6 因縁、できちゃった?

「ど、どちら様……? それとここ、どこです……?」


 男の人? 女の人? それも分からん。

 この、銀色の草原も訳分からん。空は青いけど。


「ふむ。この髪色と瞳の色に、覚えは?」


 ミーティオルくらい背の高いその人は、また、性別不明な声で、そんなことを言う。


「え? オレンジ……と、水色……私と同じですね……?」

「そうだな。まあ、今は何より、元の世界へ戻るが良い。愛しい仔が手元に来るのは嬉しいが、運命はそれを望んでいない」


 どゆこと。


「お前はまだ、あの世界でやることがあるのだよ、ニナ」

「え、私の名前……?」

「知っているさ。見ていたからな。子を持つ親の感覚を、久方ぶりに味わっているぞ」


 その人はそう言うと、私の頭に手を置いて。


「戻りなさい。お前が愛しく思う者が、お前の帰りを待っている」

「え? それ、ミーティオ──」


 言いかけたところで、意識が、プツッと途切れた。


 ◇


「……ぅ……」

「ニナ! 目が覚めたか!」

「ミーティオル……?」


 ミーティオルの顔がめっちゃ近ぁい……。


「流石、即効性って言いたいが、死にかけた原因もそれだからな……」


 死にかけた……あ!


「ミーティオル! っ痛ぁ!」


 う、動こうとしたら、背中に激痛が……。


「まだ動くな。背中にナイフ刺さったんだぞ。今から再生させるから」

「ナイフ……だったんだ……あれ……」


 ミーティオルが背中に手を当ててくれて、なんか、そこがホワって温かい……。


「そうですよ。投げナイフです。ライカンスロープ特有のね」

「あ、キリナ……と、誰それ……」


 キリナの下でもがいてる、白いライカンスロープさん……?


「あなたにナイフを投げた『ワーウルフ』ですよ、ニナさん」

「マジで……?」


 危険人物じゃん。


「話を聞こうにも、訓練されてるのか、殆ど痛みに反応してくれないんですよね」

「その通りに訓練されてるんだよ。偵察部隊だって言ったろ。暗殺みたいなこともすんだよ。里の仕事だけど」


 里……?


「え? 里って、ミーティオルの? 同郷のかた?」

「……そんなモンだ」


 あれ、声が苦々しい。


「婚約、などと言ってましたよね」

「え?!」

「そこのところ、どうなんですか? アニモストレさん」


 キリナが何かしたのか、なんか軽い音がして、アニモストレっていうライカンスロープさんが、顔を歪める。


「──ヴ、ヴヴヴ……!!」


 な、なんか、アニモストレさんの周りの空気が揺らぎ始めたよ?! 蜃気楼みたいな……? おわっ?!


「キリナ離れろ! 自爆する気だ! 抑える!」


 私を抱えて、飛び退ったミーティオルが言う。


「チッ。自爆は面倒です。貴重な情報源ですが、ここで始末します」


 キリナが銃口を、アニモストレの後頭部に当てた、その時。


『アォーン!』


 オオカミの遠吠えが、聞こえた。


『アォーン!』

『アォーン!』

『『『アォーン!』』』


「クソッ! やっぱ仲間が居た! 集まってくるぞ! キリナ! ──キリナ?!」

「キリナ!」


 遠吠えに気を取られてるうちに、いつの間にかキリナのほうが、アニモストレの下敷きに?!


「あー、面倒ですね。自爆直前の能力解放で、拘束を弾き飛ばしまたか」

「……この屈辱、忘れない。キリナ、次に会ったら絶対殺す」

「今殺さないんですか?」


 アニモストレは悔しそうに顔を歪めて、オオカミ姿になると、素早く屋根を飛び越えて消えていった。


「追いかけます」

「死ぬぞ! 相手はアイツだけじゃないんだ!」

「深追いはしませんよ。あなたたちは、周りで棒立ちになってる警備兵と神父に、我に返れと言って下さい」


 キリナは言うと、ぴょんって屋根に登って、


「ほ、ホントに行っちゃった……」


 ◇


「キリナ、大丈夫かなぁ……」


 警備兵たちと神父たちを我に返らせて、主にミーティオルが状況を説明して。

 宿に戻ってきた私たちは、てか、私は、椅子に座って、窓から外を眺めてた。


「大丈夫だよ。キリナは強い。アニモストレがあそこまで一方的にやられたの、小さい頃以来だろうからな」

「婚約者……」

「だから今は違うって」


 背中の傷を完全に治してもらった私は、ミーティオルからアニモストレのことも、ミーティオル自身のことも聞いた。


 ライカンスロープの里の族長の息子だったミーティオルは、次期族長っていう立場で。

 一歳の時に、アニモストレのお父さんの推薦で、二歳だったアニモストレと婚約した。けど、それは、立場で決められた婚約で。

 しかも、アニモストレはミーティオルの性格を『軟弱な思考』だって、いつも言ってたみたい。だから、二人とも折り合いが悪くて、将来やっていけんのかって思ってたところで、里のライカンスロープの一部で、『このまま隠れ住むんじゃなく、他のライカンスロープたちと協力して人間を滅ぼして自由に生きよう』グループと、『このまま隠れ住んで、平和にひっそりと生きていきたい』グループが出来て、衝突し始めた。

 ミーティオルはそれを仲裁しようとして、双方から怒りを買って、丸く収めるにはこれしかないと言われて、罪人のバツ印を付けられて、里を追放された。その時、婚約も当たり前に解消された。


「……今は違っても、また婚約の話を持ちかけられたんでしょ……」

「受けると思うか?」

「受けないでほしいです。私はミーティオルが好きなので」

「ありがとな。受けないから、大丈夫だよ」


 頭に手を乗せられて、そっと、何度も撫でられる。

 嬉しいけど、複雑。


「ニナ」

「なんですか」

「キリナの足音が聞こえる」

「えっ?! ほんと?! どこ?!」


 窓から身を乗り出したら、「ニナ、危ない」って、抱き上げられた。


「右のほうからする。まだ少し遠いな。出迎えるか?」

「出迎える!」


 ミーティオルに抱えられたまま、宿から出て、


「こっちだ」


 ってミーティオルが進んでいくと。


「キリナ!」


 雑踏の中に居たキリナが、私の声が聞こえてか、こっちを向いた。


「どうしたんです? 宿にいると思って、向かってたんですが」


 合流できたキリナが、不審そうに聞いてくる。


「出迎えだよ。俺もだけど、ニナ、お前のこと心配してたからな」


 ミーティオルの言葉に、キリナは妙な顔をして。


「そうですか。まあ、結局、成果はこれだけだと、伝えておきます」


 キリナが見せてくれたのは、手のひらサイズの刃物と、紐で縛った白い毛束。……これ、投げナイフってヤツと、アニモストレの毛?


「……ナイフを仕舞ってるとこは見えてたけど、体毛、お前、いつの間に……」

「拘束してすぐですよ。逃げられた時の、物的証拠として切り取っておきました。ここの警備兵と教会にも分けてきましたから、これだけの量になってしまいましたがね」


 キリナは言って、毛束を仕舞って、歩き出す。


「お前……」


 ミーティオルも困ったような声を出しながら歩き出す。


「お前は神父だから、仕事としてやっただけだろうけど。それ、俺たちの間だと、セクハラだからな」

「え?! そうなの?! ……あ?! 婚約の印!」

「その文化も知ってますよ。セクハラだろうがなんだろうが、職務なので。これまでも、同じことは何回かしてきましたよ。取り逃がしたのは久しぶりですが」


 淡々と言うキリナに、ミーティオルがなんか、疲れた声で。


「……キリナ、お前マジで、次にアニモストレに会った時、気を付けろよ。アニモストレの個人的標的に、お前が選ばれてるかも知れない」

「それはそれは。光栄なことで」


 ◇


 仲間に指摘され、そこで初めて気付いた。

 首の後ろ側の毛が、切り取られていることに。

 絶対に、アイツだ。あの人間。


「キリナ……許さない……」


 ミーティオルを里に戻す任務は、続行される。

 また、あの人間と顔を合わせる機会も、たんまりとある筈だ。


「キリナ……覚えてろ……」



 ◇第三章へ◇



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