仏蘭西菊洋装店掌編集

水玉猫

サマーソルスティスのおまじない

夏至の夜

 ミックと水火ミカは、魂の導者。

 ふたりで、ひとりの仕事をしている。

 ミックは「技師さん」、水火ミカは「編み手さん」と呼ばれている。

 幼くして世を去った魂たちのために機械時計を作るのがミックの仕事。

 その機械時計を動かすために運命の糸を編むのが水火ミカの仕事。



 技師さんのミックは、なんでも持っている。

 美しさも聡明さも機敏さも何もかも。だれひとりミックにかなうものはいない。

 だけど、ひとつだけミックには無いものがある。

 それは自らの魂。

 魂の導者の仕事をしているのに、ミック自身には魂が無い。


「ミックは、アンデルセンの人魚姫といっしょ」

 両手で幼子の魂を包み込みながら、水火ミカはうれしそうに言う。

 編み手さんの水火は、ミックと違ってなんにも持っていない。だいたいのことにおいて、だれにも勝てない。

 だけど、魂だけは持っている。人間として育ったからだ。


「なぜ、そんなにうれしそうに言うんだ、きみは」ミックは作業の手を止め、むっとした顔で水火ミカを見る。「王子に振られるんだぞ。碌でもない人間の王子なんかに。未だ嘗て、ぼくは振られたことなどない」


「あら、振られる方が良いんです」

「なんで振られる方が良いんだ」


「振られたから、人魚姫は海の泡になって、それから風の娘になるんです。風の娘は世の人たちのためにいっしょうけんめい働くと、いずれは神さまが魂を授けてくださるんですよ」水火ミカが両手を開くと、幼子の魂は蝶のように彼女の周りを飛び回る。「見る目のない愚かな王子といっしょになれば、よけいな苦労の連続で不幸になるだけです」 


 小さな蝶はヒラヒラと飛んで、ミックのつるばみ色の髪にリボン結びのように留まった。可愛いと水火ミカは思った。


「技師さん、その子、預かっておいてください。わたし、出掛けますから」

「どこに行くんだ?」


 水火は答えず、外衣ケープを羽織ると、「良い子にして、待っているんですよ」とミックと幼子どちらにも言ってドアを開けた。


水火ミカ、ぼくに行ってきますのキスは」

「いやです」

 バタンとドアを閉めて、水火は出て行く。




 ミックには水火がどこに何しに行ったのか、見当が付いている。

 今夜は夏至だ。それで、野の花を摘みに行ったのだ。


 フランス菊。フウロ草。ツリガネ草。ワイルドキャロット。キンポウゲ。西洋マツムシ草。アカツメ草。


 夏至の夜に、七種類の野の花を摘んで枕の下に入れて眠ると、将来の伴侶の夢を見るという。夏至の夜の言い伝えだ。

 ミックはちょっとイラっとする。

 編み手さんの伴侶は、技師さんに決まっているのだ。なぜなら、ミックがそう決めたから。しかし、正直なところ、編み手さんの方はどう思っているのかわからない。だって、こんなにも美しく完璧極まりない伴侶が目の前にいるのに、水火ときたら、夏至の夜に将来の伴侶を知るために野の花を摘みに行ったんだ。どう考えたっておかしいじゃないか。


 ミックの頭の上で、小さな蝶が羽をふるふると動かした。

 きっと、この子のために、水火は野の花を摘みに行ったんだ。ミックはそう思うことにする。来世には、幸運がこの子の伴侶になるように。この子が今夜、幸運という名の伴侶に見初められ、来世こそは穏やかに成長しおとなになって平穏にその一生が送れるように。水火はそう願っているから、出掛けたんだ。


 確かに、編み手さんは幼子の魂のために野の花を摘みに行った。そして、花輪を編んで、小さな蝶に今宵の寝床を作ってあげた。

 だけど自分のためにも野の花を摘んで、花輪にした。もちろん枕の下に入れて、眠るために。




 次の日の朝、水火はいつもにましてニコニコと「おはようございます」とミックに言った。

 ミックは何食わぬ顔で「夢見が良かったのか」と訊いた。それから「だれの夢を見たんだい」と尋ねた。

 水火は「ウフフ」と笑って、足元に擦り寄ってきた猫を黙って抱き上げた。


 たぶん、だれの夢も見なかったんだ。もし、だれかの夢を水火が見たとしたら、きっと猫の夢だったんだろう。

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