025.誤解を受け入れる勇気

「おう、おかえり。思ったより早かったな」


 集中して、今手元に欲しい物を念じて手元に創り出す。

 もうすっかり慣れた作業。小物ならばほんの10秒で作り出せるほど上達した俺。

 今日もポンポンと新たな物を創り出していると、ガチャリと音がして3人の少女が姿を現した。


 この世界に来てから行動をともにするようになった仲間、蒼月と瑠海さん。そしてつい先程この家のインターホンを鳴らした女の子。

 この新居だってマヤの手によって作り出されて、今の俺ならば到底手も足も出ないほどで驚きだっていうのに、来て早々女の子が来るなんて聞いてない。一体母親は何をしているんだ!!

 ………まぁ、一人でいる時点である程度予想はできるんだけどな。ここは死者の世界。女の子一人というならばそういうことだろう。予想の上でしかないがこの子もかわいそうに。


 そんな事を考えながら俺はリビングに入ってきた3人を迎え入れる。

 女の子は2人の少女に徹底的に洗浄されたようで身も心もポカポカ。俺が用意しておいたTシャツもちゃんと着てくれている。しかしちょっとサイズは大きかったようだ。少しだけダボッとしているが許容範囲内。


「ただいま。ひまりちゃんが凄くいい子だったからね。洗うときも大人しくしてくれてたよ」

「ひまりっていうのか。よろしくな」

「………うん」


 少し人見知りなところがあるのだろうか。俺が笑みを向けると瑠海さんの影に隠れてしまった。

 じゃないとしたら俺の人相が悪いとか?それだったら仕方がない。後で一人大泣きするから大丈夫。


「すみませんお待たせしてしまって。煌司さんは何されていたんですか?………ぬいぐるみ?」

「ん、あぁ。暇だったからオモチャとか創ってみようと思ってな。ひまり……ちゃんだよな。何か気に入るものとかありそうか?」


 女の子の風呂は長い。それは重々承知していた。

 その間俺が何していたかというと女の子……ひまりの好きそうなオモチャをいくつか創っていたのだ。

 正直このくらいの子は何が好きかなんてサッパリわからない。最新ゲーム機とか動画サイトみたいなんて言われたら一巻の終わりだ。

 半分暇つぶしで創ったものだが気に入ればあればいいなと思いながら、ひまりは机の上に並べられたいくつかのオモチャに目を配る。


「…………!! クマさん……!!」


 よかった。どうやら好みのものはあったようだ。

 ひまりが見つけて真っ先に手を伸ばしたのはクマのぬいぐるみ。俺からしたら手のひら大だが、この子にとっては抱きしめるほどの大きさのぬいぐるみである。

 それをギュウと抱きしめ嬉しそうに目を細めるひまりを見て俺も心底ホッとする。


「クマさん好きなんですか?」

「前に行ったシーでママも買ってくれたの!」

「そうなんですか。新しいお友達ができましたね」

「うん!」


 瑠海さんのナデナデを受けて目一杯笑ってみせるひまり。

 正直子供は苦手だ。うるさいし行動が読めないし話は通じないしすぐに泣く。でも……それでも笑ってくれると創ってよかったなと思う。

 小さな子の笑顔を見て思わず笑みをこぼしてしまう俺。直ぐにそのことに気がついて、誰かに見られる前に口元を手で覆う。


 笑ってくれたのは嬉しい。しかしだからといって問題が解決した訳では無い。本題はここからだ。

 子供を保護したはいいがこれからどうしよう……。この子も俺たちと一緒に行動するのか?こんな小さな子が?そもそも生きているのか?死んでいるのか?

 そんな直ぐに直面するであろうこれからの課題を考えていると、スッと隣に蒼月が近づいてきてそっと口を寄せてくる。


「煌司君、マヤ見てない?」

「いや、ずっとこの部屋に居たが見てないな」

「そっか……。普段目覚めた魂は大体マヤが何とかしてくれてるの。今回も会えれば良いんだけど……」

「なるほど。じゃあマヤが来ないとどうにもならないってことか」

「うん……」


 あぁ、なるほど。

 理解した。つまりマヤを探して全部ぶん投げたらいいってことか。

 なんとも簡単な仕事だ。バイトでも困ったことがあれば上の人に投げていたし、本質はどちらの世界も変わらないと。

 そう考えると死後の世界でも仕事って悲しいものがあるな。マヤも大変だろうに。


 閑話休題。

 しかし方針が決まれば後は簡単だ。

 きっとマヤも手が空いたら現れてくれることだろう。そうなれば後はひまりを成仏させておしまいだ。

 小声で蒼月との相談を終えると彼女はひまりの元まで向かっていく。


「ごめんねひまりちゃん。お母さんの迎えだけど、送ってくれる人が来るまでもうちょっと遅れそうなの。それまでお姉ちゃんたちと一緒に遊んで待っててくれるかな?」

「……うん」

「いい子だね。ひまりちゃんは」

「…………」


 お母さん、か。

 その言葉を聞いて俺も母親のことをふと思い出す。

 幼い頃に俺を置いていった母親。今思えばやむを得ないと理解できるが、あの時は随分と悲しんだものだ。

 今は元気でやっているのだろうか。意識の無い妹を今も診ているのだろうか。俺の状態を知ってくれているのだろうか。

 もし会うことができたのなら、あの時俺も連れて行って欲しかったと文句の一つも言いたい。そして顔も名前も思い出せなくなった妹の事を、もう一度謝りたい。


「…………」

「……ん?どうしたの?ひまり……ちゃん」

「…………」


 一人昔のことを思い出してアンニュイな気持ちになっていると、眼の前にひまりが立っていることに気がついた。

 椅子に座っていても、なお小さい女の子。そんな子がただ黙って俺を見上げている。

 しばし黙ったまま視線の交わし合いになる2人。そんな中、口火を切ったのはひまりだった。


「おにぃちゃんはお風呂嫌いなんだよね?」

「………はっ?」


 小さな口から発せられるのは謎の言葉。

 いや、意味は理解してる。しかし内容は理解できない。

 お風呂はどちらかと言えば好きな方だ。現実でのお風呂は"あの人"の暴力から逃げられるし、狭くて隙間風が冷たくとも暖かなお湯を浴びているだけで心は癒やされた。

 なのにどうして嫌いになっているのだろう。そう思って今一度ひまりを見ると不思議そうな顔をしている。


「なぁ、それは誰かから聞いたのか?」

「えっとね、さっきみんなで一緒にお風呂入ろうって言ったらおにぃちゃんは嫌いっておねぇちゃんが……。ひまりも目に泡泡入るの苦手だけど、一緒にがんばろうねっ!」

「―――――」


 空いた口が塞がらない。これはどう返すべきだろうか。

 そう思ってひまりの後方にいる2人の少女に目配せすると、少女2人は必死の形相をしていた。

 まさに汗だく。さっきの入浴が意味のなくなるほどの焦りようで必死にこちらに向かって首を勢いよく縦に振っていた。

 それはまさに子供の純朴な応援を無下にするなと言いたげな。仕方ないな…………。


「あ、あぁ。ひまり……ちゃんはお風呂入れて凄いな。俺も頑張るよ」

「うん……。頑張って……!」


 キュッと小さな両手を胸の前で握ってエールを送ってくれるひまり。

 そして何故か風呂に入れなくなってしまった俺。どういうことかともう一度2人を見れば今度は合唱するように謝っている。


 きっと入浴中に変な話でもしたのだろう。別にこの身体に入浴は必要ないし問題ないと考えていると、ひまりと入れ替わるように今度は瑠海さんが近づいてきていた。


「……瑠海さん、さっきのは?」

「ごめんなさい。話の流れでそうなってしまって……」


 だろうな。そうだと思ったよ。

 小声で補足してくれる瑠海さんに俺は肩を竦める。

 一応納得して肩の力を抜いていると、今度は「でも……」と話を続けるように口を耳元へと寄せてきて――――


「……その代わりと言ってはなんですが、今度一緒にお風呂に入りましょうね。2人きりで、裸で」

「っ―――――!!」


 耳元で発せられるは瑠海さんの妖艶な一言。

 ギギギ……と音を出しながら見上げた表情は少し頬を赤らめながらもニッコリと微笑みかけてくれていた。

 年上女性からの意味深なお誘い。その言葉は青少年には刺激が強すぎた。

 きっと肉体があれば鼻血さえも出ていたことだろう。身体を大きく震わせ目を大きく見開いた俺はその場で固まってしまう。


「もうっ!瑠海さんってばなんてこと言ってるんですか! 煌司君もデレデレしな……。……煌司君?煌司君~!!」


 最後に見えたのは去り際に小さく手をふる瑠海さんの姿。一方五感全てがフリーズしてしまった俺の魂。遥か遠くからは蒼月の怒ったような焦るような声が聞こえた気がした―――――


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