第十一話 見者
階段教室のスクリーンにプロジェクトされたフローチャート。社会の構造を抽出して図示あるいは数式化する。この場合はフローチャートに表されるプログラムとして構造が抽出されていた。
二限目の授業が終わり昼休みに入る。いつもの様に中央道路脇の学食へ向かう。
窓際のテーブルにリアンと黒音が既に居た。
「よう」
「お疲れ」
「社会構造学概論?」
「そう。そっちは」
「社会心理学概論」
入学したての学生にとっては互いに何の単位を取っているのかはよく話題になることだった。お互い社会絡みの単位が多い。
「二人とも有能なプログラマ―に御成りのようで」
と黒音はハンバーグを口に入れた。
プログラマーと言うのは文字道理電子計算機のプログラマーではあるのだが、社会学絡みのプログラマーと言えば社会構造演算士とか、社会過程演算士等を指す。前者は社会の演算構造を設計プログラムする職業で、後者はその構造体中の社会過程各部をプログラムする職業だった。専門課程に入らないと成れない狭き門の職業ではあるが、求人の多い職業だった。男女の別は特にないが、男性の多い職業だった。
「何だった?」
「文学史概説。」
二人が社会工学系の単位を取得しようとしているのに対して、黒音は人間そのものに興味があるようだった。
弱冷房の食堂内には学生が100人程居て、少し暑かった。
雑談なんて取り留めの無いものだが、ハンバーグ定食を食べている内に話が途切れた。
黙々と食事が進む。気まずくなってつい口にしてしまう。
「どうなったの?――」
リアンと黒音は黙って食事を続ける。例の件は結局その後何もなかったと聞いている。あれから二週間。
「――やっぱり実家?」
二人とも復何も答えない。
やはり拙かったのかも知れない。
ハンバーグとご飯を口に入れ終え、箸をおいて手を合わす
「何処行くの?」
立ち上がると、少し不安そうに黒音が尋ねた。
意外性を十分意識してはっきり呟やく。
「デート」
『デート!?』
大仰に驚く二人。
上手く行ったようだった。
ゆっくりと高くなっていく周囲の建物。景色がクローズアップされ、現実が近づいてくる。
「もう一回廻っていいですか?」
観覧車の幻惑を楽しみたかったわけでは無く、未だ話が有った。
女性は小さく頷いた。
地上の接地点を過ぎて再び二人を乗せた揺り篭は上昇しだした。
建物が低く小さくなっていく。
何処から訊いていいのか。
職業のことを色々聞くのは不躾だろうと思う。
根掘り葉掘り訊ねて手掛かりが欲しかったが相手は女性だった。
デートの約束を取り付けた所までは良かったが。
「あの、隣の人とはよく会うですか」
「?」
「僕のアパートの」
「ええ。」
「仕事ですか?」
女性は曖昧な笑顔のまま答えない。
守秘義務らしい。
しかし、このラインを突破しないと。
今更ではあるが筆記用具を取り出そうか考えた。
少ない質問で有益な答えが出せるという。
が、辞めた。
日常会話で攻略を試みる。
「交際されているとか」
女性はジッと此方を見て。
「知りたい事は見者に聞くと好いわ」
と言い、メモを一枚差し出してきた。
「あの?」
「貴方の街でもそうだったでしょ」
坂の下の見者の事だろうか。
「あの、」
そう言えば未だ。
「名前をーー」
女性はニッコリ笑って言った。
「紅、です」
観覧車から見えるクローズの街は霞んで見えた。
19:00。
階段を上がりきると、黒音の台所の窓が開いた。
「おかえり」
「只だ今」
「まぁ、ちょっと――」
ポケットから鍵を取り出そうとしたら黒音に御呼ばれされた。
台所からは煮物のにおいが匂っていた。
恐らくじゃが芋だろう。
「――夕食食べてきた?」
「いいや、未だ」
「では、どうぞ」
確かに食べていなかったのでお邪魔することにした。
「よう」
卓についてリアンが先に食事をしていた。
ジャガイモ煮たものと、空揚げ、ごはん、みそ汁、そしてビールのセットだった。
「コルサコフになるぞ」
最近リアンは飲み過ぎだった。
コルサコフとはコルサコフ症候群と言う病気の名前で、アルコールの摂取し過ぎでビタミンB1が欠乏し記憶障害が発生する、と言った病気を言う。
「この程度じゃならないよ」
「みんなそう言うんだよ、きっと」
「まあ、いいから座って」
黒音に促されて卓に着く。
黒音も席について。
「改めて、いただきます」
黒音が手を合わせる。
其のまま宴会に突入した。
一時間もしたら先に飲んでいたリアンが撃沈した。言うほどにアルコールに強くない。黒音は最初からあまり飲まなかったし、仰向けに寝てしまったリアンを外に、二人きりになった。黒音が少し真面目な顔で言う。
「引っ越すかも知れない」
目を開けると既に視界は明るかった。目覚まし時計は午前五時を回った所。
適当に着替えて近所のコンビニに向かうとにする。
郵便ポストに昨日は発見しなかった投函物を発見した。
「?」
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