第5話

「お嬢様、私は看病の際に彼女の体を見たのですが、あの年頃にしては異様に筋肉が無く、皮膚に骨が浮かんでおりました。……おそらく、酷い虐待を受け続けていたのかと。彼女のあの感情の乏しさにもそれで説明が付きます」

「成程ね。……クーアさん、わたくしは貴女にマナーも何も求めません。わたくしの優雅な作法を見て真似るだけでよろしいわ。完璧である必要は無いの。下手であろうと許す寛容さがわたくしにはあるのですから。だから、わたくしの言う通りにしていれば大丈夫」

「わかったわ」


 そう答えると彼女は満足そうに頷き、液体の入ったカップに手を掛け、それを口に含んだ。


「ふぅ……。相変わらずファティーの入れるお茶は美味しいですわ」

「ありがとうございます」

「クーアさん、貴女もおやりなさい」

「……熱いわ。初めて熱い飲み物を飲んだ」

「……そ、そうですわね。わたくしも最初はそう思いました」

「お嬢様、おそらく彼女は冷たい水以外を与えられて来なかったのでしょう。その辺りも含めて教育が必要かと思われます」

「……貴女、ほんとうに苦労して来たのね」

「?」

「少々、無作法ではありますが口をカップに当ててふうと息を吹きつけるのもよろしいかと」


 言われた通りカップを手に取り、息を吹きつけて口に含む。

 瞬間的に思った事は……。


「味がする」

「クーアさん!」


 いつの間に移動したのか、ファティー様は私の隣に移動すると肩に手を置いていた。

 その顔はとっても悲しそうに見えた。


「よいのです! そう、『味がする』。今はそれ以上の感想など要りません! お嬢様、彼女は美味しいという表現すら知らされずに今日まで生きてきたのでしょう。その境遇を思えば涙無しには語れぬ物語。どうか、このファティーめをクーアさんの専属メイドにして頂けないでしょうか!?」

「な、何を勝手な事を言っていますの?! わたくしは認めませんわよ! それに、彼女にはこれからわたくしの手で着飾るという事も教えて上げなければならないの。国一番のわたくし程には成らなくとも、二番手の美しさを与えなければなりませんわ」

「お嬢様、ぜひともお供させて頂きます!」

「当然でしょう? 貴女はわたくしの専属、わたくしの成す事を一番にサポートする役目があるのだから。でもまずは、このお茶とお茶菓子の美味しさを伝えなくてはなりませんわ」

「もちろんでございます。このファティー、今日は一層の気合を入れてお手伝い致しますとも」


 二人が何かを話している。でも、私には彼女達の言葉が理解出来ない。

 なので、二人の会話を聞き流しながら目の前にあるお菓子を食べる事にした。


 ……困った、フォークってどう使えばいいの? 一人でしか食事をした事が無いから誰かが使っているのも見た事が無い。


「く、クーアさん? フォークというものは、そんな逆手に持つものではなくてよ?」

「そう。教えてくれてありがとう」

「大丈夫ですよクーアさん、このファティーめが指導をしてあげますから。……まったく、この方の保護者が許せません!」


 結局、ファティー様に使い方を教えてもらいながら何とか食事を終えた。

 食べ方はグリュスティ様の真似をしたけれど、慣れていないから手が震え続けた。

 そんな私を見る彼女達の目は、とても優しかったと思う。


 優しい目など知らないけれど。

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