第7話 婚約者

 アルメは、ハリーと少しだが話をできた事をシャローンに連絡しなかった。

 マーカスの身代わりであることはわかったが、ハリーの両親がまだ生きていて、下手な事をしたらその命に関わりそうな気がしたからだ。

 シャローンのことは信じているが、彼女にとってハリーの両親の生死などは問題ではないかもしれない。

 そう思うとシャローンが何か行動を起こして、ハリーの両親に危険が迫るのが怖かった。


 じっくりとハリーに近づいてこうと今後の方針を決め、翌朝を迎える。

 馬車に乗って学園に到着し、そこでアルメは驚かされた。


 ハリーこと、マーカスが側近を伴って歩くのは学園の日常の光景。

 そこにシャローンがいたのだ。

 笑みを貼り付かせた彼女が、ハリーに付き添われ歩いていた。


(え?なんていうか、私の目的は婚約破棄をさせること。なのに。なんで?)


 アルメの驚いた視線を受け止めたシャローンは、ぎこちなく会釈した。ハリーはアルメを完全に無視している。


(傷つくな。対応は前と一緒だ。だけどハリーとわかっている分、結構胸が痛い)


 なんだかそれ以上、二人の姿を見たくなくて、アルメは一行とは反対の道を選び、教室へ向かう。


 それから、アルメはすっかりハリーに近づけなくなった。ハリーはいつもシャローンを伴って行動しており、彼女を押し退けてまで接近したいと思わなかったからだ。元々はシャローンの依頼である事もアルメの行動を制限した。

 嫌がらせは急激に減ったが、今度は嘲るような視線が送られる。

 危険は去ったが嫌な思いは続く。

 シャローンから説明があるかと期待したのだが、全く連絡がない。


(気持ちが変わった?ハリーの事を好きになって、マーカス殿下本人でなくてもいいと思ったとか?)


 男爵家の人々は相変わらず優しい。


(もし考えが変わったなら依頼もなくなるはずなんだけど)


 ダンティール男爵に尋ねてみたが、彼にもシャローンから連絡は来ていないようだった。


 ☆


「マーカス。最近、シャローンと仲良くしているみたいね」

「はい。卒業したらいよいよ結婚ですから」


  今日も不意に部屋を訪れた王妃メリアーヌに、ハリーは笑顔を返す。


「いい心がけよ。もう余所見したらだめよ」

「はい。私は、陛下が母上を一途に愛したように、シャローンを愛したいと思っております」


 王は愛妾や、王妃以外の妃を持たない。

 王妃メリアーヌは王の寵愛を一心に受けている。

 そのような意味合いで、ハリーは返したのだが、メリアーヌの表情が一瞬曇る。


(間違ったか?なぜ?)


「ほほ。そうね。マーカス。そうして頂戴。孫を見るのが楽しみだわ」


 けれども彼女はすぐに聖母のような笑みを被り直した。


(怒らせたか?いや、大丈夫だろう)


 この四年、メリアーヌの機嫌に振り回されているハリーは、彼女の微妙な心の変化を察知することに長けていた。

 王妃の機嫌は悪くなかった。


 ☆


(憂鬱。いつまでこの生活を続けるの?)


 アルメは馬車に揺られ、今日も学園に通う。

 依頼主(シャローン)から依頼中止が出ていないため、彼女は男爵令嬢として生活をし続けていた。意味はないのではないかと男爵にも相談してみたが、続けるように請われてしまい、今日も使用人に姿を整えてもらい、レジーナ・ダンティールとして学園の門を潜った。


 ハリーたちが通る道は把握しているため、それを避けて教室に向かう。


(本当……、らしくない。別にシャローンの気が変わってもいいじゃない。だってマーカス殿下とハリーは同じ顔だし、多分、あの猫を被った紳士的な態度もシャローンにとっては魅力的なはず。ハリーだって私に何もしてほしくないみたいだし。だって、私が動くとハリーの両親に危害が加えられるかもしれないんだもん。だったら、この状態が一番正しい)


 アルメは歩きながら、そう自分に言い聞かせる。


「レジーナ」


 考えに没頭していた彼女は突然現れた男子生徒に気づくのが遅れた。

 彼は、マーカスの側近の一人、カルフォード伯爵子息のハリソンだった。


「ハリソン様。おはようございます」


 今となっては媚びを売る必要もないのだが、突然態度を変えるのは不信感を抱かせるとアルメは側近たちへの態度を変えてなかった。以前のように過度に接触するのはやめていたが。


「アルメ。寂しいかい?君は、マーカス殿下の事が好きだったのだろう?」


 ハリソンは目を細め、憐憫のこもった視線を彼女に向ける。


(なんの用なの。どう答えるのが正解?)


 迷っている間に彼はアルメとの距離を詰めてきた。


「僕が代わりに慰めてあげる」

「は?」


 思わず素に戻って返事をしてしまったが、ハリソンは気にしていないようだった。彼女の口を塞ぐと手慣れた様子ですぐ近くの扉を開け、彼女を放りこんだ。


「何をするの!」


 薄暗い部屋。

 パタンと扉が閉まり、鍵をかける音がした。


「だから僕が慰めてあげる。どうせ他の奴らともしたんだろう?」

「ご、誤解よ!」


 アルメは高級娼婦で、体を売ってきた。

 だが、今回の依頼では彼女は一度も誰とも寝ていない。

 ハリーに接近するため、側近たちに近づいたが、どれも甘える程度の接触。手を重ねる、髪や腕に触れる程度で、キスすらしていない。


「どうだが。寂しいんだろう?僕が慰めてやる」


 ハリソンはアルメに覆いかぶさる。

 アルメはずっと花護館で生きてきて、身を守るために体を鍛える必要はなく、彼女は簡単にハリソンに組み伏せられた。


「やめて!」

「嫌がる素振りもそそられる」


(いやだ、嫌だ。そんな)


  何十人もの男に仕事として抱かれ続けてきた。けれどもそれは覚悟の上で納得している事。合意のある行為だ。

 けれどもハリソンのそれは違う。

 精一杯抵抗を試みるが、効果はなかった。

 部屋は防音なのか、外の音は何一つ耳に入ってこない。


「助けて、ハリー!」


 思わず彼女はそう叫んでいた。


「アルメを離せ!」


 扉が乱暴に開かれて、男が乱入する。彼はハリソンを押し退けるとアルメを抱きしめた。


「は、ハリー?」


 男はハリーで、見上げると彼の背中越しにハリソン以外の数人の影が見えた。


「アルメ。遅くなってごめんなさい!」


 薄暗い中、そう声が響いて、シャローンだとわかる。


「その男を縛って、口を塞いで転がせておいてくれ」

「はい」


 別の二つの影、その両方とも男性であったが、返事をした声に聞き覚えがあった。




 

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