もう一個噂を流したの。第七階層で出会った赤髪碧眼あかがみへきがんの男の子が、エランくんの武勇伝を聞いた瞬間、血相を変えて第一迷宮ファースト・ダンジョン《モノキュリー》へ向かったって」


「赤髪で碧眼、第七階層で出会った……」




 情報をすり合わせて、すぐに確信した。




「ウッズだな」


「ええ、おそらく」


「だとしたら……奴と会うことは、もう二度と無いのかも」




 僕は、窓の外に目を向ける。


 ログハウスの窓から見える空に、威風堂々と巨大な島が浮かんでいる。


 


 スペロン国のどこからでも見えるそれこそが、天空に浮かぶ第一迷宮ファースト・ダンジョン《モノキュリー》。


 この世界で最もいただきに近い場所にあり、あらゆる人をこばむ地獄そのもの。


 あの魔窟に挑み、帰ってきた者など――誰もいない。

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