第5章52話 石の中にいた!
* * * * *
ジュリエッタが見つけた『何か』は、私たちが隠れていた場所から少し離れた位置にあるようだった。
崩れたビルの残骸と巨大植物で覆われたちょっとした隠れ家のような場所である。
「……この中」
途中何度もエコロケーションで位置を確認していたようだが、動いてはいないみたいだ。
「なんか、人型っぽいけど……全然動いてないからよくわからない」
”人型か……”
私とジュリエッタは多分同じ想像をしたのだろう、ちょっとだけ憂鬱そうな顔をする。
想像したのはあの化物蜂に襲われていた子たちだ。
人型で動かない――と聞いて、ケガをしてもう動くことが出来ない姿を思い描いてしまった。
……もしユニットの子であれば、死ぬ――つまり体力がゼロになればリスポーン待ちになるか、使い魔がいなければクエスト内から消えてしまうため、死体が残っているなんてことはないとは思うんだけど……。
「ん、行こ」
ありすと桃香を残していくのも躊躇われるのだけど、そこにあるもの次第では見せるのも躊躇われる――化物蜂の時は隠れていてもらったので二人はショッキングな光景を目にすることはなかったが。
私の躊躇いを知ってか知らずか、私を抱きかかえたままのありすがジュリエッタを促す。
「いいの?」と言わんばかりのジュリエッタの視線が私に向けられるが、
”……そうだね、行こう”
少しだけ悩んだがやはり二人もつれていくこととした。
ジュリエッタが索敵した結果、近くにモンスターがいないことはわかっているんだけど、やっぱり目を離すのは少し怖い。
「わかった。ジュリエッタが先頭に立つ、離れすぎないでついてきて」
「ん」
「わ、わかりましたわ」
ジュリエッタには異存はないらしい。
先頭にジュリエッタ、その少し離れた後ろを私とありす、最後尾が桃香――とは言ってもありすにしがみついている状態だけど――の順でビルの跡地へと入り込んでいく。
ビル跡地は前述の通り崩れたビルの残骸とどこからか生えてきた植物で構成されている、ちょっとしたダンジョンのようになっていた。
とはいっても別にそこまで大きなものではない。入口から入って少し直進した後に右折してそれで終わりだった。
「……人の手が入ってる気がする」
”そうだね……もしかして、やっぱり他のユニットの子がいる?”
あるいは、
残骸が組みなおされた形跡がある。転がっていた残骸を拾ってバリケードを作ったんじゃないだろうか? そんな風に思える形跡があった。
”行き止まり?”
「……ううん。この奥がある」
右折してすぐに行き止まり――残骸による壁があったが、ジュリエッタはその奥がまだ続いているとわかっているようだ。
「まだ、いる」
”……よし、ジュリエッタお願い。ありすたちは少し下がってよう”
「ん、わかった」
瓦礫の山を崩していくのはジュリエッタに任せる。大きく崩れてありすたちが押しつぶされたりしては危険なので、一旦少し離れてもらう――たとえモンスターが来たとしても、この距離ならすぐにジュリエッタが対応できるし私のレーダーでもわかるだろう。
それから数分、ジュリエッタが瓦礫を一個一個どけていき行き止まりの壁を崩していくと……。
「……いた!」
ついにその奥にあった『何か』を発見する。
「これは……殿様たち、来て」
ジュリエッタが私たちを呼んだということは、危険はないのだろう。
呼ばれるまま私たちもジュリエッタの元へと向かう。
そこにあったのは――
”「「……ジェーン(さん)!?」」”
体育座りでひっそりと隠れているジェーンの姿がそこにはあった。
だが、様子がおかしい。
ジュリエッタが壁を崩している時も気づいていたであろうに、一切動くことはなかったのだ。今もピクリとも動いていない。
もしジュリエッタではなくモンスターが壁を崩していたのであったら、逃げるなりしなければならなかっただろうに……。
「……ん? ジェーン、石化してる……?」
”え? ……おや? 本当だ……”
とりあえず危険はないだろうと私たちもジェーンに近寄って様子を見ていたのだが、ありすが気付いた。
確かに言われてよく見ると、ジェーンの全身が灰色の石みたいになっている。元から髪や霊装が灰色だったので気づきにくかったが、肌まで全部が灰色一色になっているのだ。
触ってみるとひんやりとした石のような感触がする……。
と、そこで気づいた。そういえばフレンドのユニットだったらステータスが見れるんだったっけ。
それでジェーンのステータスを見てみると、そこには確かに『状態異常:石化』と書かれていた。
”……石化させるモンスターがいるってことかな……?”
今のところそのような相手には遭遇していないが、だとするとかなり厄介だ。
状態異常回復系のアイテムは幾つか持って入るけど、それらは『毒』『麻痺』辺りしか回復出来ない。そもそも、『石化』って状態異常回復アイテムが存在するのかもわからない。
だが、ジェーンをぺたぺたと触っていたありすは私の予想に首を横に振る。
「んー、多分モンスターじゃない……ジェーンの魔法だと思う」
”ジェーンの魔法……? あ、そうか、アクションで自分自身を石化させたってことか!”
「多分そう」
「なるほど……モンスターから身を守るためにここに籠城し、更に自分で石化したということですのね」
そういうことなんだろう。
石化の状態異常にかかっているとモンスターがどう判定しているのかはわからないけど、少なくともこのクエストでは襲われることはないとジェーンは気づき、自分自身を守るためにアクション――多分、《ストーンスキン》とかそんな感じの魔法だろう――を使って隠れていたってことかな。
だとすると……うーん、どうしようかな……私たちが来たってことも気づけないんじゃないだろうか。
「ジュリエッタ、ジェーンをぺちぺちってしてみて」
「? わかった」
けれどありすは迷わずジュリエッタにそう指示する。
言われた通りジュリエッタが軽く石化したジェーンの頭やらほっぺたやらを叩いていると――やがてぶるぶると震え始める。
「ジェーン、起きて」
「ジェーンさん……わたくしたちですわ。もう大丈夫ですわ!」
もう少しかな? ありすと桃香の呼びかけに応えるように震えが大きくなる。
「……むー、もうちょっと強めにいっとく」
焦れたのかジュリエッタが平手ではなく拳を振りかざしたところで――
「う、うにゃっ!? 待って待って!?」
ジェーンの身体の色が元通りになり、石化が解けた。
……なるほど、魔法で石化はしていたものの意識まで無くなっていたわけではないのか。そりゃそっか、そんな危険な魔法だとおっかなくて使いづらいし。
で、外から刺激していればジェーンが自分で魔法を解除してくれるだろうとありすは考えたってわけだ。
「……あ、れ……?」
石化したまま居眠りでもしていたのか、ジェーンはきょろきょろと辺りを見回し――ありすと桃香の姿を捉える。
そして驚きで目を見開き数秒後、ぶわっと涙が溢れ出て来る。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!! ありす、桃香ぁぁぁぁぁっ!! こわかったよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ん、よしよし。もう大丈夫」
「よかったですわ……無事で……」
わんわんと泣き崩れるジェーンを、ありすと桃香が慰める。
ずっと一人でよっぽど心細かったのだろう、その後しばらくジェーンは泣き続けていた……。
* * * * *
「――そっか、師匠たちも来てくれてるんだ……」
しばらくしてようやく落ち着いたジェーンに状況を説明する。
トンコツたちが来ていると知って、ほっとしたような表情になる。
”とはいえ、私たちもトンコツとは合流出来ていないし、今どこにいるのかさっぱりわからないんだけどね……”
「んー、ま。師匠なら大丈夫でしょ。シャロの魔法もあることだし」
本気でそう思っているのか、空元気なのかいまいちわからないがジェーンは明るくそう断言する。
何にせよ、これで当初の目的は達成できたか。
”ジェーンは今まで一人でずっと隠れてたの?”
私たちの方の状況は一通り説明し終わったので、今度はジェーンの方について聞いておきたい。
「そーね。アリスたちも多分いるだろうとは思ってたんだけど、合流出来なかったからアタシ一人でずっといたよ」
何でも、人間の言葉を話す気持ち悪い蜂――ジュリエッタが倒した化物蜂たちだろう――に長いこと追い回されていたのだとか。
化物蜂から逃げ回り、ようやく振り切ったところでモンスターの少ない場所へと移動しながらアリスたちを探していたという。
だが一向に合流出来る気配もなく、魔力の残量も心もとなくなってきたところで、アクション《ストーンスキン》を使って隠れることにしたとのことだった。
”一人でよく頑張ったね、ジェーン”
「う、うん……超怖かった……」
「ん、えらい」
ジェーンの頭をなでなでするありす。
ありすと桃香については早々に合流出来たようだっけど、ジェーンはずっと一人だったのだ。
よく心折れずに頑張ったものだと、本気で感心する。
”さて……次はどうしようか……”
懸念の一つだったジェーンの救出は達成できた。
本当だったらこの後はどうにかトンコツたちと合流して脱出――最悪の場合は私たちだけで脱出、と言いたいところなんだけど……。
「『巻貝』目指す?」
ジュリエッタの言葉にすぐに頷けない。
けど――
”……それしかない、かなぁ……”
他に行く当てもないのも確かなのだ。
脱出してしまってありすたちの『痣』が消えないとなると、実質二人はリタイアということになってしまう。
二人の安全には代えられないと私は思うけど、納得しないだろうなぁ……特にありすの方が。
となると、やはりこのクエストのボスを目指さざるを得なくなるか。
「ん、ジェーンも加わったから大分楽になると思う」
「おっけー! アタシも戦うよ!」
魔力自体は減っているものの、アイテムホルダー内にはまだまだ残っているらしい。ジェーンも合流できてようやく元気が出てきたのか、力こぶを作ってアピールしてくる。
……確かにジェーンが合流してくれたことで戦力的にはかなり安心できるようになったとは思う。
私の方からジェーンの回復が出来ないので、どちらかと言えばジェーンにはありすたちの護衛をお願いして、ジュリエッタには後ろを気にせず思いっきり戦ってもらってモンスターを蹴散らしてもらうのがよいか。
”――よし、『巻貝』を目指そう!”
トンコツたちに合流してジェーンの無事を知らせてあげたいけど、向こうの居場所がわからない。やっぱり向こうから見つけてもらう方が速いだろう。
で、もう一つの懸念であるありすたちの『痣』を消す方法を見つける必要がある。
……トンコツたちを待ってから探すという手もあるけど、既にありすたちは長時間クエストにいるのだ、これ以上クエストを続けるのは負担が大きいと思う。
だから平行して出来ることはやってしまおう。
危険は承知の上だ。
”ジェーン、悪いけどトンコツたちとの合流はもう少し待ってて”
「うん、いいよ、別に。……アタシが《ストーンスキン》を解いたから、レーダーの範囲に入ったら師匠たちも気付くだろうしね」
どうやら石化している間はレーダーでもわからないらしい。
それを承知で《ストーンスキン》を使わなければならないくらい追い詰められていたということか……まぁシャルロットの《アルゴス》で見つけられるかも、という思いはあったかもしれないが。
”あと、ありすと桃香の護衛もお願い。私から回復が出来ないから、いざとなったら二人を抱えて逃げることも考えて”
「大丈夫、任せて!」
敵との戦いはジュリエッタ一人に任せきりになってしまうけど……。
ジュリエッタは一つ頷くと、
「……敵は全部ジュリエッタが片づける……だから、大丈夫……」
と頼もしいことを言ってくれる。
まぁ実際、超巨大ムカデみたいなのでもない限りはジュリエッタ一人で大丈夫だとは思うけど……。
”よし、じゃあ行こう!”
――いよいよ大詰めだな。
あの『巻貝』に辿り着いたところで、この長いクエストも終わりを迎える――そんな予感が私はしていた。
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