極刑から始まる異世界武神伝説

アルバ・カヴァリエーレ

プロローグ

「主文。被告を死刑に処す」



 20○○年8月10日。この日、1人の男の死刑が確定した。


 男の名は九十九 総一。嘗ては【武神】と讃えられた現代武術の第一人者であったが、現在はその武で数多の屍の山を築き上げた大量殺人犯として世間を騒がせている。



「最期に謝罪をさせて頂きたい」



 九十九の言葉に、この場にいる全ての人間が目を見開いた。7名を惨殺し、現行犯逮捕されて以来頑なに口を閉ざしていた男が口を開いたのだ。しかも謝罪をしたいと。


 裁判長の許可を得た九十九は、ゆっくりと被害者遺族の方を向いた。



「まず、私と死合った6名。この者達及びその遺族に対しての謝罪ではない事を前提とさせてもらう」



 この発言に法廷内は騒然とした。怒号が飛び交い、身を乗り出そうとする遺族の姿もある。


 当然、裁判長は九十九に対して直ちに退廷を命じた。しかし九十九は動かず、強制的に退廷させようにも【武神】とまで呼ばれた男に力尽くは通じない。



「騒々しい。そもそも武人とは一度の敗北で命を落とすもの……長生きをしたければ武に関わらなければよいだけだ」



 九十九の言葉で法廷は静寂に包まれた。あまりにも時代錯誤かつ身勝手な発言に言葉を失った……からではない。達人の領域を踏み越え、人の身でありながら【武神】と呼ばれた男から突如として発せられた殺気を浴び、本能的恐怖によって黙り込んでしまったのだ。



「戦いとは神聖な儀式に似ている。勝者が生き敗者が死するは絶対の掟。例え法であっても、その掟を汚すのは武に殉じた敗者への冒涜。……だが、私は誤ってしまった」



 殺気が消え、先程までとは打って変わって弱々しい声となる。その声は微かに震えていて、まるで涙を堪えているようにも見える。



「あの6名は強敵だった。それ故周囲への配慮を怠り、武の道を歩まぬ者を巻き込んでしまいあろうことか殺めてしまった。赦してくれ等と言うつもりは無い。極刑を受け入れ、私の死を以て謝罪としたい」



 そう言って遺族に対して深々と頭を下げ、未だ震えの止まらぬ刑務官5名に連れられて退廷した。



 そして20○○年8月13日。判決から僅か3日後と言う異例の早さで九十九の死刑は執行された。





「やっと死んでくれた」


「此処は……?」



 こんな事が有り得るのだろうか。未だ覚醒半ばの意識で、九十九は必死に現状を認識しようと頭を働かせる。周囲を見回しても何もない。自分という存在と突如聞こえた謎の声以外の全てが認識できない不可思議な空間だ。故に九十九はここがあの世なのではと考える。



「ちょっと違うね。まあ現世じゃないのは確かだけど、君の魂は地獄にも極楽にも行っていない」


「私の胸中を読んだ……?何者……否、貴殿は一体何だ。神仏の類か?」



 聞こえたのは年端もいかぬ少年の声。しかし、この状況下でバカ正直に声の主を少年と信じる者がどれ程いるだろうか。 現れた声の主を一言で表すならば、それは美であろう。膝下まで届く純白の長髪に同色の衣服。一度も日を浴びた事がないような透き通った肌。そして鮮血を思わせるような赤い瞳を持った少年が九十九の眼前に姿を現した。



「へぇ……なんで僕が神仏の類だと?もしかしたら君は死んでいなくて、これは君が見てる夢かもしれないよ?」


「確かに、通常通り極刑が執行されたのであれば私は死なん。あの程度の強度の縄でどうにかなる程、私の首は軟弱ではない」


「うんうん。じゃあやっぱりこれは夢なんじゃない?」


「否。極刑は絶命を以て償いとなる。だから私は、確実に絶命できるよう事前に拘置所で己の首を損傷させておいたのだ。死んでいない訳がない」


「うっはぁ……そこまでやるかね普通。あ、普通じゃないのか。それで?僕が神仏の類だって思った理由は?」



 少年(?)の問いに九十九はゆっくりと目を閉じてその場に正座する。そして全身の力を抜き、特殊な呼吸法を用いて全神経を集中させる。



「……気だ。生前から神社や寺で微かに感じていた不可思議な気。それを貴殿は濃密に纏っている」


「ははっ……こりゃ予想以上だよ。まさか現世の人間が神気を感じ取れるなんてね。最高位の神職でも一握りしか感じ取れないんだけど……」


「本物の神の前で言うのも烏滸がましいが、私も伊達に武神などという大層な異名で呼ばれていた訳ではない」


「そう!僕が君を此処に呼んだ理由はそれなんだよ!」



 九十九に合わせて座っていた神は勢い良く立ち上がり、ビシッと人差し指を立てる。



「折角死んだんだし、本物の武神を目指してみない?」


「本物の……武神?そんな事が可能なのか?」


「勿論だよ。まあでも、今のままじゃ無理だけどね」


「当然だろう。私の武は未だ極致に達してはいない。道半ばの未熟者よ」


「いや、ぶっちゃけ君の武は人間の中では極致に達してるんだよね。でもそれだけじゃ足りないんだよ」


「では……何が必要なんだ?私に足りないものとは」



 神は仰々しく両腕を広げてわざとらしく芝居がかった口調で喋りだす。



「九十九総一……君の生きた時代はぬるま湯だった。科学の発展と共に妖魔の類は姿を消し、争いは徐々に減り戦乱とは程遠い世の中となった。平和な世で武を極めた君は凄いけど、君が戦ってきた相手が劣り過ぎていた」



 演技なのか、それともこちらが神の本性か。九十九にそれを知る術はない。しかし演技であるか本性であるかなど九十九にとって重要ではない。



「それは私が戦ってきた者達に対する侮辱か」


「あれ、怒った?でもその通り。たかだか人間を何人倒そうが、熊や虎を屠ろうが、その程度で至れるほど神ってのは安くないんだぜ。現人神ってのは、やっぱ化物倒してなんぼでしょ」


「化物……」


「そう!そんな訳で君に提案だ。剣と魔法の世界という化物揃いの異世界に行って、魔王っていうとびっきりの化物を倒して神になってみないか?」



 九十九は己に手を差し伸べる神を見上げる。その顔は見た目通りの純真無垢な少年の笑顔であり、そこに裏など感じようはずもない。それは勿論、普通の人間であればの話だが。



「何を企んでいるかは……訊かない方が良さそうだな。触らぬ神に祟りなしとは、正にこのことか」


「別に取って食ったりしないよ。君が異世界に行くことに対する代償なんかもないし、果たさなければいけない使命もない。君は異世界で自由気ままに生き、好きなだけ強さを追求すれば良いさ。一から産まれ直しなんて面倒なことせず、君は君のまま異世界に行くんだ」


「分からんな。それが貴殿にとって何の得になる?」


「自分のしたい事するのに損得なんて関係なくない?君は損得で武を追求しているのかな?」


「む……そう言われると何も言えんな。まあいい、人の身で神に対して拒否権を持っているとは思えん。異世界でも何処でも行くとしよう」


「君ならそう言ってくれると思ったよ!」



 次の瞬間、この何も無い空間に神殿のような建造物が現れる。それは一見神聖な場所に見えるが、九十九はその武術的直感で別のものを感じていた。



「っ……これは、なんとも禍々しい」


「本当に良いセンスしてるよ。さて、異世界に行くに当たって君には3つまで特典を与えるよ」


「特典?」


「そう特典。まあ慣れない異世界生活を手助けするものぐらいの認識でいいよ。無茶苦茶なものじゃなければ大抵は叶えてあげる」


「ふむ……3つか」


 

 特典……と言われても正直困る。これが九十九の率直な感想だった。罪を犯し、極刑を受け入れて終えたはずの命。それを他ならぬ神が異界にて第二の人生を歩ませてくれると言う。それそのものが最大の特典ではないかと、喉まで出かかった言葉を飲み込んでゆっくりと顔を上げた。



「決まった?」


「あぁ、決まったぞ。まずは異世界の言語を理解できるようにしてくれると有り難いな。恥ずかしながら、産まれてこの方日本語以外の言語を習得した事が無いものでな」


「ありゃ、そのぐらいならこっちで勝手に付けようかと思ってたんだけど……いいの?それで」


「構わん」


「ふーん……じゃあサービスで全種族の言語を理解できるようにしてあげるね」


「随分とサービス精神旺盛だな」


「まあ、僕の趣味に付き合わせるんだからこのぐらいはね。2つ目は?」


「現地で違和感のない衣服が欲しいな」


「それも勝手に付けようと……まあいいや。無欲だねぇ」



 呆れたように、しかし楽しそうに神は微笑む。欲深い人間が増え過ぎて久しく忘れていたが、こんな人間もいるのだと。まだ文明が未熟な時代の人間を懐かしむように。



「私はこの2つで構わないのだが……3つ望んだ方がいいのか?」


「んー……そもそも君が望んだ2つが特典と呼べる程のものじゃないからなぁ」


「……ふむ。では、こんな願いはどうだろうか」


「お、なになに?」


「私は元々病弱でね。武の道を歩む事で常人以上に頑強になれたとは言え、幼い頃は内臓も弱くいつも両親に迷惑をかけてきた」


「ふむふむ。それで?」


「異世界となると地球とは違った病もあることだろう。そう言った力では抗い難いものに対して、多少なりとも強くなりたいと思うのはワガママだろうか?」


「ぜーんぜん。じゃあ状態異常に対する抵抗力を強化しておくね」


「本当に気前が良いな。流石は神と言うべきか」


「気前が良いって言うか君が無欲なだけなんだけどね?まあいいけど……よし、特典付与おーわり!じゃあ早速異世界に旅立とうか!」



 神は両腕を広げ、左右同時にパチンと指を鳴らす。すると神と九十九の間の次元が歪み、奈落のように黒い穴が開いた。



「さあ、此処に入れば異世界だよ」


「色々と世話になったな。私なりに異世界を満喫してみようと思う」


「うん。楽しんで来てね!次君と会う時は神同士、対等な立場だよ!」


「努力しよう」



 九十九が穴に入った直後、まるで最初から何も無かったかのように全てが消える。黒い穴も神殿も、その場に立っている神を除いた全てが消滅した。



「……楽しみにしてるよ」

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